祭のあと




Ver. U





「…ぢょっばぁぁぁー…」


 死にそうな声が自分を呼んでいると気づくまでに、しばらく時間がかかった。
振り返ると、冬のさわやかな朝、朝日に映える甲板にて、まったく似つかわしくない顔色の男がふらふらと近寄ってきた。

「うぉっっ!!よるなバケモノォォォー!!」

「…ひでえ・・・」
涙目になっても無駄だ。
「病人にはもっと優し…」

二日酔いだ、心配するな。おれも心配しない。」
「・・・ぢ、ぢくじょぉぉー・・・おげぇ」

自慢の長い鼻も心持しなだれている様子に、ちょっとかわいそうになったので、チョッパーはリュックから薬草をいくつか取り出した。

「お湯持ってくるから、ちょっとそこで寝て待ってろ。」

「あ、ありがてェェー・・・」
なんとも情けないけれど、これが船医チョッパーの初仕事だった。




チョッパーの薬草湯をウソップは、
うさんくさい臭いに鼻を曲げながらも、強烈な苦味に半泣きになりながらも、
全部何とか飲み干した。

「・・・ぶはぁっっ!!」
「どうだ?」
「アホか!苦ェよ!めちゃくちゃマズいよ!」
「味じゃない、体のほうだ。」


「・・・かなりマシ。」

素直な反応に、チョッパーはにーっと笑った。

「ありがとう。助かったぜ。」

「・・・!」
今度はちょっと面食らった。

「バ、バカヤロ、こんな事ぐらいで感謝される覚えなんかねえぞ、コノヤロー!」
「…やっぱり嬉しそうだなー。」



ウソップは本当にずいぶんマシになったようで、
船をゆく冬の風を気持ちよさそうに受けていた。

「すごいよな、お前。何でこんなの覚えたんだ?」


チョッパーの笑顔が、すっとかたまる。

少しずつうつむきながら、けれど口は笑んだままで、紡ぐように言った。



「おれは、一番大切な人を治したかったんだ。」

「うん。」

「・・・治せなかったんだ。」

「へぇ…」

「追い遣ってしまったんだ。」

「・・・」



「知らなかったから。」

「…そうか。」




「このバケモノを、息子と呼んでくれた人だったんだ。」


「・・・大好きだったんだな。」


「バケモノのおれに、初めて優しくしてくれた、医者だったんだ。」





さあっと、冬の風が走る。
身をすくめるほど寒いはずだけれど、二人は何も感じなかった。







「ぃよし!!」

パン、と膝を打ってウソップは言った。

「じゃあ、治してくれたお礼に、この勇敢なおれが、
この船のバケモノどもを一匹ずつ紹介してやろう!」

「?」
バケモノ?


「あれ、知らなかったか?
この船には、お前の他にもバケモノがいっぱい乗ってるんだぜ。」

ニーッと笑った。





「まずは・・・あ、あそこで寝てる緑頭。」
「ゾロだ。」

「そう、学名ロロノア=痛覚=ゼロ。あいつ、実はサイボーグでな、
体の筋肉が一部鉄とエアバッグでできている。」

「エ、エアバッグ?!」

「そう、だから斬ろうが突こうがちっとも効きゃしねえんだ。血はだらだら流れて見えるが、それはエアバッグの中身が
一部の血と混ざって、鉄サビと微妙なハーモニーを奏でているだけだ。

