救済 2


あのコは娼婦だった


俺が初めて女を『愛した』のは、17歳のときだった。
自分がしていることは売春で、しかも男同士のセックスは歪んでいて、何一つ神の教えに従っていないということを十分にもう理解していたころだ。
その頃の俺は、何もかもが下らなく思えて、自堕落で退廃的で、滅茶苦茶な生活を送っていた。
それでも今にして思えば不思議なことに、マイエラから出奔するという考えはまったく浮かばなかった。

相変わらず教会の束縛は激しく、俺に気が狂うほどに売春をさせて荒稼ぎをしていて、暇な騎士団員は俺をただの性欲処理の捌け口として扱い狭い部屋に監禁し、そしてあいつは俺を無視した。

滅茶苦茶だ

その頃の生活は苦しいはずのなのに、良く思い出せない。
思い出したくもないのだ。

あの頃の俺はまだ飲酒はあまり好きではなかったから、鬱憤が溜まると一端の大人を気取りつつ酒場に行くくせにあまり酒を飲みはしなかった。

そんな、ドニの酒場で俺は彼女に出合った。

名前は良く覚えていない。
なぜならもう彼女はこの世に居ないのだから。
教会の言うことが正しいのなら、彼女は煉獄というところでこの世で重ねた売春という罪を清めているはずだ。

彼女は望んで娼婦になったわけではなかったのに、それは厳然たる『罪』として彼女という人間の履歴に刻まれているのだから。

ドニの、田舎らしい酒場で初めて俺が彼女に出会ったとき、俺は何の感銘も受けなかった。
ただ、お互いに連れも居ないのだからお話しましょう、みたいな感じで他愛もない話をしたのだ。

俺は、マイエラでは有名だった。
きっと生まれ故郷のドニでも有名だった。

赤い制服を着た聖堂騎士団員

ククールの得意なことは『特別祈祷』といわれる売春。
ご自慢のきれいな顔で騙される金持ちはごまんと居るのさ、と声高に言うものも一人や二人ではなかった。

彼女は、もちろんそんな俺のことを知っていたのだろう。
俺は、実際に自分と同じ『売春』というものをしているという他人と初めて会話をしたから、随分心が落ち着かなかったのを覚えている。
厚い化粧にきつい香水。
このあたりの言葉とは少し違う発音に、どこかあいつを彷彿とさせる外国の血を感じさせる黒い髪。
高級娼婦ではないから、客はその日によって違うと言っていた。
どういうわけか俺は彼女と寝ることになり、(自分でする売春を心底嫌悪していたのに、自分がした買春はそれほど罪悪感を感じなかったのは、彼女が商売気を丸出しに艶やかな声など出さずに、ただ普通にセックスを受け入れていたからかもしれない)そして全てが終わった後、なぜこんな商売をしているのかという話になった。

今にしてみれば野暮の極みだけれど、彼女は少しだけ笑ってから答えてくれた。

「生まれ故郷でね、幼馴染に乱暴されて、そこから自暴自棄になってね、家出して、家出先で悪い男に引っかかってね、彼のためにお金が要るの。」
言葉短めに、まとめられた彼女の半生はそれでも十分に重かった。

彼のためにお金が要るの
私の役に立ってくれるな?

あいつの台詞と重なる。

「でも好きなの。あいつは私のことなんかどうでもいいと思っているはずなのにね。私ってバカだわ。」
「・・・どうしてどうでもいいと思う、なんて言うんだい?」
自嘲しながら、けれども情感の篭った声で言う彼女に俺は問いかけた。
黒い巻き毛がすこし揺れて、彼女と俺の香水の混ざった匂いを今でも俺は思い出すことが出来る。

「好きな女に売春をさせて金を巻き上げる男なんて居ないわ。そんなことは判ってる。でも私は彼をどうしようもなく愛してしまったの。」

その翌日、彼女はその愛しくて堪らない男に些細なことがきっかけで殴られて、死んだ。
彼女の男は勿論、俺のいた聖堂騎士団によって捉えられて、そしてしかるべき場所に連れて行かれた。

俺はちらっとだけ、地下の牢屋に一時的に勾留されていた男を見たけれどどこにでも居そうなちんぴらだった。
ひそひそと修道士たちが噂話をする。

彼は地獄へおちる
女は売春という罪で煉獄へ行く

俺は昇華の出来ない不快感を覚えた。

それからしばらくは俺は言いようのない悲しみに沈んでいた。
感情の起伏のないあの頃の生活を考えて、そういう人間らしい感情が湧いたのが不思議だったけれども。

好きな女に売春をさせて金を巻き上げる男なんて居ないわ。

彼女の言葉はいつまでも俺の心に引っかかっていたのだった・・・

+++++

今でも、時々俺は女を買うことがある。
それは堕落しているとマイエラの人間は罵ったけれど、煉獄でも地獄でも、到底天国に行きようのない俺には関係のない話だった。

精神的に不安定になるとき、女の肌はたいていは気持ちがいい。
逆効果になるときはさっさと金で解決できてしまうのも良かった。

一晩だけの相手には色々な女が居た

旅の仲間に悟られないように、もちろん後なんてつけられないように、勘繰られないように町で姿を消す俺を、ゼシカは時々疑問に思っているのか、夜中に宿に帰ってきた俺とたまたま廊下で鉢合わせをした時は、探るような目で見てきた。

けれども彼女は深く追求はしない。
それが彼女の性分のようだったし、それは俺にはちょうど心地よい距離感だった。

彼女は一体俺のなんなのだろう。
恋人ではない
旅の仲間、というだけの関係ではない
文字通り戦友かもしれない

ともに戦う旅の仲間という以上に、自分たちが放り込まれた現状をどうにか良くしていこうという仲間だ。
そんな彼女との関係は、ある日まるで床に叩きつけられた陶器のように粉々になってしまうのだけれど、俺はその時全くそんなことは知らなかったのだった・・・





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