「青く沈む」



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 広がるのは青色だった
 澄み渡る空の青
 深く沈み行く、海の青
 まるで目の前に在るように鮮やかに訪れる夢を
 いつの頃からか度々目にするようになった


 泉の中央に置かれた広い黒御影の上はひんやりと冷たい。込み上げる疼きを堪えうずくまっていると、どれだけの時間が過ぎたのか分からなかった。
 生きているものの体温、音、感じ取れるのは自分のもののひとつきりで、他には何もない。
 そこは人ではないものの領域。
 苦しくて、辛くて、甘く吐いた息さえも嫌で嫌で、堪えようとするのに焦れた体が震えるのを止められない。恥ずかしさに頬が火照り、解けた帯を掴んで縋り、時たま我に返って空気に触れた肩や太腿を脱げかけた着物で隠す。
 どうにかして。助けて。体いっぱいに叫んでいるのにどこにも何にも届かない。心は従いたくなくて、けれどそれも限界だった。
 あられもないさまになっているのを見下ろした"彼"は楽しげな声をあげて笑い、水面の上に浮いた体をふわりと降ろした。
「苦しい?」
「…くるしい、……」
「そう、それで?」
「…………」
「なかなかがんばるね」
 微笑みながらするり伸ばされた手が、硬く熟れて、開放を待つものを一撫でする。
 期待に息をのんで潤んだ目を虚空に向ける。もうずっと、触ってもらえていない。待つことしかできなかった。ただ我慢するしかなかった。
 一族を守る人ならざるもののもとへ捧げられるようになってから、おぞましいことも恐ろしいことも数え切れないほど経験した。悲しみや辛さから目をそらしていられるのは淫らな闇に弄ばれるこのひとときだけというのが、悔しくて呪わしい。けれど今何より望んでいた感触がそばにある。
「ミコト…」
 一番触れて欲しいところはほんの少し掠るだけで、すぐ違うところに伸びてしまう。
 美しい顔かたちをした青年はそっけない素振りで手際良く結び目を解いて、あっという間に衣服を取り除く。
 すでに高ぶっていた体は些細な刺激にもじわじわと侵蝕され極めそうになる。それを知られたくなくて背を捩ると、悪戯な指先にかき立てられて息をのんだ。なすすべもなく俯せた体を滑らかな石の台座に押し付け、尚人は傍らに投げ出された着物の端に縋った。
「…ミコト…、お願い…もう…やめて…」
「そう、どうしようかな?」
「…ッ」
 すでに何度か相手の高まりを受けとめて解された襞の隙間に爪を立てられる。呻いて微かに体を震わせた。放り出されているうちにすっかり窄まってしまい固く拒みながらも、挿し込まれた指を甘くはむように締め付けまでに時間は要らなかった。
「…ぁ…ぁ」
「すごくかわいいね、色っぽい」
 眉を寄せた目から涙が落ちて、ただ声を堪えることしか出来ない。震える手のひらを相手に突っ張らせ、退けようとしたけれどびくともしない。
 適わないのは分かり切っている。
 でもここにいるのも、理不尽なことで苛まれるのも、みな彼のせいだ。
 本当なら家を恨み、運命を呪うのかも知れない。
 けれど目の前にいるそれそのものが災いだった。
「…嫌い、…嫌いだおまえなんか…っ」
「ふうん?」
 不思議そうに訊ねながら唇に笑みがうかぶ。
 片手で口を塞がれ、与えられた衝撃に尚人は手足を引きつらせた。
「い、ゃ……ッ、ッ」
 どこから持ってきたのか、棒状の玩具が後肛を貫く。棒に作られたでこぼこが内壁を抉り、細切れの息を繰り返した体の上へ跨って、更に中を押し拡げるようにして敏感な粘膜を掻き回す。
 弱いところも切なくなるところも全て知り抜かれている。かまわれてもいないのに前が張りつめ弾け、何度も何度も追い立てられる。彼にとっては人の子ひとりを苛む道具をうみだすことなど呆気ないほど簡単で、ただひとつでも充分すぎる快楽を味合わせることが出来る。それでも飽きもせず次々新しいものを作るのは愉しいからだった。
「いや…っぁ、っ…やめて…やめて…っ」
 堪えきれない快楽のうねりに涙があふれる。何が辛いのかも分からない。でも幸いではない。呆然として、責めを与える相手に縋り付く惨めなさまになる。すうっと指先が肌を通っただけで喉が震え、淫らがましく先端から滴が滲んだ。
「ナオト…ぷくぷく蜜をこぼして。いやらしいね」
 責め具を抜かれる。体を引きつらせて、尚人は喘ぐ。
 触れる度に震える体を胸元に抱き起こし、青年は四角い石の縁に寄った。良く澄んだ水が間近で波打っているのを見下ろす。手ずから水にくぐらせ、ぐちゃぐちゃに濡れた顔も体もすすいでから、泣きすぎで火照りのある頬を愛おしむようにそっと触れる。人形のように美しい青年の顔から尚人は目を逸らした。
「なんだって用意してあげる。ほしいものを言ってごらん」
「……、どこかへいって。…放っておいて」
 口先だけでも甘えればいいのにそうしない。その不器用さに呆れながら足先に落ちた袖を雑に蹴りのけ、ミコトは石の上から着物を消す。同時に自分の羽織っていた衣も脱ぎ捨て、ゆっくりと口元に笑みをうかべた。
 深い墨色のような黒い双眸を優しげに細め、涙に口付けてやる。手のひらから伝わる震えさえも彼には愛おしい。
「かわいいね。ナオト」
「……、…」
 優しく宥めるように触れる手にひくりと喉を震わせて、拒絶の言葉を飲み込んだ。
 薬や道具を使われなくても、求められれば居たたまれない恥ずかしさと、怖いほどの愉悦が待ちかまえている。加減を知らないただの物に身も心もなくなぶられるよりは意識も体温もあるものの方がマシだとしても、やめてくれるなら幾らでも乞う。
 離して欲しいと願いそうになる声を口づけで攫い、ほっそりとした肢体が微かに跳ねるのを味わった青年は、押しのけようと伸びた手を捕まえて笑みをうかべた。
「怯えなくたっていいのに。私は憎くくていじめているんじゃないよ。ただ、すこおし、ナオトが勝手なことばかりするからね」
「…………」
「さあ…いっぱいあげようね」
 耳元に優しく囁き、耳朶を甘噛みする。萎えた物に指を這わせ丁寧に愛撫しながら、頬を伝わる涙を舐めとり、ミコトはゆっくりと抱えていた体を押し倒した。熱い固まりに貫かれ拡かれた尚人はなすすべなく、背に縋り付いて啼いた。



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