祭のあと




Ver.Z



 雪と満月と桜を肴にした乾盃の宴は、ゴーイングメリー号が”旧”ドラム王国から離れ、暖かな海域に差し掛かるころまで続けられた。

 多少温暖であるとは言ってもまだまだ冬島の影響は濃く、そろそろお開きか、となったところで、女性陣と寒さに弱いカルガモは船室へ引き上げた。
一方4人のむさ苦しい野郎共は、めでたい酒と穏やかな波に恵まれ、残る寒さも何のその、そのまま甲板に寝そべっていた。



 更けゆく夜に、月もそろそろと歩み始めている。

 今日はじめて船に乗った一匹のトナカイは、その青い鼻を既に船首の傍に浮かんでいる月に向けていた。




 穏やかな波は音も立てずに船を揺らす。
暗い海原には今、ごうごうと呑気で豪快な野郎共のいびきだけがのびている。

 けれどいびきの合間に、いろんな人たちの声が降ってきた。



 たくさんの生き物からの、たくさんの憎らしい声、哀しい声。
『化け物だ!』『撃ち殺せ!』
『息の根を止めるんだ!』

 数少ない人からの、たくさんの懐かしい声、優しい声。
『おれは決して、お前を撃たねェ!!』
『優しいだけじゃ 人は救えないんだ!』
『お前はいい医者になれるぜ。おれが保証する!!』
『ありがとうよ、チョッパー』

 そして今日浴びた、たくさんの暖かい声、強い声。
『仲間ならいるさ!』
『じゃあ、あんたも来る?』
『おい!もっかいやってくれ!!』
『おいチョッパー!おめえもやるか!!』


 嬉しくて哀しくてあまりにも幸せで、ちびのトナカイは今度こそ
涙が落ちないように、深く呼吸しながらもう一度月を見上げた。





「おい」

不意に声がした。

「ここからでも月なら見えるぜ。来いよ。」


振り返ると、緑色の髪をしたデカイ男がのそりと起き上がり、半分残ったウォッカをあおり始めた。

「酒も残ってる。片付けようぜ。」
 そういって、緑頭は転がっていたグラスになみなみとウォッカを注ぎ、チョッパーの方に軽く掲げた。



 泣きそうだったことがばれないように、ぐりぐりと目をこすってトナカイは
そいつの掲げたグラスのもとへ行き、それと彼の持つ瓶とをカチンと鳴らし合わせた。


「ふー、さすが寒い国の酒だ。あったけぇな。」

「うん。…でもこれ、一回に瓶半分とか空けると死ぬもんなんだぞ?」

「あー、だからこいつら、一口つけてひっくり返ったのか。情けねェの。」

「・・・お前のほうが絶対変だと思う。」
じとりと見ると、そいつは軽く眉を上げて、水みたいに酒を入れていた。

「くーっ!!」
飲み干したあと、あんまり美味そうにそう言うから、思わずチョッパーは笑ってしまった。

「美味いだろ。」
「ああ、すげえ美味い。」
そういって、ゾロは満足そうにニッと笑いかけた。



 その顔を見ながら、ドルトンの付き添い達が彼の強さについて
興奮しながら話していたのを思い出した。


   「上半身素っ裸で歩いてましてね!
    一体何なのかと思ったんですが、いやーこれが強い強い!
    ワポルの手下どもをたった一人で一網打尽ですよ!」


それ以上、こいつについては知らなかった。
(橇すべりはすごく楽しんでくれていたらしいけれど。)



だから、恐る恐る聞いてみた。
「なあ、お前、おれが仲間で、気味悪くないか?」


「?」
唐突な質問に、相手はびっくりしていたらしかった。

「何で?」
「いや、お前強いから、おれが怖いってことはないと思うけど。」

そういうと、相手はゲラゲラ大笑いした。

…大真面目なチョッパーにはちょっと心外だったけれど、
まずは次の言葉を待つことにした。

ひとしきり大笑いしたあと、やつは口を開いた。
「確かに怖いってことはねェなー…。」
「気味悪いとか、思わないのか?」


「おれ、トナカイあんまり知らないからな。」

「あ、そ・・・」
あまりにもあっさりとしたゾロの答え。
 ちょっと論点がずれているような気がしつつも、とりあえずチョッパーは納得することにした。


「何、気になることあるのか?」
ちょっと鋭い目で、ゾロは尋ねてきた。
「だって…トナカイが2本足で立つのは変だろう?」

ゾロは何にも言わなかった。
「・・・それにおれ、喋るし…青っ鼻だし・・・」

「―確かにそうだな。」
そういいながら、ゾロはごろりと仰向けに横たわった。





「ほら、こうした方がよく星が見えるぜ。」
なんだか宙ぶらりんの気持ちのまま置いておかれたようで、トナカイの傷は鈍く疼いた。

そのまま、ゾロの隣に体を横たえる。




「わぁ…」



「デッケエだろ?」

「うん、知らなかった…」



海で輝く星が、こんなにも大きいなんて。

海をつつむ空が、こんなにも大きいなんて。



二人はそのまま少し、冬の夜空を眺めていた。





 ふと、もぞもぞと動き、ゾロは切り出した。
「―確かに、お前の鼻は青いな。」
チョッパーは彼を見やる。
鋭い目がじっと見据えている。


ゾロは、自分の緑頭に手を差し入れ、ぷちっと1本髪を引き抜いた。
「?」
「おれの髪は緑だ。」
そういって、抜いた髪をチョッパーの鼻に近づける。
鋭い目のまま。


「うん、お前のより、おれのが明るいな。」

「!」
丸い目をもっともっと丸くトナカイが見開いているうちに、ゾロはニッと笑った。


「おれの勝ちだ。」



「・・・な、なんだよそれ!」
「おれにとっちゃ、そういうこと。」

 そして、ぱちんとチョッパーの青い鼻を指先ではじいた。

「痛ェっっ!!」

はじかれたチョッパーが、ぴょこっと飛び上がった。

「だっはっはっはっは!!」
豪快に笑う声があたりに響いた。
涙目で鼻をさするチョッパーは、あまりにも楽しそうなその声に

「・・・えへへへへっ」
と、湧きあがる声で返したのだった。




「ほれ、飲むぞチョッパー。勝者が注いでやるぜ」
「おお!飲むぞゾロ!」
「あれどうした、また泣くのか?」
「泣くかァ!・・・て、『また』って言った?」
「おう言ったぜ、泣き虫トナカイ。」
「おれは泣いてない!」
「いーや、泣いてたって。」
「お前、それ以上言うとおれが酒飲み干すぞ。」
「・・・ごめんなさい。」
「…エッエッエッ」
「くくく…」

『あっはっはっはっは!!』


星空の下。

二人は冬の酒をあおりながら、ずいぶんと長いこと笑い続けていた。





翌朝、酔いどれ二人組が毛布よろしくひっついて眠っていたのが、
クルー達に発見された。


…傍らには、すっからかんになった酒瓶が転がっていた。









トナカイの鼻は青、男の髪は緑。

つまり、そういうことなのだ。

おれとお前にとっては、そういうこと。










******

チョッパーが仲間になった夜。
直後、共犯ごっこしたり仲間のしるしをつけたりと
ずいぶん仲良くなっていたので、合間を妄想補填。


鼻ピンするゾロが書きたかったんです。


II