嗚呼青春の一頁-Ver.アダバナ-
此れぞ青春の一頁






よく寮になんぞ入ったなと、おれを知る奴らからは当初言われたもんだ。
掃除当番、同居人つきでプライバシーゼロの生活、風呂も便所も当然共同。
面倒なことに巻き込まれるのが大嫌いなおれが、よくもまあ、と。
おれ自身もそう思う。
だが住居費は破格、何っつっても学校近い。
しかも面白ェ奴盛りだくさんと来たもんだ。
存外におれは、この生活を、この日々を気に入っていたといえる。



―あの夜までは。


「おっしゃぁー、クリスマス予定ゲットォ!!」
電話を終え、こっちに向き直ったアホマユゲがうきうきとなだれ込んできた。

何年目だかの冬。
談話室には、いつもの面々がおんなじように座っている。
「毎回毎回、ホントお前懲りねェなあ。」
「そういうテメェはどうすんだ、ルフィ。」
「ナミとロビンが宴会やるっつーから、おれも行く。ゾロどうだ?」
「おう。」
「・・・レディたち、折角のクリスマス、こんなんでいいんですか。かわいそうに・・・」
「余計なお世話だ、不毛マユゲ。」
「あァ?!」
「チョッパーも誕生日だしな!いっぱい食おうな。」
「お、誕生日かー、いっちょまえの男だな。」
「ほ、ほめられたって、うれしくねェぞコノヤロー!」
いつもの遣り取り。
いつものように、ばかばかしくも心地いい会話だ。


「ウソップは?」
ルフィの声に、思わず手を止めた。


「ああ、コンサート見に行く。」
「そっか、あのコ出てるもんな。」


そう言うルフィの声に、ウソップはさも自分のことみたいに嬉しそうに笑った。

構内にゃ一応教会なんてモンがあって。
クリスマスってんだからそこは勿論、礼拝に来る信者のために開放される。
そいつらが来る間、有志が何人かで教会内のパイプオルガンをするんだそうだ。

「入学からずっとやりたくて、やっと今年出られるんだって、スゲェ喜んでたんだ、カヤは。」
「晴れ舞台ってわけか。」
「おう、これは見に行ってやんないとな。」



そう笑いながら、ウソップは立ち上がる。

「何、お前また外泊?」
「おう、男前はモテすぎてな。」

また明日な、と向けられた背中に、ため息ひとつついてやった。
他の奴等は、ちょっと不思議そうな顔して、あいつの背中を見送っていた。


ウソップは最近、部屋で眠らない。
ルフィとマユゲの部屋で騒いだまま眠っちまったり、バイト先の知り合いの家だったり、
底冷えのする談話室だったり。
 原因は・・・まあ、ひとつしかないから。
だからわかってはいたけれど、やっぱり何つーか、やるせなくて仕方ない。




いつもどおりの、安上がりな飲みの夜だった。
寮の屋上、並木道、教会の入り口。
校舎の庇の下、特に用もない小奇麗な日本庭園。
寒空の下、管巻きながら安い酒をおもしれぇ奴らと飲むのは楽しい。
だからつい、自分の思っていることや、普段は笑いや何やで隠してしまう小さな気持ちがはらはらと零れてしまうこともあって。



そうだ、あの夜。
確かあのカヤって女に、好きな男が出来たんだった。


「もーおれは19にして親父の気分だね。
 『お前みたいな馬の骨に、うちの娘はやらぁん!』なんてな。」
それでも惚れた男にゃ、どう足掻いたって勝てねぇんだ。
女なんて、勝手なもんだよな。

そうこぼしながら、景気よく杯を空けていった。
あんまり強くないくせに、とからかう声に、
「うるせぇっ、テメェも呑め」
なんてオヤジみてぇに絡みながら、おれの燗にまで手ェ出したりして。

やけに明るい声で、絡んで、愚痴たれて、酒は次々と進んでいった。

「そんな惚れてたのか?」
「・・・そういうんじゃねェな、でも、何つーか、さびしい。やっぱ。」

ちらりと、そんなやわらかい目をしたりした。
それが、妙に気にはなったんだ。
今思えば。




「・・・大丈夫かよ。」
「んー・・・ネムイ・・・」
完全に限界を超え、ぐてんぐてんになったあいつを、おれはスポンジの薄いソファにかけさせた。
すぐに寝入ろうとするところに、軽く上体を浮かせてやる。
「オラ、ちゃんと水飲め。」
「おう。」
グラスに2杯くらい水を飲ませたからだは、がくがくと大きく揺れた。
「寒ィ・・・」
「テメェ、飲みすぎ」

そういい終わらないうちに、どさり、あいつのからだがおれに寄りかかる。
「寒いな。」


呟いた瞳にうつっていたのは、眠気と、さみしさと・・・酒の、熱さ。

びく、と今度はおれが揺れる。


ちょっとヤバイか、とからだを離そうとしたら、

「寒いんだ。」


首元に、ぎゅ、と。
腕がまわった。



どくん、と心臓が飛び上がった。



ぴたっと、やわらかなぬくもりがおれの頬に触れた。

・・・あいつの鼻。
 擦り付けてくる、みたいに、やさしく触れてくる。





あいつはしこたま酔っていて。

おれもその、熱くて、やけに切なくて哀しい空気に箍が外れて。




そのまま、おれたちはキスをした。

数は・・・覚えてねェ。
そんくらい、たくさん。




結局そのあとは、ぐっすりお休みになったルームメイトにしがみつかれたまま、
おれはクソ狭いソファの上に転がって、苦悶の一夜を過ごしたわけだ。

「・・・え、何、何でおまえいんの?!」
「覚えて、ない、のか。」
「・・・思い、出した・・・」
目ェ覚ましたあいつに、スゲェ、やな顔されて。
夜は終わった。



気のいいルームメイト。
そんな安全な肩書きが、この手から抜け落ちた夜だった。



おれは、堕ちたんだ。
ウソップに。








徒花2.