救済 5


具体的にどこが違うと言えるわけではないけれど、私は布団の中で訳も分からずに声を少しだけ漏らしながら泣いた翌朝、確実に自分の、アイツを見る目が変わったことを実感した。

いつもと変わらない、そこら中の光を反射するようなつやつやした銀髪に、売春をしていた証と彼が卑下する派手な紅い騎士団の制服。上等な黒いベルベットのリボン。
目を引く背の高さに、感じ方によっては冷たくも見えるアイスブルーの瞳。

「どうしたんだい、ハニー、そんな物欝げな顔をして?」

いつもの軽口。
そんな、いつもの会話の開始を私は拒否した。

何にも知らないふりをして、『バカじゃないの?』と言えれば良かったのに。
瞬間的に私の顔は強張り、何か怒鳴ってしまいそうであわてて彼に背を向け、腹立ち紛れに少し大きな音を立てて鍵を受付に返して宿から出た。

イヤだ

どうして私はこんなにもイライラしているのだろうと自分でも呆れた。

彼は私にとっての、ただの旅の仲間。
ある程度の共感できる体験を明かしあっただけの人間。

割り切っている、というとなにか含みのある言い方だけれども、彼は私の恋人ではない。恋愛感情は無い。
きっとそれは嫉妬とか独占欲とか、そういう自分の知らないことをしている彼に対する不快な感情だ。

置いてけぼりを食らったようにも感じた。

なんだ、あなたはもう大丈夫だったの?
あんなに『兄貴』に対して傷ついたような顔を見せていたのに、あなたの中ではとっくに解決していた問題だったの?

もしかしたら恐ろしく見当違いかもしれないし、当たっているかもしれないし、という疑問を私は彼に直接ぶつける勇気を持てずに、不思議そうな顔をしている彼やエイト、ヤンガスの顔を今日はあまり見ないようにしながら、沈んだ気分のまま陸路を急いだ。

火炎系の呪文を放った一瞬の隙を突いて、モンスターが攻撃をしてきた。
痛い、けれども回復をしてくれようとするククールに自分でも驚く位にきつい語調で要らない、と言ってしまった。

アイツの、驚いた顔を視界の端に感じたけれども、私はあえて無視をして、そして戦闘に集中しようとした。

けれども・・・次の瞬間、集中攻撃を受けた。
モンスターの鋭い爪に引っかかった服が破ける音が妙に鮮明で。
地面に伏してしまうその直前に、一瞬だけアイツの絶叫が聞こえたような気がした・・・



サーベルト兄さん、大好き。
大きくなったらゼシカと結婚してね。
他の女の子と結婚したら嫌よ。


ああ、これは夢だと私は自分で思う。
大好きだった兄さんの手。
いつも温かく、決して私を拒んだりしなかった。

初めてお父様にひどいことをされた翌日、私はショックで寝込んだ。

血に染まったシーツを隠さなきゃ、ということだけは妙に必死になって覚えていて、診察に来たお医者様も、水を運びに来てくれたメイドのメアリも、着替えを手伝ってくれるというメイドのアンナも、全ての手を私は払いのけたんだっけ。
その日、お母様はお金持ちのお友達のパーティーとかで、この村には居なかった。

その頃は都会の学校に行くといって、猛勉強を毎日部屋でしていた兄さんが、その日の午後、わざわざ部屋まで来てくれた。

「ゼシカ、風邪ひいちゃったのかい?」

兄さんの目が好き
兄さんの声が好き
兄さんの香りが好き

兄さんの何もかもが好きだった。

「どれ・・・熱がちょっとだけあるな。」
そっと私の額に当てられた大きな手。
その手だけは私は振り払わなかった。

「・・・お医者様もメイドのメアリもアンナも、今日のゼシカは悪い子だって困ってたぞ。」
「・・・」


お前は汚らわしい不義密通の子供だ!


お父様の声がガンガンと響く。
「ねえ・・・サーベルト兄さん、ゼシカは汚い?悪い子?」
私はどうしようもなく悲しくなって、ボロボロと涙を流しながらサーベルト兄さんに尋ねた。

サーベルト兄さんはびっくりした顔で、「ゼシカ?」と私の名前を呼ぶに留まった。

その頃の私は、やっと初経を迎えたばかりで、昨晩自分の身に起こったことが良く分かっていなかった。
けれども家族だと信じていた『父』に疎まれ、もしかしたら『母』は自分の事に無関心なのではないか、という疑念を抱かせるには十分の出来事だった。
父が言う『アローザの不義密通の子供』という言葉の意味は分からなかったけれども、それが私たち家族を崩壊させるほどに重大で深刻な言葉だということは、幼い私にも、父の様子からは分かった。


けれどもサーベルト兄さんは違う


怒ったりしない、いつも優しい兄さん。

理由も分からず泣き続ける私の手を、その日サーベルト兄さんはいつまでも握り続けて傍にいてくれたのだった・・・

+++++

「・・・ん・・・」
鉛が詰まったように重い頭だった。
視界に強烈な光が差し込む。

「ゼシカ・・・!」

やっぱり夢だったんだわ
私はサーベルト兄さんとのやり取りが、夢の中での回想だったことをククールの声で悟る。

彼は真っ青な顔で私の手を握っていた。

「・・・?」

ああ、私はモンスターの攻撃を受けて倒れちゃったんだっけ。
『気分はどう?』とククールの後ろのほうからエイトの声が聞こえる。
『ククール、いつまで手を握ってるんでガス、セクハラでガス!』とヤンガスの声も聞こえる。

「・・・ここ、どこ・・・?」
私の問いかけにエイトが『大丈夫みたいだね、町に着いたんだよ。ここは教会。」と答える。

「そう・・・ごめんね、私倒れちゃったのね。」
そう言うと、『俺の補助が間に合わなかったから・・・』とククールが済まなそうに言う。

そんな、心底済まなそうな顔のククールの顔を私は真っ直ぐ見ることが出来ずに、まだ重たい頭を少しだけ庇うようにしてから起き上がる。

私たちの会話を黙って聞いていた神父さまと目が合い、私は目礼をすると体に掛けられていたブランケットをもう一回巻きなおす。

服が破れていた

「とりあえず、今日は多少お金もあるし、野宿はつらいだろうから宿屋を取ったよ。ゼシカ、ゆっくり休みなよ。」
「うん、ありがと、エイト。」

何か言いたげなククールに背を向け、そして私たちは宿屋にと移動したのだった・・・






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