密猟 9


「・・・そうだ・・・アレックス・・・」
私は今になってようやく、何故だか唐突にこの教会の脇で初めての肉親以外からのキスをしてくれた『あの人』の名前を思い出した。
長い間私の中で彼の名前は禁忌だったのかもしれない。

アレックスはサーベルト兄さんの親友だった。
いつでも一緒にいた。
けれども・・・どうしたのだっけ?

私は寂しい。
カラッポだ。

無性に『あの人』に会いたくなった。
彼の家はもちろんリーザス村の中で。
広くもないこの村の中の、そして私を好いてくれた人のことをどうして忘れていたの?

そのままぼんやり私は教会の周りをうろつく。
アルバート家が昔多額の寄付をしたという、村の大きさの割には大規模な教会の裏手には、村人が眠る墓地がある。

墓地は嫌いだ。
私が大嫌いなお父様が眠っているから。

もっとも『名家』のアルバート家のお墓は、村人のお墓とは離れていて、屋敷の裏手にある。
だからこの教会の墓地を忌避する理由は私にはないのだけれど。

苔がむしたもの、磨きこまれたもの、白い石、黒い石
花が供えられていたり、雑草に覆われていたり

とても静かだった。
けれども私は強いめまいにいきなり襲われる。


私、もう耐えられない!
アレックス、助けて。サーベルト兄さんはおかしい!


ああ、そうだ、私は一回だけそう言ったことがある。
神様の教えに反することを毎晩のようにするサーベルト兄さんが恐ろしくて。
だから私は、『あの人』に、アレックスに懺悔まがいのことをした。

きっかけは、収穫祭の日。
皆で女神様に秋の実りを感謝する日。
去年樽に入れたばかりの、若いワインをアレックスと飲んだ日。

私たちは少し酔っていて。
だから自然とそういう流れになった。

けれども、私の酔いは一気に醒めた。
アレックスはどうして、といった。

だって私は・・・・


ああ、そうだ。
その次の日。
リーザス像の塔と呼ばれる、村のすぐ近くの高い塔の下で・・・
アレックスはつぶれて死んでいたんだ。

殺したのはサーベルト兄さん。
「あいつに俺との事を話したね?ゼシカ?あいつがあまりにも五月蝿くするから、突き落としてしまったよ。」
恐ろしく低いサーベルト兄さんの声。
私は知っていた。

けれども忘れてしまっていた。
あまりに恐ろしくて、唐突で、そして罪悪感で。

アレックスのお葬式には、私はサーベルト兄さんと参列した。
泣き崩れそうになる私の腕を無言で掴んだサーベルト兄さんの手が、ひどく食い込んで痛かった。


新しい墓石を私は探そうとする。
それはすぐに見つかった。

お父様が怖かったからじゃない、きっと私はアレックスに申し訳なかったから墓地に入ることが出来なかったんだ。
悲しかったのに、私は一度もアレックスの墓を見たことがなかった。

アレックス、ここに眠る。
 永遠の友情をここに刻む。
  サーベルト・アルバート

そこにはそんな、私にとっては空々しい友情の宣言と数年前の日付と転落死、という文字。

「ごめんなさい。」
私はそういって、随分長いことその墓石の前にもたれかかって泣いていたのだった・・・



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