おれの奇妙な天使




-ワンコインパラダイス-


「おふろ おふろ おっふっろっ」
「・・・デッケェ声で歌うなよ、はずかしいやつ」
「だってー、今日はー、お風呂の日ーv」
「・・・・たのしそうだな。」
「何、お前楽しくねェの?銭湯だぜ、デッケェ風呂なんだぜ!」
そう歌いながら、素っ裸の相棒の手を引いた。
「おりゃっ、行くぞ、いちばんぶろー!」
「ぐわっぷ」
頭のてっぺんからお湯ぶっかけたら、天国がやってくる。



「「ぷはー」」
あっつい湯船に、ゆるむ、ゆるむ。
「「くはー」」
ひとつ息を吐き出すたび
「「ぷはー」」
凝り固まったものが身体から脳みその中から流れてゆき、痺れるように、緩む。
「気持ちいいなー」
「ああ」
はー。
「気持ちいいなー!」
「おう」
あー。
「気持ちいいなー、ゾロ」
「ハイハイ」
「・・・・・」

・・・最近ゾロは、こういうあしらい方をする。4歳のちびのくせに。
父ちゃんはやっぱり、ちょっとさびしい。
でも負けないかんな、と拳を握りなおし、シャワーのお誘いをした。


二人並んで、がしがし、あわあわ。
シャンプーハットにもこもこと泡が乗っかってゆく。
ひとりで風呂入るってゾロが言い出したときに生まれた、おれさま特製のシャンプーハット。
ゾロが緑、おれは黄色。
可愛く水玉模様にしてやったら、もっとかっこよくしてくれって言われた。
墨で一筆、"必殺仕事人"ってでかでかと書いてやったら、その場でかぶってにーっとおれに笑ってみせた。
以来、銭湯に行く時は、真っ先にこれを持ってくる。

「うそっぷ、おわった」
「お、ここ残ってる。流すぞ」
「おう」
じゃばじゃばとシャワーを頭から浴びて、一丁上がり。
「うー、ゾロ、リンスとって」
「ほれ」
「ゾロもつけるか?」
「・・・どこにだ」
確かに。


父ちゃんがタオルで髪を巻いたら、後半戦。


二人並んで、ごしごし、あわあわ。
「ほれゾロ、うしろ向け。背中洗ってやるぞ。」
「・・・おう」
くる、とゾロは背中を向けた。

今、ゾロはひとりでできるもん病真っ盛り。
けど、背中だけは今も洗わせてくれる。
・・・多分、あれだ。
ひとりで髪洗うって言い出したときにおれがいった言葉。

「背中も、洗わせてくんねェの?」

これが効いたんだろな。
確かあの時は、何も言わずにただ目ん玉剥いておれをじーっと見てた。
・・・なんかおれのほうがガキみたいな気もするけど。まあいいや。
背中背中。



ごしごし。
剣道を始めて打ち身の多くなったゾロの、傷ひとつない背中。
「背中は怪我、ないんだな」
「当たり前だ」
「何で」
「おれ 剣士だ。」
傷ひとつなくすべすべとしたままだけれど、それは日に日に大きくなる。
「男の背中になってきたぞ。」
そういうと、かすかに背が揺れた。
嬉しそうだ。
いつか、追い越されたりすんのかなあ。
・・・するんだろうなあ。

「よっし、終了!」
次はおれの番、と背を向けると、あわあわのゾロが風呂の椅子から立ち上がる気配がした。
首筋の裏までしっかり手を伸ばして、立ったままゾロはおれの背中をこすっていく。
よく出来ました、と頭を撫でて、頭っからもう一度ざぱんと湯を浴びた。


そしてもう一度、天国へおれたちはどぼんと浸かる。


「つか熱いな、湯船。しんどくねぇ?ゾロ」
「こんなもんだろ、いつも。」
「・・・可愛くねェなあ。」
「そりゃありがたい。」
・・・やっぱり可愛くない。父ちゃんより先に親父になろうとすんじゃねェよ。
悔し紛れに うりゃ、と父ちゃん渾身の攻撃、ゴールドフィンガーのコチョコチョ。
「うおっ」
何だコラァ、と息子、ぱしゃんと大きくお湯飛ばし反撃。
攻撃、反撃、攻撃攻撃、反撃。
もいっちょ攻撃しようとしたら、向かいの爺さんに風呂の湯しこたま浴びせちまって。
腕白小僧が!って怒られた。
ゴメンナサイ。




「いちご牛乳としろ牛乳」

風呂上がりの一本。
「「ぷはー」」
かみさまからの餞別を、腰に手ェあてて、パンツ一丁で一気飲み。是基本。
「んー、美味い!」
「うそっぷは味覚がコドモだな。」
「む、生意気だぞ、しろ牛乳だからって」



意地っ張りのふたり、ふらふらとおぼつかない足取りのまま、洗面器に装備全部詰め込んで帰路につく。
よたよた、頼りなく右に左に揺れる、とろとろまなこのゾロの手を引いて。
天国の階段を、ゆるやかに下りてゆく。




家に帰ったらふとんに飛び込もう、ゾロ。
そこはまた、別の天国。





橘 星哉さまより 素敵イメージいただきました↓

おっし、流すぞゾロ!

ありがとうございます!





或る家徒花