「愛しきもの」



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「黙れ黙れ黙れ。たまの休みに好きな服を来て何が悪いッ」
「悪いなんか言ってないだろ!ただ既製品のソレでなくて、俺の作った服を着てくれって言ってるんだよ!」
「つまり好きな服を着るなってことだな!」
「違うって!いや…なんというか、とにかくお願いだ、紅、いくら天女みたいに綺麗でも、人の感覚に反した格好をされるのはちょっと…」
「言うことに事欠いてなんだそれは、人のセンスにケチつけるのかっ」
 私の不満の源、コウの幼なじみである木藤高文はコウの前で大仰に肩を落としていた。
 コウが我が物顔で隣家に入り、あやつの部屋であやつと会った途端に始まった言い争いは、実はもう何度も同じ内容で発生しているので、仲裁する気も、邪魔する気にもならない。
 聞いて下さい。もうこれで10度目以上、同じことで言い争っているのですよ…。コウのセンスのなさなぞ、当に承知しているくせに、あやつは往生際の悪いことです。
 喧嘩は、コウには致命的なセンスがあって、あやつには着せたい服がある…ということから、起こっているのです。
 ああ、コウ。足下から地球外生命体のような触覚が伸びているのですが…。それもくたびれたビニール製なのが丸わかりな…。自分で見て気分が悪くなりませんでしたか、…。
 とまあ、多少、困った装いの今日です…。私服といえば、全部そんな感じ、なのですよ。
 あやつはそんな、コウの容姿とコウの趣味の、その不釣合い加減が諦めきれないらしく…、いつからかコウの服を作るようになっていまして…幼なじみ手製のものも気に入ってはいるようですが…今日はコレにした為にお定まりな言い争いを始めたというわけです。
 ……言い争いというには、一方的に怒り、一方的に嘆いている2人の足元で、私はかふん、と鼻を鳴らす。
 コウのセンスはともかく…、あやつの作る服は、悔しいがコウに良く似合います…。
 あやつはコウの雰囲気、体つき、顔立ち、全てを完全に理解していますからね。コウの犯罪的なセンスが現れないよう、あやつの作った服の範囲ではどんな組み合わせも合うよう考えられているのは敵ながらあっぱれ。あやつの作った服を着ている限り、コウはまさに神仙のごとき美しさで佇めます。
 ……私から見ても、あやつの服を着たコウは、あやつへの腹立ちを差し引いても、かなり綺麗なんですが…。
 まあ…好きな格好をしているんですから受け入れれば良いものを、…ああ。目にうっすらと涙をためて…いけません、コウ。そんな顔を見せたりすると…、ほら。
「わ、泣くな。泣くなよ!?悪かった!俺が言いすぎた!今、新作のコート作っててさ、どうしても俺、紅に着てほしくて、つい。ほら、泣くな。頼む、泣くなよ。俺が悪かった!!」
「な、泣いてなんかいない」
 あいつはあっさりへりくだって、コウの目を優しくタオルで拭う。
 全くもう、どうせあいつはコウにメロメロで、ぐでんぐてんなんですよ。分かっていますか、コウ。ああ、そんな嬉しそうな顔をして。危険な優しさですよ〜!
 コウは幼なじみの下心付き優しさにすっかり騙されて、にこにこ笑いながら、床の上で事態を見守っていた私の前にしゃがみ込む。甘甘にされて機嫌を上向かせたコウは結局、持ち上げられるままうまいこと言いくるめられるのがいつものオチ…。今日も容易くコートを受け取る約束をしています…。
 コウは気にしてもいないんですが…くぅ。どこか口惜しいです…。
「ショウ。ごめんね、放ってて。今、空之介に会わせてあげるから」
 コウは私の体を腕に抱えて、何やら太い止まり木の前へ私の位置をかえる。
 ……コウ。私は、会いたくなど、全く、舌の先ほどにも、思っていないんですが、…。むしろ、いち早く帰りたいぐらいなんですけどね…って。聞いてませんね、まあ、言ってもいないですが。
「よっ。相変わらず、なまっ白いやっちゃなア」
「…………」
「何か言えや。1年ぶりの再開だぜ、嬉しいやろ」
「うるさい。少しは黙れないんですか。ますます目茶苦茶な言葉に磨きがかかって、ああ、どうしてコウの隣の家に、こんなやつらがいるんだか…」
 私は思わず嘆く。ほんの少しだけ、まともになってるかと期待していたんですが、…。
 空之介は私の嫌悪を露わにした様子を楽しげな顔で眺めると、飄々とした声で、はははと笑いとばした。声を出すのが元々うまいやつだから、ひどく発声の良い笑い声で、…シャクに触りますね。…もう少し体が小さければ食べてやるものを……。
 空之介は私の怒りが頂点に向かおうが地の底を這おうが、一向に構わない様子で、明るい声を続けた。その無神経さが嫌いなんですよ、ばか鳥ッ。
「流浪の旅を潜り抜けてきたんじゃけえ、ちったア、言葉もまざっらっちゃ。それよりもショウ。1年ぶりなんやで。もっとこう、感動的な姿を見せて欲しいけん、せめて笑って見せろや」
 相変わらずの、自分語を話す空之介に、目眩を覚えそうになる。
 勝手に外に飛び出していったくせに、ますますそんなヘンな言葉で…。感動どころか絶望ですよ。
『ショーウー。ビッジン、ヨッ、イイオコトー』
 空之介は誰の真似やら何処で覚えたやらの物まね複合をしながら、コウの傍らに立ったあやつの肩に飛び、私を見下ろす。
 これをばか鳥と言わず、何と言うんでしょう。
 私は溜め息を吐きながらコウの腕を伝って、コウの肩に首をもたげた。これで空之介と目線が同じになる。見下ろされるのは性に合いません。特にこやつが相手ではね。空之介はその名の通り、美しい空色の羽を持つ鳥らしいですが、そんなこと私には関係ありませんし、中身は最悪なんです。
 私がきつく睨み付けると、空之介は羽を大袈裟に竦ませて見せ、『オウ、オコッテル、オコッテル』と私を馬鹿にするように鳴いた。
「馬鹿っぷりに拍車がかかりましたね、空之介」
「相変わらず、冷たいやっちゃ。ほんのお愛想やんけ」
「はん。私は由緒正しい白蛇ですよ。冷ややかなところが売りだとご存じないんですか」
 取り敢えず、1年ぶりに戻ってきたことと、生存は確認してやったので、私はそれ以上、空之介の顔を見る気はなく、つんと顔を背ける。
 そんな私に何を思ったのか、コウが微笑んだ。
「やっぱり、仲いいよね。2人とも」
「ああ」
 コウの微笑みに、あやつが目を細めてコウを見る。おそらくコウが今と逆のことを言っても、ああ、と言ったんでしょうね、ばか男。ばればれですよ、コウ以外には貴様の想いなぞ…。…想い、なぞ……。
 私はばか鳥を肩に乗せたばか男を、見据える。
 あいつがコウを見る目が、いつもよりずっと深い想いを持っていることに、私は不吉な予感を覚えた。
 ……まさか。まさか、確かにこの頃、コウはますます美しく、ますます魅力的で、私は鼻高々な日々の上、心配も尽きず…、幸せな悩みというやつですね。…話がずれましたか?とにかく、男女とも人気は増していますが…。
 ああ、コウ。明日は高文の作ったのを着るから、と、そんな邪気もなく…。鈍さはコウの愛しい部分でしょうが、それが命取りになりそうで、私は不安ですよ。
 私の勘は良くあたる。この時感じた不吉さは、しばらくの後、現実のものとなった。



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