糸 II



 呆然とするヨサクに、おれは言った。
「な、こいつはおれが見てるから、メシ頼むよ。」

こくこくと素直に頷いて、ヨサクはゾロのそばを離れる。



手が、ほんの少し震えた。

おれはもう一つ深呼吸をする。

大丈夫だ。
流れていたのは 血だけだ。

手当てをしよう。
そう振り返ると、

「ウソップ、」

掠れた声がおれを呼んだ。
目はまた閉じているように見える。
その代わり、口元は少し開いたまま、ひゅうひゅうとまた鳴り始めていた。

「火、貸してくれねェか。」



おれが目を見開くと、ゆっくりとこちらを向いて、ゾロも目を開けた。
無理やりにこじ開けられた瞳の光は、とても薄い。

「何、するんだよ。」
「縫うんだ。」



血、
とまんねえ 
みてえだからよ。


まともに息もできやしねェくせに、何を言ってるんだ。

今度はおれが呆けさせられる番だった。
しかもその隙に、ゾロは懐から針を一本と白い糸を取り出していた。

バカかお前。
そう言ってやろうとしたけれど


「頼む。」

ぎろり、
睨んで言われた声に、逆らうはずもなかった。
「・・・待ってろよ。」


鞄から取り出した蝋燭に、マッチで火をつける。
青空の下で炎は、静かに燃えていた。

「ゾロ」
準備ができたぞ、と呼びかけても、返事はなかった。

眉根をぎゅっと寄せ、細長く息をしながら、ゾロは針を握り締めている。


どくん、と心臓が呻く。




あんなに強いゾロ 
おれの村を守ってくれたゾロ


閉じられぬ唇
ひゅうひゅうと漏れる息
震える 指先



ぶるりと震えたおれの身体は、何故か熱かった。


おれはその手をとっていた。


「やるよ。」
「あ?」
「おれがやる。」



お前はこっち持ってろ、と、片脚をゾロの手のそばに投げ出した。
今度はゾロがびっくりしたらしい。
しばらくぼうっとおれを眺めていた。


腕を伸ばして、針を炎であぶり始めた。
へっ、と笑う声がした。
「・・・助かる。」


「足首、折るなよ。」
「気をつける。」
ゆるく笑った。



大丈夫だ。もう震えちゃいない。恐くない。

ゾロは笑ってる
助けられる 大丈夫だ

まだ高らかになっている心臓は、きっとなんでもないんだ。





ゾロがバンダナを口に含んだ。
おれは針を炎から離した。

傷からはまだ、ゆるゆると血があふれている。
一部だけ軽く布で抑え、針先を向けた。




ぷつり、と

ゾロの肌が抗った。



「く」

低く籠った声がする。
ぎり、と足首が締め付けられた。



「はぁっ…あ・・・」
吐き出した息は、何故かまだ震えていた。
ぐっと飲み込んで、おれはさらに針を進める。



ぷすり。
ゾロの肌を感じる おれの指先。
ゾロの声。
ゾロに握り締められる、おれの足首。
それだけ感じながら、おれは針を入れ続けた。





熱い。
熱い。
じりじりと。
やけるようだ。



ただひたすら その暑さを感じて、
心臓の音すら消して おれは縫い続けた。








縫い終わった途端、かくんと顎を反らせて、ゾロは眠りについた。
今はもうがーがーという、無神経な音しか聞こえない。
巻いた包帯に血は滲んではいない。
まあ、無茶をしなけりゃこれでしばらくは持つだろう。

大丈夫。
もうナミを追える。


あんな痛そうなことやっちまったせいだ。
穏やかな凪にゆられて
じりじりと まだ
こんなにもあついのは。


まだ、ゾロの声が聞こえる。
ゾロの傷に触れた 指先が震える。
ゾロが握り締めた おれの足首が熱い。


あの時おれが縫ったのは、何だ?
おれとお前を、何かで繋いでしまったんだろうか。

だってほら



まだ

熱い。


こんなにも。









徒花