この学園はもともと王家の子弟に高度な知識や見識を身に付けさせるために創られた。国とは関係ない一個人の資質を伸ばすことが目的で、学園内では身分や立場の一切を取り払って付き合うのが原則。貴族や裕福な商家の子だけでなく、一般家庭からも生徒をとるようになった今でも、敵対関係にあっても、属国であっても、学園では平等が謳われている。 ちょうど新学期が始まるのと合わせていたので、寮内は休みから戻ってきたのだろう生徒たちや新入生でざわついていて、ちょっと気後れしてしまう。こんなに大勢の人がいるのを見たことがない。 キューブを使ってもここまで来るのにたいへんな時間を費やした。そうそう使える乗り物でもないし、どれほどここに居続けなければならないのだろうと思うと滅入る。 繊細な装飾の施された窓枠から外を見ると、王宮にある森よりも明るめの緑を覗かせた木々が見えて、少し慰められた。 故国にあるのは森と湖と深い谷。住める場所が少なくて、民も少ない。小さな村の領主の方が、もっとたくさんの人を雇い、取りまとめている。そう思うぐらい、王宮にも国にも人がいないのが当たり前だったせいか、建物のどこを見ても人影があるのが信じられない。 ぼうっと立ち尽くしていると、後ろから声をかけられて振り返る。 短く揃えられた黒髪と褐色の肌。一見大人しそうな線のやわらかい顔に小さな笑みがうかぶと、辺りがぱっと華やかになった。 「転入生のユマ・メルルト?」 「…はい」 「ぼくはペスズ・アンカー。君の案内生だよ。よろしく」 「よろしくお願いします」 向けられる微笑みに慎重に答えて、頭を下げた。 侍女付きの生活から寮生活では慣れるまで時間が掛かる。そのせいか新しく外から来た生徒には学園生活に慣れた生徒が補助として付くことになっていた。 王族の中には姓に国名を持つ者が多いので、その部分は伏せたり、名を変える。僕の場合も正式名は使わない。 たぶん彼もそうだろう。じいやが泣いて喜びそうな上品な振る舞いで、ペスズは頷き、さりげない仕草で先を示す。後についていくと、彼は歩きながら学園内を説明してくれた。必要なことだけを分かりやく教えてくれるペスズは、たぶん頭の回転も速い。すべての施設を一回りした頃には、僕はなんとかやっていけそうな気持ちになれた。 「困ったことがあったらなんでも言ってね。あ、フロウは乗れる?」 「はい」 浮遊式の薄っぺらい板を専用の棚から取り出して、ペスズが聞く。 大人2人の身長分ぐらいの幅がとられたチューブは学園内の隅々に通っていて、フロウと呼ばれるボードを浮かせて使う。チューブ内なら流れる速さも決まっているし、入り切りさえ覚えれば誰でも乗れる。 「外も?」 「……はい」 神妙な顔で頷くと、おかしそうに目を細められる。 ほんとうなら、乗れない。国には木々が多く、チューブを通してもいないから、市販されているフロウは使えない。僕は改造して使っていた。違法だ。 「国によっては外での使用を禁じているところもあるみたいだけれど、ここでは学園公認だから安心して。まっとうに使っていると教室移動も一苦労でね、よほど天気が悪い日以外はチューブの上を使うのがふつうなんだ」 ペスズは僕の迷いを見透かしたように言う。 恥ずかしくなって俯きながら頷いた。自分で思っているよりも、僕は考えが顔に出るのかなと思う。気をつけないといけない。 どうやって使うのだろうと思ったら、高さや速度の制限がないフロウが別にあって、それを使えばチューブの上まで浮上できる。透過の為の操作は別にあるけれど、覚えるのは難しくなかった。 「出入りするときだけ、先を良く見てね。ぶつかるといけないから」 ペスズの操舵は鮮やかだった。 まるで氷の上を行くようになめらかな動きを見せるフロウは、操り手と同じように優雅で、そして隙がなかった。 学園の許可さえ貰えれば個人使用のフロウを使ってもいいということだったので、僕はさっそく幾つかのパーツを取り寄せることにした。既製の品は僕には少し大きいので、より薄く軽くする。頼まれて、ペスズのものには本来のものよりも小さな力で反応するパネルを入れた。 |