救済 4
俺はあの日、もやもやした気分を打ち消せないで一日を過ごしていた。 原因はイヤというほど明白で アイツだ 俺たちの捩れてしまった縁というのはどこまでも切れ目無く続いているのだろうか? マイエラを出てしまってから、もしかしたら二度と会うことはないかもしれないとも思っていたあいつに、俺はある町でばったり出くわした。 俺は、マイエラという狭い世界を出てから色々考えさせられることが多かった。 もちろん、身寄りの無かった俺を引き取ってくれたオディロ院長には感謝をしている。 マイエラでどんな目に遭おうとも、飢えることも乾くことも無かったのだから、その点には神に、そして広い心で受け入れてくれたマイエラに感謝するべきだと知っている。 そして、マイエラのことだけではなく、あいつのことも、俺は一人で考える時間を持てるようになってから考えるようになった。 俺は・・・ぐちゃぐちゃだった。 愛されてた? 憎まれてた? そんな俺一人では分かりようもない疑問をずっとだらだらと、自分が『愛されていた』のではないと気づいてしまったときから考えていた。 様々な男に突っ込まれて、情けない悲鳴を上げているときでさえもあいつは常に俺のどこかに存在していた。 俺はきっとアイツに偏執していた。 最初は、憎しみだけがあった。 けれどももしかしたら俺は心底、執拗なまでにあいつに愛されていたのかもしれない、と最近考えるようになった。 それは都合のいい俺の曲解の結果かもしれないけれど。 けれども、一晩だけの関係だったけれど、初めて買ったあのコの言葉を忘れることが未だに出来ない。 好きな女に売春をさせて金を巻き上げる男なんて居ないわ。 その言葉は、俺の胸の奥の深いところに、いくつもの棘がひっかかったように、纏わりついていた。 久しぶりに会ったアイツは極めて、これ以上無いほどに非友好的で、俺を徹底的に視界に入れようとはしなかった。 顔がこちらに向いているのに、瞳は俺を映さない。 俺はムキになって、滑稽なまでに必死にアイツにつっかかろうとしたけれど、アイツは上面だけは見事に、そしてかつ慇懃無礼に俺を無視した。 だから・・・だからこのもやもやとした気持ちを晴らすために俺は、町で宿を取った後、いつもそうするようにこっそりと娼館が立ち並ぶ歓楽街へと足を向けた。 その日買った女は、一分の隙も無いほど根元まで髪を金髪に染めていて、瞳はグリーンだった。 娼婦にランク付けをするならば、最高級なのかもしれない。 そういう風にランク付けを人間にするのは、酷く心地悪いことだと、『銀髪碧眼白磁の肌・めったに居ない逸品』として格付けされていた俺は思う。 けれども当の女はそんなことを気にした風でもなく、俺に甘い声を囁いた。 グリーンの瞳がこちらを見つめる 俺は笑おうとした。 けれども口元がこわばる。 「お兄さんはそんなにハンサムなのに、どうしてわざわざ女を買うのかしら?彼女と喧嘩でもしたの?」 客に対してこういうプライベートなことを尋ねるのはルール違反だ、と俺は教わった。 彼女は日が浅いのだろうか? いや、彼女の身の上なんて聞いても気が滅入るだけだ。 おれは彼女の問いかけにただ口元だけの笑いを貼りつかせて、彼女の胸の開いたドレスの肩口を剥く。 下着が、コルセットが、細い体を締め付けている。 やわらかい肌に口づけをしながら、ベッドに彼女を押し倒す。 甘えた声を出すのは演技だ。 潤んだ瞳の奥には軽蔑だ。 分かっていても、俺は彼女の体を夢中で貪ったのだった・・・ +++++ 夜の明けぬうちに俺は宿に戻った。 出発は昼近くにするとエイトは言っていたのでギリギリまで休憩していようと俺は受付で眠そうな顔をしながら番をしている宿の主人の前をなんとなく足音を忍ばせて通り過ぎると、自分の部屋に戻った。 ここを出るときより、随分気持ちの昂ぶりが静まったような気がした。 化粧臭い自分の肌を洗おうと入浴をし、髪を洗い、そして乾かして俺は深く眠りについたのだった・・・ 出発の時間。 ロビーで待っているとすこし二日酔い気味のヤンガスに、疲れが抜けたようなエイトに、そして、とても不機嫌そうな顔をしたゼシカがやってきた。 「どうしたんだい、ハニー、そんな物欝げな顔をして?」 俺はいつもの挨拶代わりに軽口を叩く。 けれどもゼシカはいつものように『バカじゃないの?』とかそういう台詞は言わずに、俺の顔を一睨みすると、ぷい、と背を向けてさっさと受付に鍵を返してチェックアウトしてしまったのだった。 「・・・?なあエイト、今日、何かゼシカ機嫌悪くないか?」 そうエイトに言ってみても彼に心当たりがある風でもなくすこしだけ興味深げにゼシカの行方を目で追いながら、「どうしたんだろうね、珍しい。」と、宿代を払うだけで。 ヤンガスにもそれとなく聞いてみたけれども、彼も思い当たる節は無いようだった。 俺はまさか、昨晩彼女が自分の後をつけて売春宿へ入るところを目撃されていたとは夢にも思っていなかったのだ。 愚かな俺は、それがどういう事態を引き起こすか、まだ知らなかった。 +++++ その日のこと。 新しい町に向かおうと俺たちは陸路を急いだ。 急ぐのには理由がある、あたりのモンスターたちは手ごわく、俺は傷ついた仲間の回復、そして攻撃と、攻守の切り替えに随分な気を配らないと危険な状況にたちまち追い込まれるほどだったのだ。 ゼシカが、強烈な敵の一撃をくらい、吹き飛ぶ。 俺は咄嗟に回復呪文を唱えようとする。 けれども、ゼシカは『要らないわ!』と俺に敵意剥きだしで一喝すると、俺からの補助を拒んだ。 俺は呆気に取られて呪文の詠唱を中断し、弓を構えなおし、攻撃に集中する。 次の瞬間、それは起きた。 モンスターたちは弱ったゼシカに狙いを定めたらしく、さらに強力な攻撃を一撃、また一撃と放った。 間に合わなかった 俺からの呪文も、そして攻撃に集中していたエイトとヤンガスからの補助も間に合わず、ゼシカは地に伏した。 「ゼシカ!」 俺の悲鳴は虚しく宙に消えたのだった・・・ Next→ |