救済 1
私はあの日、全ての私の身の上に起こった出来事をあいつに話した。 あいつは、一瞬だけちょっと困った顔をしていたけれども、けれども基本的には優しい性格なのか、私を抱きしめてくれた。 そして目を真っ直ぐ見て慰めてくれた。 嬉しかった 私はこうやって自分の事を誰かに話したことはない。 仲のいい女友達はリーザス村に何人か居たし、そして親友と言える友達もいたけれど・・・話せなかったのだ。 父親に、兄に強姦されたなんて 兄さんが殺人をしたなんて そんな兄さんをどこかで愛しく思っているなんて そんなのは異常だ 誰かに言われなくても異常だと分かっている自分をさらけ出せる人間が周りには居なかった。 私にはその強さもなかったし、きっと友達を信用・信頼しきれていなかったのかもしれない。 それは寂しいことだけれども、私は自分が異常だと思われて疎外されるかもしれない、ということが何よりも怖かったのだ。 けれども、不思議と彼には全てを話してしまえた。 彼が最初に自分の傷を見せてくれたから。 だから私も、初めて傷を他人に見せることが出来た。 それは、擦り傷が風に当たる様にぴりぴりと痛くつらいものだけれども、傷から流れ続ける血を乾かさなければ、それは治らないのと同じで、告白を続けているうちに昂ぶってしまっていた私の気持ちは、抱きしめられることによって随分落ち着いた。 傷は少しずつ塞がっていくのかもしれない。 それは、そんな予感が私の中に芽生えた瞬間だった。 彼は慰めの言葉を色々と言ってくれた。 けれども私には彼が抱きしめてくれたことが何よりも嬉しかった。 欲望とか肉欲とか、そういうものがなく他人に触れられたのはおそらく初めてだったから・・・ 私たちはまだ出合ったばかりだ。 だからお互いに考えていることも、この先どうしたいのかもわからない。 そして私たちは神様ではないのだから、自分たちの置かれた状況にどういう意味があるのか、そして私や彼がどこに行こうとしているのか当然分からない。 けれども、自分と私の理解できる割合を少しずつ高めていこう、と彼は言った。 私はその言葉に頷き、それから暫く彼と旅を続けることになったのだった・・・ +++++ あいつは町に着くと、消えることがある。 ふらっと、出て行ったかと思えばすぐ帰ってきたり、一晩中帰ってこなかったり。 行き先を尋ねたことはない。 まだ、私たちは過去を曝け出しあったからといってそれ以上の関係ではないし、そうなるつもりも予定もない。 ただの旅の仲間なのだから、干渉していいところと、そうするべきではないところを尊重しなければいけないと私は思う。 それはいつの間にか身についた、他人の深いところまで踏み入れない代わりに他人に自分の深いところまで踏み入れられたくない、という気持ちの表れだとおもうけれども。 酒臭い息を吐きながら帰ってくることもあるし、少し精悍な顔つきになっていたり沈んだ顔つきになっていたり・・・そのときによってあいつの変化は様々だ。 出かけずに宿でくつろいでいる時は、私の部屋を訪れることもある。 大抵は夜中近くで、けれども彼が私の部屋を訪れるときはいつだって素面で、ぼつりぼつりとお互いに昔語りをしたり、冗談を言いあったりで、いたって健全な関係だった。 私の、兄さんに対する反抗心の表われである大胆な服は、まず男性の目を引き付ける。 胸に目が行き、顔に目が行き、そして最後に関心が下半身に行く。 それは本能だと分かっていても私の、男性に対する侮蔑は止まらない。 そんな不愉快な気分を感じさせずに、そして他人にはなかなか出来ない話をしたり、聞いたりすることの出来るあいつとの時間が私は結構好きだった。 あちらはどう思っているのかは私にはもちろん分からないけれど、少なくとも私が感じる上では、私はあいつから好色な目線など受けたことは無かった。 『女好き』を自称するし、彼の居たマイエラでも『女好きの掟破り、破戒僧、罰当たり』と散々に言われていたわりには、あいつは街中で可愛らしい女の子がすれ違っても、エイトやヤンガスと違って目で追ったりしない。 (エイトとヤンガスの反応はとても自然だから不快感は沸かないのだけれど、その視線の行方が仮に私になったとしたら、たちまちに私はきっと不快感を覚える厄介な性格だと私は思う。 もっとも二人とも、私を『旅の仲間』と認めてくれているのか、幸いそんなことは無かったけれど。) それなのに、あいつは時々『女好き』や『女たらし』のキャラクターをわざわざ演じているふしさえある。 必要以上にそういうキャラクターを演じるのは『自分は普通』『自分はむしろ人並み以上に性的にまともで盛ん』ということを無意識のうちにアピールしたいゆえの行動なのかもしれない、と私は最近思う。 そうしなければいけないほど彼の背景はゆがんでいて、そして周りが放っておいて置いてくれないほどに彼の見た目は性的な魅力に溢れすぎていたから。 彼は複雑で、かわいそうだ。 同業相憐れむ、とはこういうことを言うのかと私は思う。 けれども、憐れんでばかりでは、傷を舐めあうばかりでは何も生み出さないと思う。 私は強くなりたい。 いつの日か、自分自身の向き合えるように。 誇りを持って生きていくことが出来るように。 そして同時に彼のことも、私ができるものなら背伸びをせずに自然体で暮せるように手助けが出来ればと、思えるようになった。 私が、私が、兄が、兄が、 私の世界はそこで断絶していた。 その世界に、初めて第三者が現れたのだ。 まだ戸惑うことは多いけれども、私は少しずつでもいいから私と、兄と、そして彼の世界が広がっていけばいいと思った。 そんな私の思いは、意外なところで潰えそうになるとは、そのとき私はまったく知らなかったのだけれど・・・ Next→ |