「兄者」

月の 煌々と照る夜だった。

「おれは あんたに」

揺らめく瞳、震える指先。
ああ、侍のくせに、それほどに思いつめて。


「触れたいんだ。」



夜着を握りしめる拳に、そっと手を沿え。

おれはあいつを腕に抱いた。



別離の夜だ。






ルフィの命で、配下で最も若輩のおれが山賊退治に出かけた先で、そいつを拾った。
既に別の山賊の手で崩された一味。最後の男だった。
たった一人で、30名ほどの小隊を撹乱させた、その弓の腕を買ったのだ。
細身の身体に天狗鼻、そして天授の弓捌き。
後見もないおれに、太刀筋から「白光」という名を与え、この身を剣の腕ゆえ侍としたおれの大将だから。
風駈ける如きこいつの腕は買うだろうと、思って。
――それが出逢い。






「月が」


夜着を、幾分あの頃より逞しくなった肩からすり落とす。
月が、殊のほか眩しい。
「霧でも出ていれば よかったのに。」
こぼされた言葉。
目をあわせてやると、すっと伏せる。
あらわれたあいつの滑らかな胸は、青く照らされる。

「貧しいおれの姿さえ、紛らわせてくれるやも知れないだろう?」

うつむいた額に 口付けた。
なあ。


「脱がせてくれるか?」
「・・・兄者」






風を生む弓使い。
疾風(ハヤテ)と名を受け、おれの見立てどおり大将のルフィはこいつを配下に置いた。
家族のおらぬおれと共に、兄弟として住むことを命ぜられるや、
天狗鼻の持ち主は、実に嬉しそうに顔を綻ばせた。
こんなところに連れてきたおれが、憎くないのか。
そう問うとまた、嬉しそうに言った。

「山賊の妻や子を、あんたは百姓にしてくれた。・・・侍たちから聞いたんだ。」
かたじけない、戦えないあのひとたちも、おれの大切な人なんだ。
それに、あんたのように強い侍、おれが弟として役に立てるなら、こんなに有り難いことはないさ。


「なあ、兄者。」


笑いながら。
おれを兄と呼び、懐く姿はまるで真実弟のようだった。


おれの屋、城、街、時に戦。
笑って、怒って、戦って。
望郷からか、時折何かに焦がれたようなまなざしもみせて。
色々な表情を見せ合って、おれたちは共に生きた。
――それが萌芽。



「兄者」
「?」
「親方様が呼んでる。」
「ルフィが?」
「――あんたと、おれを。」






震える指が、おれの胸をたどる。
ほうと、ため息ひとつ。
「兄者は、やはり美しいもののふだ。」
そういって、ふわり笑う。
静かに離れようとした手を、取った。

「・・・・・」

手の甲に、くちづけ。
その身を引き寄せ、唇を重ねた。



「おれは、月夜でよかったと思うぞ。」


額、頬。
耳、首筋。
震える咽喉。
胸の平。
青く照らしては、手を、唇を這わせ、存分に味わってゆく。
「他でもない お前だと、よくわかるから。」

漏れるこの息さえ、確かにお前のものであると。






「新たな主、おれの兄に侍の忠義を尽くせ。お前が疾風である限り。」


ルフィの兄であり、盟友でもある軍将エース。
血を分けた兄弟が、これからも共に道をゆくことへの証として、兵が数人遣える事になったのだ。
望まれたのは――弓兵だった。

「――はい。」



命ずる将、従う兵。
それがおれたちの別離だった。






背に這わせた手で、華奢な身体を触れつくす。
びくり、揺れた胸の先を、なだめるように舌で押さえつけた。
「・・・あっ・・・兄ッ」
ぴちゃぴちゃと転がしてやると、じわじわと張ってゆく。


「そんな風に、・・・触・・・らなっ・・・で・・・」
「何故?」
舌を止めず、そのまま震える身を横たえ、
下肢に手をかけた。


「や・・・や、見んなよ・・・」
解いた布から覗くのは、悦びの証。
たまらないように身を反らせ、両腕で顔を覆った。
触れた頬が、漏れる吐息が熱い。


「―おれ、浅ましいよぅ・・・」



その瞳を遮る手を外し、かぷり、口に含む。
「望むところだ。」

おれに触れられるのが、気持ちいいのだろう?
なあ。






何も語らなかった最後の夕餉。
月を相手に飲んだ酒はこの身に沁みず、じくと腹の底に沈んだままだ。
只、ひたすら熱を孕み、残る。


襖の向こうにいるあいつは、兄と呼んでおれに懐いていた。
弟のようだと、思った。

不意に足を廊下へ向けたのは、何故だったのか。


「兄者。」

おれにはもう、思い出すことも出来ぬ。


「おれは、あんたに」






固く閉ざされた秘部を、あいつとおれから漏れる雫で濡らした。
「はぁっ・・・ああ、兄・・・じゃ、はぁ・・・」
褥を掴む手は、指を滑らせるたびにびく、びくと揺れる。
「兄者ぁ・・・」
切なげに閉ざされた瞳に、上げられる声に、唇をひとつずつ。


「ゾロ、だ。」
「え・・・?」

涙を湛えた目が、ようやくおれを見た。



ゾロ。
おれの名前。

「呼んで、くれないか・・・ウソップ。」

後孔に指を宛がったまま、こめかみに口付けた。

「ウソップ。」

――手は褥から離れ、おれの頬を撫でた。




「・・・ゾロ。」




やっと、笑ってくれた。



ああ、ウソップ。
おれを兄と呼ぶお前を、弟のようだと思ったけれど。
弟だと、思ったことはなかったんだ。

只の一度も。



「・・・ゾロ、来いよ・・・」




猛る己を、漸く緩んだウソップの中に、押し込んだ。








ゾロ、ゾロ。
伸ばされる腕に、身を沈める。



ウソップ。
おれの名は、お前のものだ。
だからお前を、おれにくれ。

ウソップ。
お前の名と共に。





ゾロ。
ウソップ。




ずっとお前に触れたかった。







名を 身を 委ねた。
おれたちは、想いを遂げた。








徒花契 2