指でなぞる




しゃらり
鳴ったのは、あいつの臨界点か。
そのまま、ゾロの腕は、おれを引き寄せた。


「あっ・・・待って、まだ」
抗う言葉も接げられないまま、ツナギの金具は外され。


「心配すんな」

気持ちよくしてやっから。


最後の一枚になったところで、押し倒されて。
ぎゅ、と背中から、その見事な筋の通った腕がおれの腰にまわった。


「力、入れんなよ。」

耳元の低音は随分と腰に響く。
お前こんなもんまでも武器なのか。侮れねェなマリモ剣士。
「息はけ・・・ゆっくりでいいぞ、力抜け。」
硬い指が、ぽんぽんとおれの胸のあたりを優しく撫でた。
落ち着かせようとしてるんだろう。ちっとも効果なんかねェが。
「力抜けっつってんだろが。結構キツいぞ。」
ああこの大バカヤロウ、そんなモン全部テメェのせいに決まってる。



「行くぞ。」
低い宣告と共に、回された腕にぎゅ、と力がこもった。








ばきばきばきっ

「きゃあ」




「ほい首。」
「たた、タイムタイム、なあゾ」

めきっ
「うがぁぁああっ!」




「おら、腰行くぞ」
「も、もうダメ、ちょっと待っ」

べきべきっ
「うきゃあ」





「ほい、整体は終了だ。次マッサージな。」


お前身体のバランス悪かったから、気になってたんだ。
そう言ってゾロは嬉しそうに、すっかりへばっちまったおれを、今度はうつぶせに転がした。






昨日の海上戦は、敵さんがなかなか骨の或る奴で久しぶりに少し手こずった。
ナミによると、何でも5000万ベリーの賞金首がふたりいたんだとか。
奴らの船がメリー号の大砲の射程距離に入って、おれたちを追い込むまでものの20秒。
おれさまの出番もろくになく、また「ウズウズしてきた、行っちまうぞ」と船長のお達しもあったことで、結局白兵戦になったのだ。
そうなったら不利なのが、遠距離勝負のおれさま。
間合い詰められりゃ、自分の防御にゃ限界がある。
隙を見て敵船に乗り込んだナミとサンジを煙と火薬で援護したはいいが、ふと気付けばこめかみは冷たい銃口とごっつんこ。
ひくひくと目玉だけそっちに向けると、
「残念、隙だらけだボウヤ。」
引き金を握る指の持ち主が、にたぁと嫌な笑いを浮かべてるのが見えた。
まさに絶体絶命、おれさま大ピンチ。
ヒイ。

と叫ぶ間もなく、そいつはどうと甲板に倒れた。
唐突な刀一本で斬撃飛ばしたゾロが、その向こうに見えた。
少しほっとした顔で、
「おら、来い」
呼んだゾロに、おれは足を向け、ゾロは手を伸ばしておれを自分とこへと引っ張った。

そん時だ。




おれを引き寄せるゾロの腕。
そうべらぼうに太いわけじゃない、けれどピンと筋肉の張った一点の無駄もないライン、
戦うことが全てと信じてきた証のように、肘から手首に伸びた真っ直ぐな骨筋。
同じ男として、何と言うか、非常に胸打たれるものがあったのだ。

「・・・・・」

要するに、見惚れちまった訳だ。
とても力強く伸びたその腕に。
だから。

「っ?」
ゾロは目を剥いておれを見たけれど、しょうがねえと思うんだ。
無意識のうちにそのラインを 


さすさす 

繰り返し、なぞってたのは。




「・・・何やってんだテメェは」
「ふぇ?え、あ?」
低い声に顔を上げると、すっかり戦闘は終わってた。
いつの間にやらナミとサンジは宝を抱えて戻ってきていて、残りの面々が相手を全部敵船に投げ込んでいたようだ。
おれと、ゾロ以外。
おれさま、あのままずっと腕を撫でていたらしい。
ゾロは眉間に深いシワ寄せて、とてもとても変な顔しておれを見てた。
流石に気まずい、おれは何とか取り繕おうとした。
「やーゾロ、すげーいい腕。」
「・・・まあな」
「流石修行オタクは伊達じゃねェな。どんな運動すりゃそうなるんだよ、いっぺん見てみた」
「やってみるか?」


とまあ、こうなって。
ゾロが8歳の時にこなしていたというありがたいメニューをひとしきりこなし(ギリギリおれさまでもついて行けるラインだった、一応人の体力を見る目はあるらしい)、ゾロは言ったのだ。


「揉んでやっからこっち来い」と。
そのマーヴェラスな両腕広げて、言ったわけだ。






ゆっくり、じわーっと。
背中を硬い指がたどってゆく。
急激な負荷で強ばったからだを、その指がほぐしていく。

「そうそう、おとなしくしときゃいいんだ。でないと明日立てなくなるぞ。」
「ふひー」
「何だ、疲れたのか、あれぐらいの運動量で」
「違う!ゾロがバカ力でぎゅーぎゅー締め付けっからだろうが!」
「締めなきゃ整体にならねェだろ」
「息できねェんだもん、死ぬかと思ったぞ」
「あれでも緩めたんだがな」
「息しろ息しろって言うけどさぁ、無茶言うなよって・・・あ、」
「お?」
「そこ」
「ここ?イイのか」
「ん」



背中、首筋、貧弱なおれの腕。
腿へ、ふくらはぎへ指は降りた。
ほい完了、の言葉と共に解放された身体は、心地よい緩みの中、やけにほこほこと熱かった。
「上手いもんだな、マッサージ。」
「効率よく身体鍛えるのには必要だからな。上手くなればなるほど便利だ。」
「便利?」
「おう、自分にだけじゃなく」
ご指導を終えたゾロはひとつ伸びをして、おれが使ってたちっちゃな鉄亜鈴をひょいと抱えて立ち上がった。
鋭い目が、にやりと緩む。

「惚れた相手触るのに、都合いいだろが」



セクハラ、って言ってやったら、今度はエロいツボ教えてやるよ、と笑ってた。
去ってゆく背中を
「いつ誰に使えってんだ、エロ剣豪」
悪態ついて、見送った。

それから。


ゾロの指がたどったこの貧弱な身体を、そっとなぞってみた。
確かに同じおれの身体の筈なのに、どこか少し、変わったような気がした。
「惚れた相手、ねェ・・・」




熱が、引かない。


ただゾロの指が触れただけの身体は力に凍えずひたすら熱い。
あいつの身体に触れた指はその熱さを覚えている。

変わってゆくような気がした。
おれ自身が、この指先にもう少しだけ何かをこめて、近づいてみたいと思ったから。





オマケ





徒花