Affinity 8
〜一人より二人〜Cinta




「じゃあな、兄貴。せいぜい教会に見つからないように気をつけろよ?」

移動呪文で私の隠遁するあばら家まで私を送り届けると、彼は笑う。いつものように。

「ああ・・・」
私はなんとも生半可な返事をしながら、注意深く私の留守中にこの家に入り込んだものはないかと、小細工したドアをチェックする。
幸い、私のこの家はまだ誰にも発見されてはいないようだった。

「兄貴?どうかしたのか?」
ドアになにやら触っている私を不審そうに見ながら、ククールは寄ってくる。
「いや、なんでもない。・・・それより、上がっていくか?」

それはほんの気まぐれだった。
決して前の晩肉欲におぼれた記憶が生々しかったから、情が沸いたわけではない、多分。
けれども少しだけとはいえ、弟との関係を改善していきたいと思った自分が居たことは事実だった。

「いいのか?」
面食らったようにククールはいい、「何を気にすることがある?」という私の言葉に無邪気に嬉しそうに「じゃ、遠慮なく。」と答えて、そして私の家へと入ってきた。


「さっすがに片付いてるな、何にもねぇ・・・」
彼が言うように、私の家には何も無かった。
もともと質素を旨とする修道院で暮らしていた時間が長かったのもあるのかもしれないし、打ち捨てられたこの家に私が移り住んだのがそう昔のことではなかったからかもしれない。

壁に絵などないし、花瓶もなければ花もない。
私の心のようにそれはそう、まさに味も素っ気も無かった。

「・・・兄貴はさ、こんな山奥に一人で住んでいて寂しくねぇわけ?」

私が淹れた茶を熱そうにすすりながらククールは言う。
まるで女の質問のようだと思ったけれど、私は答える。

「・・・寂しかったとしても、私には一緒に暮らす人間はいない。
たとえ誰と暮らしても私という人間と暮らせば、甚大な迷惑がかかるだろう?」
「・・・散々悪いことしたからなぁ・・・兄貴は。」
「まあな。」


ここで恋人同士だったら、だったら一緒に暮らそうかという話の流れになるのだろうか?
ばかばかしいことに私はそんなことをふと思った。


「じゃあ、そろそろ俺行くわ、また手紙書くからさ、ヘマして教会に見つかるなよ?」
「ああ・・・」

彼は来たときと同じように呪文を唱えると光に包まれ空のかなたへ消えた。


そのとき、私の心は彼に指摘されたように寂寥感に包まれた。


意地を張って生きてきた
世界には自分という人間しか居ないと思っていた
母に死なれたときから自分は一人で生きていくものだと信じていた


ああ、私は、やはりただの人間だった
今更にそんな風に思い、誰が見ているわけでもないのに、すっかりこういうときの癖になってしまったのだろう、自嘲をすると、誰も居ない家へと入った。

ククールが使っていたカップに並んで私のカップ

久しぶりに自分以外の人間の痕跡を家の中で認めて、寂寥感はさらに増す。

壁に絵でも飾ろうか
花瓶を買おうか
花を活けようか

そんなことを考える
案外自分は弱い人間だったということを、他人の温もりを実感した直後に思い知らされた。


「?」


どれくらいそう物思いにふけっていたのだろうか、ふと、家の外で魔法の気配を感じ、私は警戒することも忘れて、窓越しにそちらを見た。


弟だった


手には大きな荷物


「やっぱさー、自活したことの無い兄貴一人っきりは危なっかしいし、一緒に住んでやるよ。」

それでも私はまた意地を張る

「どうだか、おおかた転がり込んでいた先の女の家から追い出されたのだろう?」


私の、彼に対する心の城壁はまだ崩れそうも無かった。
けれども、当の彼は「バレた?」と面白そうに笑って、「はい、これは引越しの挨拶代わり。」といいながら、摘みたてらしい、マイエラ一帯のシンボルでもある白い百合を私に手渡したのだった。





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Cinta(チンタ)
ブランデー 30 ml
ウオッカ 30 ml
ディサローノ・アマレット 1/2 tsp

*Cintaは城壁の意味