黒く燻した木の壁に碧玉を薄く削って重ね合わせた屋根が、緑の葉を茂らせた深い森の中に眩い輝きを放つ。 石を積んでつくる高い塀の代わりに広大な土地を覆うのは、透明な膜のような半球状の防壁で、人や獣どころか、あらゆる"素力(そりょく)"をも通さない。 見渡す限り広がるこの土地が全て学園のもの。敷地の中にはありとあらゆるものが揃えられているという。すでにひとつの街を形成していると言えた。 「ユマリエさまがお住まいになるのは東壱棟でございますから、あちらに見えております月色の屋根がそうではないかと」 「……ずいぶん外れたところにあるんだね」 「さようでございますね」 白に薄黄色を重ねた色合いは沈貝を使っているからだろう。美しいけれど感心するより呆れるのが先だった。瓦の1枚でも剥いで持って帰れたら国費の足しになる。 「ねえ…」 「なりません」 「何も言ってない」 間髪入れない応えにふくれ面をうかべると、じいやはいつも通りの穏やかな表情で首を振る。 「認識票を与えられないものは何ものも入れられず出られない決まりでございます。瓦一欠片、壁材ひとつ、誠に残念ではありますが、お土産にしていただくことは出来ません」 ほんとに残念そうに言うので、顔を見合わせて小さく笑った。 あんなふうに惜しげもなく沈貝を屋根瓦にしてしまえるほど豊かな国だったら、僕の入学はなかったろう。 「ねえ、じいや」 「はい」 「付いてきてくれてありがとう」 いつのまにか背丈を越えてしまった。抱きしめると思っていた以上に小柄なんだと分かる。 「母さま、兄さまたちによろしくね」 「こちらの夜は冷えると伺っております。どうか暖かくしてお眠り下さいませ。お豆のスープもきちんとお飲みになって下さい。好き嫌いをなさっていると、大きくなれませんよ」 じいやの背丈は越えたけれど、兄たちにはまだ追いついていない。大人しく頷いた。防壁に接合したキューブの警告音に体を離す。 現れたパネルに学生証をかざして、識別番号を打ち込んだ。 「ユマリエ・メルルト・フォーレペルゲ。確認完了致しました。門を解放いたします。お付きの方はお離れ下さい」 「それじゃあ、行ってくるね」 上から降りてきた光の筒の中から手を振ると、優しい表情で目を細めたじいやが雅やかな仕草で片膝をついて頭を下げる。国の正式な挨拶の形をさらりとこなして手を振ってくれたじいやの目許にある涙に、気付かないふりをして微笑みを返した。 |