まるでデスクトップに指定したような、ムラのないペールブルーの空。 その色の薄い空を見上げて、はふんと欠伸を1つ。 窓越しに差してくる陽で廊下は微睡みするのにぴったりなぬくさですが、外はもう冬の寒さが到来で、木枯らしが吹いていて。湿度温度共に完璧に自動調整されるこの家の中にいる限り、葉が色づいて落ち葉になろうが、息が白くなろうが、関係ありませんけどね。 私は、この土地の旧家、神尾家のペット。 明治時代に造られたらしい西欧建築の広い屋敷は、手入れが良く行き届いていて住みやすく、私の飼い主はそれはもう、とってもかなり美しく賢く気高く可愛らしい素敵な方だから、今の生活に不満は、少ししかありません。…え、少しはあるのかと?……ええ。残念ながら、少しの不満と言うのはですね、……。 あ、まずはご紹介を致しましょう。ちょうど向かってきています。 「ショーウー。ごめんよ、待たせたね」 廊下を駆けてきた青年が、私の前にぺたりと座り込んで、甘く微笑む。 彼が神尾紅。私の飼い主で、今年18。 コウは幼い頃からエスカレーター式に通っている学校で生徒会長をつとめる、叡智に富んだ美貌の青年。…なのですが、私の前では、その凜とした面差しを、芍薬の花のような優しく甘やなものにほぐれさせ、蕩けた目で私を見つめる。 私は伸ばされたコウのほっそりとした腕を登って、コウの肩からコウの顔を見上げた。私の肌よりも白く滑らかなコウの肌は、ほわりと暖かい。 コウ。あなたは何て心地よいのでしょう。コウの温度、コウの眼差し…。それだけで私は幸せな気分になります。肌を撫ぜるコウの指先に寄せられる愛情を感じて、私は更に心地よい気分になる。 「ショウは冷たくて気持ちいいな。…そうそう、朝食の時、高文から電話があってね、それでショウを迎えに来るのが遅れたんだけど…」 私の頭を愛しげに撫ぜていたコウは、ふと口を閉ざして、済まなそうな顔をする。コウの家族は私に友好的ですが、食事の席は別にするのが決まり。ですから私は、コウ以外の前では食事をせず、コウが食事で家族に呼ばれれば、私は部屋で大人しく待ちます。さっきのように、時々縁側に出たりなどもしますが。 「コウも一緒にご飯食べられればね…。うーん、ショウはこんなに美人な白蛇さんなのに……」 コウが淋しげな顔をする。 コウ。それは仕方のないことなのですよ。悲しまないでください。私は時に、ヘビだというだけで、嫌われますから…。 皆さんもヘビはお嫌いですか。…私は温和な性格で毒もないですし、ぬるぬるもしてないんですが。まあ、それはともかく。 コウ。私が多くの人に嫌われているのだとしても、それはとても些細なことですし、コウと私の関係はこれ以上もなく良いのですから、悲しむことではありません。それよりも、先ほど言いかけた話を続けてください。…高文、とか、すごく嫌な響きが聞こえましたからね、気になります。私の不満は、その名の持ち主に全て原因があるのですから。 私の眼差しに応えるように、コウは気を取り直して、話を戻す。 「こんなにコウは可愛くて綺麗なのに…。あ、電話の話をしてたんだよね。高文の中型インコ…、ええと、空之介だったかな。ほら、空色のインコ。あの子、1年ぶりに戻ってきたそうだよ」 私はちろりちろりと舌を出し入れながら、コウの首を伝って反対側の肩へ移動する。 腹立たしい。あのバカ鳥が戻ってきたぐらいで、貴重なコウとの朝のひとときを、あやつは奪ったのですか。私の少しの不満は、やはり存在してしまうのですね。…あやつと言ったら気配りも気品もなく、私とコウの時間を邪魔する上に、コウのことを……! コウのぬくもりで苛立ちを慰めながら、私はあやつを思い出す。 あやつ。…コウの言う高文というのは隣の家の…、お互いに広い敷地にありますから、だいぶ離れてはいますが、お隣には違いない木藤家のクソガ…ああ、つい、いけませんね、つまり、コウの幼なじみ。学内では常にコウの2番目に位置し、良くコウを補佐している、顔形もまずますといった奴ですが、あやつに関しては私の不満は尽きません。 不満は尽きないのですが、コウは私が前にいるだけで満足しきり、内心の私の苛立ちに気づくことなく、にっこりと私に微笑みを向ける。 「1年して戻ってくるなんてすごいと思うし、どんなふうになっているかも気になるから、会いに行くという話になったんだけど。ショウは空之介と仲良かったよね、ショウも行く?」 …。学校始まって以来の秀才と言われるコウですが、どうも他人…もしくは他ペット間の雰囲気を読むのが苦手なようで。そんなところも可愛いのですがたまに素晴らしく悩んでしまいます。 あの幼なじみとバカ鳥に会いに?わざわざ会いに行くだなんて御免こうむりたいですが、あんな奴らのもとへ、コウを1人で行かせられるわけがありません。 応えるかわりに、私はコウが開けた襟首から、すとんと体を落とす。由緒正しい白蛇である私は、寒さが大の苦手ですから、簡単な移動では全てコウの懐をかりなくてはいけません。 コウは私を布ごしに抱えると、忌ま忌ましい隣家へと足を向けて、ぬくもりに満ちた部屋を後にした。 |