私はとうとう、冬の眠りにつく時期が来てしまったようだった。 コウが用意してくれた冬眠場所にとぐろを巻いて、私は徐々に微睡み始める。傍らにはコウと、あやつと、空之介がいた。みんなで私が眠りにつくのを見守ろうということらしい。…死ぬわけじゃないんですからね。まるで、そんな、人生の最期を看取るようにされると、眠りにくいのですが……。 「ショウ、寝床はそんな感じでいい…?寝心地悪くない…?ああ、もう意識ない…?ある?ある?」 毎年のことながら、コウが心配そうに私を覗き込む。コウは決して体験しないことですから、不安になるのでしょう。 ああ、コウ。 大丈夫、コウの作ってくれた寝床に不満があるものですか。 入れてくれたモミ殻はまるで私を溺れさすかのような大量さで、…ちょっと殺へび的ですが、だ、大丈夫です。溺れそうなほどの愛に感激です。目の前が真っ暗になるぐらい…。 「おい。これ息出来てないんじゃないか?」 「え!ショウ、ショウ!?」 ……、っかはーーーーー! 危なかった。眠る前に窒息することろでした。 眠たくて、うまく体が動かないんですよね。ふう。 沈没するモミ殻の渦から移され、私は今度こそ、落ちつける場所でとぐろを…と、もそもそ這い回ってみる。そんな私に、心配過剰になったコウの眼差しが、おたおた付いて来るのが分かった。 コウ。 心配は、ありがたいですが…、私が心配に、なってきます。 コウは優秀な分、どこか抜けていますから…。 1人きりで、街に出かけては行けませんからね。あまり笑みをまかれるにも困りものですが、無愛想過ぎて、相手の怒りを買い過ぎてもいけませんし…。 …ああ、でも、最近は穏やかになってきましたから、大丈夫でしょうか。……あの、想いを打ち明けあった、日から…、コウは、誰に対しても雰囲気がやわらかくなりました。 「紅。順調に絶食も温度調整も済んだんだろう?落ち着けよ。紅がそんなに動揺したら、眠れるものも眠れなくなるぞ」 「……うん、…」 頼りなげなコウの肩を抱いて、あやつが言う。 ……悔しいですが、あやつの言う通り。コウが心配で、眠れなくなります。コウ。落ちついて。私はただ眠るだけですからね。 コウとあやつは日増しに仲睦まじくなり、私に向けていたような、全開の笑顔を、コウはあやつに見せるようになった。 コウは今までにも増して、輝いて、華いで、こぼれんばかりの笑みで、あやつを見る。 「娘を嫁に出す気分やーのー」 「……空之介。物まねまでそのぐちゃぐちゃな言葉遣いを出したら、絶交です」 「おお。なんや、空気がしっとり冷たくなっちょる。冬眠するにはぴったりじゃなあ」 「…………」 言いながら空之介は、自分の影が私にあたらないよう、体をずらす。あたたかな陽射しを肌に受けながら、私は苦笑した。まるで、私が冬眠に入るのが嫌みたいに見えますよ。 苦笑した私を見て、空之介は丸い目を更に丸くする。そして、にやっと笑んだ。 「ヘビも微笑んだほうが、ええんや」 「空之介。……。コウを、頼みます。コウは、神々しいまで美しく、恐れ多いほど賢く、思わず触れたるなるほど気高くて、愛らしくて、素敵で最高な、…何笑ってるんです」 「い、いや、う、はは、く、くくくくく」 私の不審そうな目に、空之介は必死に笑い声を堪えてみせる。 何です。 私は何か、おかしなことを言いましたか? 空之介は堪えきれない笑い声を残しながら、口を開く。 「いやいやいや…愛ってのは良いものや。神尾の坊主も、おめえに対して、似たよーなこと言ってな。いかにショウが大切で素晴らしい存在か、で、1時間以上喋れるツワモノだからなア、神尾の坊主は」 「……コウ、…」 私はじんとした。 私もコウが大切ですよ。 コウが1番ですよ。 あやつは大嫌いですが、少し見直した部分もありますし、好きになる努力をしても、構わないと思ってます。コウのためなら…。 ……ああ、もう。眠たくて、眠たくて、私は…。 コウ。 コウ。 コウが幸せなことが、私の、…。 意識がまさに途切れようという時、もう私が眠ったとでも思ったのか、私を覗き込むコウの頬をあやつが突く。コウが振り向きざま、あやつはコウの唇に唇を重ねた。 …………。 コウ。コウの幸せは第1ですが、やはり、あやつは私の不満です。 幸せに水を差す真似はしたくありませんから、ええ、春になったら…。 春になったら、…。 覚悟しておきなさい。私の大切なコウを奪った報い、受けてもらます。 ええ、春になったら、春になれば…。 「うわァ!」 「ばかだな。寝起きに近寄るから。ショーウー。おはよう!春だよっっ」 春。私はあやつの手に噛みついてやり、ささやかな報復を成功させた。事を成し得た満足感が、私を満たす。 抱き上げてくれるコウの腕に体を擦り寄せ、私は、大きく欠伸をする。 ああ、良い1年になりそうですね…。空気は暖かくて、コウは綺麗で…。相変わらず、コウは私のことになると、まわりが見えなくなってくるペット煩悩ぶりですし。 コウに頬を摺り寄せられ、抱き締められながら、私は幸せを噛み締める。 ふふん。 コウには私がいませんとね。 誰も私とコウの間に入ることは出来ません。 あやつさえいなければ、私はきっと、世界一恵まれた白蛇。 愛しきコウの、ペットです。 了
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