眩暈 2



俺があの子と出会ったのは、いつものドニの、いつもの酒場。
ケチなごろつき相手に、いつものいかさまポーカー

退屈な日々
帰ればまたきっと、マルチェロが鞭を持って待ち構えている。

痛いのはごめんだ。
だから安酒をどんどんと飲んでいた。

馴染みのバニーちゃんがしなだれかかってくるのが少し鬱陶しかったけれども。
すっかり婚期を逃した踊り子が甘い声を差し引いても酒臭い息を吐きかけてくるのには閉口したけれど。

いい具合に安酒が回って、感覚が朦朧として、いい按排だった。
こうなってしまえばあいつに嫌味を言われようが、軽蔑されようが、殴られようが、すべて恍惚のうちに終わる。

この間、寝た後に900ゴールドも請求してきた踊り子が、また俺にきわどい言葉を囁く。
あなたが好きなの、と幼稚な筆跡で熱烈な手紙を寄越した別のバニーちゃんがねっとりとした視線を俺に送る。


女の子は好きだ。
けれども面倒くさいのは嫌いだ。


口に出したら袋叩きにされかねないことを考えていたとき、手元のカードをすばやく、仕込んでいたクィーンに、その隣のカードをエースに摩り替える。

「ロイヤルストレートフラッシュ」

そういうと、ごろつきの顔はみるみる引き攣る。
きゃあきゃあと女の子達は俺の『カードの腕前』を褒め称えるが、なんとなくその声が今日は耳障りだ。

なぜって、背後にはいつもと違う、きっとドニ周辺にはいない女の子の気配がなんとなくしたから。
ちらっとさっき視界の端を掠めた程度だけれども、このあたりにはいない、はっきりとした赤毛が印象的だった。

とうとう堪忍袋の緒が切れたらしいごろつきがつかみかかってきた瞬間、俺はその『赤毛』の方へとついに振り返った。
そこには、やっぱりこのあたりの女の子とはちょっと違う顔つきの若い女の子。

意志の強そうな目に、気の強そうな口元。
賢く見える顔立ちなのに、それとはアンバランスなほどに肉感的なボディライン。

わずかの間にそこまで確認していると、その『赤毛』はちょっと不快そうな顔を一瞬だけした。

きっとプライドの高い女の子なんだ、と俺は思った。
何回も俺はそういう女性を見たことがある。

俺は、別に望んだわけではないけれど、『作り物の様な顔』と言われる。
そんな顔に見蕩れる女の子は多い。
悪い気はしないけれど、興味本位でじろじろ見られるのはあまり好きではない。

なぜなら、俺は別に人形でも愛玩用でもない。

プライドの高い女性は、そんな『作り物』に見蕩れた自分を恥ずかしがってか、あっという間に我に返ってあわててその顔を別の顔に変えようとする。
そういう時、女性の顔はちょっとだけ不快そうになるのだ。

きゃあきゃあ俺の外見に騒ぐ女性よりも、俺はそういうプライドの高い女性のほうが好きだった。


なんとなく興味を覚えたから。
ただそれだけで、戯れに、そしてきっと『あいつ』が怒り狂うことを予想して俺は彼女に騎士団員の証である指輪を押し付けた。


あの日が、俺達の出会いだった。


彼女は第一印象のとおり、プライドが高くて、(こういうと少し印象が悪いかもしれないから言葉を変えて言うと誇り高くて)、意志が強くて、気が強かった。
もちろん美人だし、スタイルも抜群だったけれども、俺が何より気になったのは、彼女が時々、自分の半生の話をするとき、『兄』に対しての描写がひどくあいまいなことだった。

とても頭がよくて
剣の腕もすごくて
魔法もどんどん覚えて
この世界で一番有名な学校に村で初めていったほど優秀で

どんどん彼の情報を彼女は言う。
けれども、それはただの輪郭のようなもので。

中身ははっきりしない。
というより彼女は意図的にそれを避けていた。

彼女が言いたくないことは、聞いてはいけない。
誰にだって言いたくないことはあるはずだから。

それくらいのことは俺だってわきまえている。

だからあえて突っ込んで聞いたことはなかった。
けれども、ある日、俺はある推測を、そうひどく彼女にとっては侮辱かもしれないけれども、とんでもない仮説が俺の中で持ち上がったのだった・・・





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