眩暈 5



私はなんだか良く分からない感情にとらわれてのろのろと、ククールが促すままに自分に割り当てられた部屋に戻った。
旅のリーダーであるエイトはいろいろ気を回してくれるのか、私たちはそれぞれ個室でいつも宿を取っている。

私たちは寄せ集めの人間たちだけれど、それなりに仲がいいほうだと思う。
けれども『プライベートも大切だよ』というのがエイトの方針らしい。


私は部屋の備え付けられた、一人用の質素なベッドに腰を落ち着けさせる。

ぎし

乾いた木の音。
これが規則的に響くとき、私はいつも苦悩していた。

+++

「ゼシカ、お前は淫らな女だ。どんどんと兄さんの導くままに反応するようになって。」

サーベルト兄さんの嬉しそうな顔。
兄さんは私に一方的に交わりを求めながら、けれども私の体から快楽を引き出す方法をいくらでも知っていた。
だから、最初のほうは泣いて、許しを請うだけの私は、少し経つと淫らな声を必死に押し殺すばかりだった。
そんな私の様子が、顔が、兄さんは好きだったらしい。

声を上げまいと涙目になる私を眺めながら、にそんな風に言っていたサーベルト兄さんの顔は、ある日突然この世からなくなった。

人の運命はとても不思議で、いつどこで何があるか分からない。
ちょうどあの頃、私とサーベルト兄さんは『仲違い』をしていた。
『仲違い』という言葉が適切かどうかはわからないけれど。

私が刺激的な格好をして、小さなリーザス村を歩き回って、男たちの視線を主に胸元に集めるようになったころ・・・兄さんが苦渋の表情で私にいろいろと意見を言っていたころ・・・

ぷっつりと、いきなり兄さんは亡くなったのだ。

あのリーザス村のはずれの塔で、兄さんが正確に何をしていたのかはわからない。
本当に見回りをしていたのか・・・それとも・・・


私は兄さんのことが嫌いだったはずだ。
毎晩のように、私は一方的に肉体の快楽を与えられていた。
それは屈辱的なはずだった。

最初はこの世で一番大好きだったサーベルト兄さん。
次に私を一方的にレイプしたサーベルト兄さん。
そして最後にはあっという間に死んでしまったサーベルト兄さん。

どの兄さんもみんな同じなのに、どれも違う。
私はどの兄さんのことも好きだったのかもしれないし、もしかしたら嫌いだったのかもしれないし・・・


よくわからなかった


どうしてこんなことを取りとめもなく考え続けているのだろうと、私は我に返って、お湯を沸かしてリーザス村から持ってきた村特産のお茶を一人分だけ淹れる。
その独特の香気を吸い込むと思い出されるのは、いつも一緒にこのお茶を飲んでいた兄さんのことばかりで。

サーベルト兄さんのお葬式の日、私は取り乱した。
あまりの私の様子に、お母様は使用人に命じて私をお葬式の行われている聖堂からつまみ出したくらいだ。

私は悪夢から解放されたはずなのに
私の心には、リーザス村に冷たくなって戻ってきた兄さんの体とそっくりに、ぽっかりと穴があいたようだった。

同時に、この胸の痛みと同時に、なぜかあいつのことを思い出した。

あいつはつらそうな顔をしていた。

核心部分に触れられまいと、とっさに、一気にまくし立てるように話していたけれど、あいつはとんでもないことを言っていた。

売春

教会に斡旋された売春をずっとしていたと言っていた。
そういわれてもどこかで納得してしまうくらいにあいつの容姿は特別に優れていた。

あいつ自身はそれをどう思っていたのだろう?
私は、あいつが過去にそう言うことをしていたからと言って、びっくりとはしたけれど、別に嫌悪感は沸かなかった。

私たちはどこかで似ているのかもしれない

私はあいつにかなり一方的に親近感を覚えたのだった・・・

+++

私はあいつが言うとおり、寝てしまおうと思った。
けれども、夜だというのにお茶を飲んだせいもあったのだろうけれど、どこか私の神経は興奮してうまく寝付けなかった。

『俺みたいな人間に触られたくないだろう?』

そんなさっきのあいつの言葉がなんだか私の胸につっかえていた。

だったら私は何?

血のつながった実の兄に散々にレイプされて、それなのに兄さんが死んだ後は彼のことをどこか懐かしく思い出している。
売春が何だというの。
自分で率先してやっていたわけではないのでしょう?

巧く整理できない。

けれども、『俺みたいな人間に触られたくないだろう?』という卑屈なあいつの言葉に、私は(きっと理不尽にも)、言いようのない怒りが湧き上がってくるのを感じた。

『誤解しないで欲しいんだけれど、私は、あんたのことを別に特別だとか変な人間だとは思わないわ。』

ただそれだけ、日付が変わる前に言っておきたいと思った。
私は出しっぱなしにしてあったカップを洗っていたとき、そんな風にいきなり思い立って、また外出用の服に着替えると、あいつの部屋に向かった。

ノックをして、暫くするとあいつは出てきた。
少し驚いたような顔。
こういう表情をしているとき、ククールは案外、子供のように見える。
本人はそんなこと知らないだろうけれど。

「やあ、ゼシカ、どうしたんだい?こんな夜中に?俺と一緒に寝たいの?」

いつもの調子のあいつの言葉。
でも、今の私はこの言葉の真意が『本当の自分』を見透かされる前に張り巡らそうとしている壁だということが分かる。

「バカじゃないの?」

そう応えた私の言葉も、彼の壁と一緒で。

私たちの会話はきっといつも上滑りで、軽口の叩き合いで・・・それは心の傷から、思わぬときに血が流れ出ないようにするための、いつの間にか身につけてしまった防衛術なのかもしれない。

「で、何?」
ククールは私の結構なひどい言葉を軽く受け流す。

「ひとつ言っておきたいんだけれど・・・私は、あんたのことを別に特別だとか変な人間だとは思わないわ。」

一気にそう言う。
するとククールはまた、子供みたいな表情を一瞬だけ見せて、「そっか、サンキュ」と言う。

「俺ってさ・・・いや、こんなところで立ち話は良くないし、するような内容でもないか。
なあゼシカ、もし君が気にしないんだったら俺の部屋に入ってゆっくり話しない?
もちろん何もしないさ、ゼシカは素敵なレディだけど旅の仲間にそんなことをするくらい俺は飢えちゃいない。」

分かってるわよ。

そんな風に言うのもなんとなく可笑しかったから

「変な真似したら叩きのめすわよ?」
私はそう言う。
ククールはその言葉に笑って「女神に誓って何にもしないよ。さ、どうぞ。」
そう言ってドアを開けて私を迎え入れてくれたのだった。




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