眩暈 4


あの子はとても魅力的だと良く思う。

力強い、生命力にあふれたまなざしに、夕焼けの空に染まったような髪の色に、そして何よりとても聡明だ。

町を歩いていていれば通行人が、しかも戦闘の最中のモンスターでさえ、あの子に見蕩れる。

けれども俺は、あの子はまったく気づいてもいないだろうけれど、本当のところを言うと彼女の肉感的な体には、出会った日以来ほとんど目を向けたことは無かった。

どうして彼女があんなに体のラインを強調するような服を着ているのか知らない。
それなのにどうして彼女がそんな服を着ていても、男の視線に不快そうな顔をするのかは知らない。

どちらにしろ、俺は興味が無いわけではなかったけれども、なんとなく心の中で『禁忌』として、彼女の体を見たことはなかった。



「お前は淫らな体をしている。白い肌にその細い腰。」

よく男たちはそう言った。
あいつもよくそう言っていた。

だからもしかしたら、『そういう目』で体を見られることが、そして他人を見ることが、俺は嫌いなのかもしれない。

俺は自分でその道を選んだわけではないけれども、気づいたらどっぷり『売春』という道から抜けられないほどそういう世界にはまりこんでいた。

足の先から頭の天辺、髪の先までずぶずぶと

好きでこの顔に生まれたわけでも、白い肌を維持しようと努めたこともない。
けれども俺の『商品価値』は最高らしかった。
幼い頃から『教育』する人間がいたから、感度もよい、となんだか分からない褒め言葉をあの頃の俺はよくもらった。

果たしてアレが最初から意図された『教育』だったのか、結果的に『教育』になったのか、今は分からないし興味も多分ない。

けれども、『あの日』からあいつが俺を『忌々しいもの』と扱い始めたのは本当で。

俺を輪姦した騎士たちは特に処分されることも無かった。
だから淫らな俺の話はどんどん教会内に伝わって、ただの性欲処理役として何回も狭い部屋に押し込められたことがあった。

その頃の自分の顔と言うのは覚えていない。

身だしなみはきちんとしろと厳しく教会からもいわれていたから、鏡は見ていたはずだ。
けれども覚えていない。

きっと見たくも無かったのだ。


あの子も、『そう』らしい

俺がそのことに気づいたのはただの偶然だったけれども。
目立つ外見の割にはあの子は自分の事はあまり好きではないらしい。

いや、むしろ嫌悪している。

その、鏡を見ているのに鏡の中の自分と目をあわせようとしない彼女の様子に、俺は急激に昔の自分を思い出した。

昔の自分が他人というわけではもちろんない。
俺という人間は連続して過去から現在に続いている。
だからそういう自分は今も俺の中に存在するのかもしれない。

そうして俺は益々彼女に興味を覚えた。



あの子の話と言うのは大体において簡単に分類できる。
『サーベルト兄さんのこと』とそうでないことと。

こういうのは俺の、あいつに対する只ならぬ関係を背景にした穿った見解なのかもしれないけれど。

『サーベルト兄さん』のことは大好き、といいつつもその話には整合性はなく、大気にかき消されるような希薄なガスのような印象がある。

本当に彼のことが好き?
もしかして憎んでいる?

それは、俺があいつに向けたおもいとまったく同じだ。

俺は憎まれていた?
俺は愛されていた?

本人すら分からないのに、他人からはうかがい知ることの出来るはずのない、その微妙なバランスを保った心の内側。
彼女からしてみたら気持ちが悪いかもしれないけれど、俺は彼女にかなり一方的な親近感を抱いていた。


彼女は、きっと肉親以外にしか『愛されたこと』がない


俺にはわかる。
この世の禁忌とされる場面と、そして快楽。

強がって見せるのも、そのキレイな体も、ぜんぶ『サーベルト兄さん』のためなんだろう?
複雑すぎる彼女の心のなかは、入り組んでいるようで簡単だ。
なぜなら俺だってそうなのだから。
わざとフクザツなおもてづらを引っさげて、毎日を小難しく生きる。

そうすることで自分は『人間』として地に足をつけ生きている。


だから・・・いや、だからと言ってしまっては変なのかもしれないけれど、ある日、町でくだらない喧嘩を見られた俺は、ついあの子にぶちまけてしまった。
彼女は泣きそうな顔を一瞬して、慰めようとして、けれどもやっぱり『サーベルト兄さん』のことを胡乱に思い出して、そして言葉を詰まらせた。


「寝れば、明日はすぐやってくるんだ」

そんな先延ばしのセリフに、彼女は腑に落ちない様子で自分の部屋に戻っていった。
俺はなんともやりきれない気持ちになる。
そんなふうに悶々と、ちっとも寝付けないその夜、ノックがあった。

けだるい返事をしてドアを開けると、そこには彼女がいた・・・






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