ナミ―熱・喉
頭がぼうっとする。
喉が痛い。
声が出ない。
で、この通り日がなベッドに横たわっている。風邪を引いた。
風邪なんか引いてしまった。
船乗りが船の上で風邪なんか引いてしまった。
なんてこと。
みっともないったらありゃしない。
それもこれも、あのルフィのアホのせいだ。
重い雲があたりに立ち込めて、気圧も気温も急激に下がってきたから
それに波も荒れてきたから、
人が気をつけて舵取ってたってのに。
船首のメリーさんの上で逆立ちして、
「ホラホラ、親指でも立てるんだぜ」とか言ってるうちに
不意に寄せた大波に揺られて、泳げないあいつは落ちたのだ。
それはまあいいとしよう。
真っ先に体力バカのゾロが飛び込んでいったから。
あの二人なら何があっても風邪なんか引かないだろうしね。
最悪だったのはその後。
ゾロに引き摺られて、雑巾みたいにボロボロになったルフィが戻ってきたとき。
「何やってんのよ、あんたたち。」
わざわざタオル持って駆け付けてやった優しい私に
「おい待て、何でおれが入ってんだよ。」
またあの体力バカが絡むもんだから。「ルフィの逆立ち自慢に付き合ってるなんて充分アホじゃないの。この2アホっ!」
「そこまで見てたんならお前もそうじゃねェか。これで3アホだな。」
「なんですって?!」
言い返す言葉を考えてる隙に
「ほら、こいつ拭いとけよ。」
ばすっ
濡れ鼠のルフィが私に降ってきた・・・
「ぎゃああ冷たいっ!おもいー!ど、き、な、さーい!」
「うー・・・腹減った・・・」
私を押し倒しといてそれか、貴様・・・
あとで10倍返しで請求してやると心に決めつつ、私は海を見た。
悪いことは重なるもので、海上はいよいよ本格的に荒れ始めていた。
そうなればもう、私が何とかするしかないじゃないの!
「野郎ども、嵐が来るわよ!」
キッチンでのたりくたりと晩飯準備にかかっていた面々にルフィを投げつけた。
それから6時間。
格闘の末嵐は去り、満天の星空につつまれて、私は卒倒したのだった。
「ルフィの大バカたれ。」
と言ってやろうにも、声が出ないからどうにもならない。
一人でずっと横になっているのは、とても静かで、なんとも退屈で苦しくて、さみしかった。
だから、久しぶりに扉の音がしたとき、そのままベッドから飛び上がりそうになった。
(・・・さすがに熱があったからできなかったけどね。)
扉からにゅっと、見覚えのある鼻影がはみ出している。「よ、メシ持ってきたぜぇ。」
「・・・食べたくない・・・」
「・・・本当に声でないんだな。まあでも、あのアホコックが血相変えて作ってたんだ。きっと風邪にはいいぜ。
ちっとくらい手ェつけてやれ。」
じゃあ、と湯気を立てるスープに手を伸ばす。
ところどころ濁りのある、きれいな蜜柑色だった。
白い陶器に唇を当てて、一口含んだ。
痛んだ喉に温かい酸味がしみこんでゆく。
「・・・おいしい。」
「だろ?何か変なライムみたいなの搾ってたぜ。」
「柚子よ。喉が痛んでるときにとてもいいの。」
「みたいだな。声、ちょっとマシじゃんか。」
本当だった。
その勢いで、ウソップが持ってきたニンニクたくさんのお粥も、
小皿に盛られたフルーツも全部平らげた。
「おいしかった!」
「さすがだな。ふふん、それがおれ様の実力ってもんよ。」
「・・・あんたが作ったんじゃないでしょうが。」
「でも!ニンニクすったのはおれだからな。」
「そうなんだ。」
「キウイも切ったぜ。芸術的だろ?」
「どおりで食べづらいと思ったわよ。」
小皿に盛られたフルーツのうち、普通に盛られていたのは蜜柑だけで、
キウイはダリアの形に整えられ(どうやったらそうなるんだか)
林檎は異常に薄く(きっとルフィにせがまれて、ゾロが空中林檎さばきを披露したに違いない)
苺にいたっては、強く包丁を振り下ろしすぎたのかぐちゃぐちゃと果肉がはみ出していた。
動物園さながらのキッチンが目に浮かんで、思わず吹き出した。「サンジ君も大変ねえ・・・」
「あ、ひどくねえ?がんばったんだぜおれ。」
「だから大変なんじゃないの?」
「け、言っとけ言っとけ風邪っぴきが。
しっかし、お前が風邪なんてなー。」
「あたしが繊細だったってことよ。」
「むしろ鬼の撹乱ってやつじゃねェの?」
「だーれーがー?」
「いたいいたいひっぱるなー!おれはゴムゴム星人じゃないんだぞ。」
「そのゴムゴム星人が原因よ!まったくもう・・・」
「ひひ、聞いたよ。お前、ルフィに押し倒・・・はうっ!!」
「それ以上言うと息の根止めるわよ?」
「ぷふぅっ・・・この病人がー、これでも食らえ!」
と渡されたのは、小さな器に盛られた深緑色の粉末だった。
グラスの水と一緒に一気に飲んだ。
「・・・不味い。」
「当たり前だ、チョッパースペシャルだぜ。
まあこれで、ちょっとはマシになるだろうよ。」
ゆっくり寝てれ、と立ち去ろうとするウソップを呼び止めた。
「ありがと、元気出たわ。」
布団を少し引き上げた。
「それと、こんなところで風邪なんか引いて、ごめん。」
出ようとしていた影が、静かに近づいてくる。
「お前、ずっと誰かのために走りっぱなしだっただろ。
今日くらいはゆっくり休めってことなんだよ。」
ぽんぽん、と頭を撫でられた。
「うん、おれが許す。だから、早くよくなれ。」
あとでまだ柚子湯持ってくるよ、といって、扉は閉まった。チョッパーの薬が効いてきたようで、しばらくすると眠気がやってきた。
逆らわずに私は目を閉じた。
今度目を覚ますときは、きっと風邪なんてぶっとんでいるはずだ。
******
初書きワンピィス。
11巻までの知識で書いたシリーズ。計5編。
でも都合上チョッパー出てます。
好きなコンビの会話に挑戦してみました。
原作の会話のテンポが好きでして。
そのノリで一気に読んで・・・もらえ・・・たら。
その割に長いよぅー...ふえーん
噺 | 次 |