が、一部マジで切れてることもあるから、止血の確認は怠らないように。」
「う、うん、わかった。」

チョッパーは、ゾロと呼ばれる男の強さの秘密という、
大きな海の不思議をひとつ学んで思わず興奮した。



「そ、それでウソップ、あの二人は?!」

蹄のさきには、朝の航路を検討しているナミと、それに
モーニングティーを甲斐甲斐しくサービスするサンジの姿があった。

「んー、じゃあ小物から。
 あのへらへらした金髪野郎は、サンジ。
お前、ちょっとしゃべったんだっけ?」

「うん、おれのこと非常食にしようとした。
…でもドクトリーヌを庇ってくれたから、いい奴だろ?」


「(あいつあんなババアにまで…)まあ、悪い奴じゃねェが、いかんせんエロエロの実の能力の持ち主だからなぁー。」


「・・・エロエロの実?」
「おう、そのせいで、気合を入れると眉毛がぐるぐる3倍に曲がる。

それだけじゃねえぞ、性別を見分ける能力は人一倍でな、
半径500メートル以内に女がいると、鼻の下が300ファンキーゴムゴムくらい伸びる。」


「…それはすごいのか?」

「…まあ、小物だから・・・
あ、あと、料理は美味い。これは、男女そこまで関係なく。」




「じゃあ、ナミは?」
「うむ、あれは別名『黒幕』。 おれたちの進路を影で操る魔王だ。怒らせないほうがいい。
嵐でも来てみろ、あいつがいないとどうなるかわかったもんじゃない。
 あのエロエロは、魔王の第1の使い魔だ。ちょっと気に障ることでもあると、魔王はあいつを使って、メシ抜き攻撃を仕掛けてくる。」

「こ、怖い・・・おれには、あんなに優しかったけど…」

「甘いっっっ!!
あーもうお前だまされてるよ。それが魔王の恐ろしさってもんよ。」

「そ、そうかー…」

畏怖とそれ以上の好奇心をこめて、トナカイはその大きな瞳を二人に向けた。
朝を迎えている二人はあくまで優雅で、それだけにいっそう恐ろしく見える。



すっげェー…とチョッパーは、感動とともにつぶやいていた。

と、そこに、麦わら帽子のバカが魔王と使い魔コンビの周りをものすごい勢いで廻りはじめた。
おそらく、メシはまだかと言いたいのだろう。

「あー、ルフィ・・・はいいよな。見りゃわかるから。」
「うん。」

二人ですぐさまくるりと回れ右をした。




「あ、あのカルガモと一緒の人間は、普通だろ?」

振り向くと、船の進路を一心に見つめるビビとカルーがいた。

「ふふふ、それが素人の考え方よ。
 見てみろ、じーっと海のほう見てるだろ?」
「うん。何してんのかな。」


「あれはな、海と大地に神託をたてているのだ。」
「シ、シンタク??」

「ああ、まあ要するに占いだな。あいつは海の巫女なんだ。
で、今は海を見てるだけだが、大事なうかがいをたてる時には、
孔雀の羽の玉をぐるんぐるん回して占うんだ。
その姿から、あいつは『スケ=バン』という名で呼ばれることもある。」



「スケ=バン…なんか強そうだな!」
「強いぞー!
 あ、魔王の使い魔はな、」
「あ、あのエロエロの実の、」

「おう、実はあいつ、ときどき黒幕に内緒でスケ=バンにサービスしてるんだぜ。」
「!いいのか、それ!」
「よくねえさ…知れたらただじゃ済まねェだろう。
 …だからこれは、おれとお前の間の、男の秘密だ!」



「うん、わかった。おれ絶対誰にも言わねェ!」
よぉし!と、ふたりで拳を握り合った。




なんだか、ものすごく満ち足りた気持ちだった。

「おれ、ちょっとデッかくなったような気がするよ、ウソップ!」
「おし、それでこそ海賊だ!その誇りを忘れるな!」


そういって二人、胸張って海を見つめていた。

「ここには、こんなにいっぱいバケモノがいるんだ…
 お前なんか適わないくらいにな!


 こんだけいたら、心細くないだろう?」



誇らしげなウソップの横顔が、まぶしかった。


「うん、全然、心細くなんかないよ。」



みんな、バケモノ。

みんな、お前とちがう。

みんな、お前とおんなじ。




みんな、お前の仲間。






「ところで、ウソップは?」
「おれか?おれは勇敢なる海の戦士だ!
 あえてバケモノ的といえば、この勇敢すぎる魂くらいかな!!」

「鼻じゃなくて?」
「うっせェ!!」









後日、チョッパーの発言により、ウソップは5回くらいボコボコになる。











******
「共犯」の手前妄想。

アーティスティックな嘘をつくのは難しいですね。
キャプテン尊敬。そしてラブv

チョッパーの、ウソップへの懐きぶりが大好きなのです。



I