黒土にどすん、と刃を落とす。
ぼとぼとと伝う汗が大地に沁み込んで消えた。
吹く風は柔らかい、けれど冬を越えたこの黒い土はまだ凍えている。
聞こえるか。
春はここだ。
呼びかけるように、どすん、刃をまた振り下ろした。
一振り、一振り、手首に肘に肩に響くように、おれは鍬を振り下ろし、頑なな土はぼこりと応える。
振り仰いだ先に見えた太陽は赤く世界を染め上げていた。
けれどおれの立つこの地だけは変わらず黒々と凍えていた。
この広い海はいつか一面柔らかな緑色に覆われるだろう、
その日を夢見て、おれは鍬を置いた。
今日はここまで。
次の日も、その次の日もおれは耕す。
いまだ眠ったままの広大な黒土を、一歩ずつ。
おれは耕していた。
この冷たい大地と出会ったのは最後の秋だ。
長い長いさすらい、その中いつものように不意に降りた無人駅から
歩いて果たして数十分。
ふもとで貰ったでっかいおにぎりに手が伸びたところで、
道は途切れた。
そうして現れたのが、唐突に広がった青い空と、ぼうぼうと茂る草原だった。
風が群れる草を薙いで駆け抜ける。
そのときにおれは旅を止めたのだ。
10日かけて草を取り、黒い土に出会ってからはおれはひたすら耕している。
振り下ろす。刃を振り下ろす。
ただひたすらそれを繰り返していたある日
「ん?」
どこかで、ぼこり、土の応える声がした。
どすん、ぼこり。
そうおれが刃を落とす。
もう一度、と振り上げた途端、おれと土の合間を縫うように、また。
ぼこり。
音がしたのだ。
見渡すと、遥か彼の方の片隅で、男が一人鍬を振り回していた。
何しているんだと問うと、耕していると低く答えた。
おれの田んぼだぞと言うと、知っていると返した。
そいつは耕す手を止めると顔を上げ、
腹巻の中から何か取り出して ぽいっとおれに投げた。
小箱を裏返すと"チーズ"と書いてあった。
花を三つつけたサボテンの絵が箱の隅にちょんと載っている。
「やる。だから米くれ」
緑の髪をした牛飼いはそう言ったので、おれはチーズを飲み込みながら
元のところに戻った。
どすん、ぼこり、どすん、ぼこり
…なるほど、大地はが2倍速く応えるようになったのでこれはいいと考えた。