救済 3



あの日、あいつはイラついていた。
彼は余り腹芸の出来ない、直情型なのだろう、感情をあまり隠すことなく笑ったり、怒ったりすることが多い。

そんな彼の、今日の気分はピリピリとしていた。

エイトもヤンガスも、勿論私も彼に話しかけることをためらった。

理由は、彼の『兄貴』
私たちは偶然ともいえるタイミングで、ある町で彼の異母兄に出くわした。
マルチェロの態度はよそよそしく、決して彼の瞳は異母弟を捕らえることなく言葉遣いも態度も酷く他人行儀だった。
そんな彼に、あいつは酷く反発した。

俺を見て

そんな風に、私はククールが言っているように思えてならなかった。
もっともそんなことを本人に言えるはずもなかったけれど。

けれどもククールの思いは、マルチェロに通じることなく(もっともその思いがまったくの私の妄想だという可能性もあるのだけれど)、マルチェロは冷たい言葉でククールをあしらった。

それからだった
ククールは『おかしくなった』

いつもの、軽薄というか、快活な彼の態度はなりを潜めて、自分の殻に篭るように他人との会話を態度で拒絶した。
それは小さな子供が親に構ってもらえないで拗ねているような態度にも良く似ていたけれど、エイトもヤンガスも、まさか彼が兄に冷たくあしらわれたからそんな風になったとは露にも思っていないようで、ただ『馬の合わない』人間と出会ってしまったから虫の居所が悪いのだろう、そっとしておこうと言っていた。

私もそっとしておくのが一番だと思った。
誰だって、他人を疎ましく思う期間というのは確実にあるのだから。

そのつもりだった


その日の晩

私たちはある町に宿を取っていた。
いつもは、ククールが気が向いたら夜に私の部屋を訪れてくれることがあったのだけれども、私はやっぱり昼間のことが気になっていたから初めて私のほうから彼の部屋を訪れようと思った。

私がちょうど彼の、階下の部屋に行こうと階段の踊り場に差し掛かったとき、彼が部屋から出てきた。
部屋で一人で飲んでいたのか、少しだけ顔が上気していて、私に気づいた様子もなくそのまま宿を出て行った。

そのまま私は自分の部屋に帰ればよかったのに。

なんとなく声を掛けそびれて、でも心配だったから、そして少しの好奇心もあって私は彼がどこに行くのか、十分な間隔を取って後をつけることにした。
彼は初めての町で、右に曲がり左に曲がり、酒場の前で少し思案をしたりしながら、それでも町のはずれのほうへと歩いていった。

彼が向かった先は

遠目から見ても、娼館の立ち並ぶ通りだった。
路の両端にずらっと、並んでいるその建物は、普通の住宅や商店とはつくりからして違う。
趣向を凝らした飾り窓から垣間見える女性の姿、建物の入り口を照らす光はランプの自然な色ではなく薬品で燃すことで色付けをしていて、楽しげな弦楽器の旋律が流れてくる。
けらけらという女の笑い声も聞こえる。
沢山の男たちは路行く着飾った女たちを見定めながら歩いている。

私は余りのことにクラクラとした。

そのまま彼の後をついて行こうとしたら、その一画の入り口であるけばけばしい小さな橋のところで、警備をしているらしい男たちに止められた。

この先は、女は入れない。
それともお前は娼婦になりたいのか?
ならば店を紹介するが

ぞっとして私は我に返って、私の体を値踏みするように眺め回しているその警備の男たちに返事もしないでそのまま逃げるようにその場から宿へ走って戻った。
そして私は部屋に戻ると、後から後からこみ上げる、どうしようもない理不尽な不快感に寝込んでしまった。

どうして彼はあんなことが出来るのだろう?

繊細な彼の身の上話は、私と少し重なっていて、私はやっと気持ちを分かち合える人間を見つけることが出来たと思っていたいうのに。
それは唯の、私の独りよがりな願望だったのかもしれない。

彼だって男だ

私は今更ながらにそう自分を説得しようとしたのだけれど、吐き気を抑えることが出来なかった。
そして、私は布団を頭から被って、声を少しだけ上げて泣いたのだった・・・


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