密猟 1


私が11歳のときに父はなくなった。

父は立派な人で、お葬式にはたくさんの人が村の中から外からやってきた。
行列は3日途切れることなく、朝も昼も、リーザス村の教会は大忙しだった。


母はずっと泣いていた。
この世にそんなに悲しいことがあるのかというほどに、ずっと泣いていた。


「かわいそうにね、まだゼシカちゃんも小さいのにね。」
「お父さんのことを覚えているくらい大きくて、まだ良かったじゃないの。」
「アローザさまもお気の毒に。」
「あら、サーベルトさんという立派な跡継ぎもいらっしゃるのだから大丈夫でしょう。」

皆が勝手なことを言う。

「お父様は立派な方だったよ。ゼシカちゃんも忘れちゃダメだよ。」
「かわいそうにね、お父様はとてもゼシカちゃんのことを可愛がっていたのにね。」
「まだお若かったのにね。立派な人ほど早くなくなられる。」

私の心はカラッポで。

「ゼシカ・・・ああ、ゼシカ、お母様はどうしたらいいの?」

母が泣く。

あまりに母が泣くので、私の頬に一粒の涙も伝っていないのは薄情だと思ったから、じっと教会のろうそくの灯を瞬きをしないで見つめて、涙をあふれさせた。

するとそんな私を可哀想におもったのか、母は嗚咽を上げて、よろめくようにしてその場にしゃがみこんだ。
それを、使用人に抱き起こされる。


お母様は何も知らないくせに。


私は見当違いな腹立たしさに、胸の辺りがムカムカとしてきて、それでも私は何も言えずに、側にいたサーベルト兄さんの手をぎゅっと握る。

サーベルト兄さんは大好き。

あのころの私はそう思っていた。
村の子供たちで作られた聖歌隊が、死者を悼む聖歌を合唱する。

リーザスは小さい村だから、私も村の行事の時には聖歌隊で歌う。
けれども今日は、『当主を無くした遺族』
だから今日は歌わない。

神父様は、お父様の魂は永遠に神の御許に、なんておっしゃる。


何も知らないくせに



お父様は、私ことを憎んでいた。
『お前はアローザが浮気で産んだ、使用人の子供だ。』って言った。

だから私にあんなことをした。


それでも父は立派な人で
それでも私は父を早くに亡くした可哀想な子で


忘れよう。
もうあの人は棺の中なのだから。
今日の午後には、お墓の中に埋められてしまうのだから・・・


私はそう思いながら、サーベルト兄さんの手をまだ掴んだまま、聖歌隊の唄をぼんやりと聞き流していた・・・





私が15歳のとき、私を好きだといってくれる人ができた。

その人はサーベルト兄さんが都会ではなく、まだリーザスの学校に通っていたときの同級生だった。


名前は、不思議と今は思い出せない。


サーベルト兄さんがリーザスに居たときはいつもアルバートの屋敷で放課後一緒に宿題をしていた。
宿題が終わると、その人と、サーベルト兄さんと私とで、メイドのハンナが焼いてくれたシフォンケーキや、クッキーを一緒によく食べたっけ。
私がハンナに教わって初めて作ったプディング(カラメルが随分焦げたし、ぶつぶつの気泡がたくさん出来て、なんだか不気味だった)も、笑って『美味しいよ』と言いながら食べてくれたっけ。


それでも名前は思い出せない。


サーベルト兄さんより明るめの髪の色とか、優しそうな、私が焦がしたカラメルのような茶色い瞳の色は覚えているのに。

そのころの思いでは何故か色は鮮やかなのに、無音だ。

楽しかったことも悲しかったことも、誰がどういうことを言っているのかも覚えているのに、無音で、そして、私を初めて好きだと言ってくれた人の名前も思い出せない。


多分理由は、サーベルト兄さんにされたことだ・・・



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