いつものところ、というのは、コウとあやつが外で待ち合わせに使う、三角形の木がある場所だった。街の真ん中にあり、待ち合わせ場所として有名なのか、コウ以外にも人待ち顔な人間がたくさんいる。木はクリスマスイルミネーションに飾られて、陽の落ち始めた辺りを、優しげに照らしていた。 「いないや…」 コウがぽつんと呟く。私はコウの襟首から僅かに顔を出し、もぞりと動いて、コウに応えた。 ……仕方ありませんよ、コウ。約束をしていたわけではありせんし、時間を聞いたわけでもないのです。これであやつが来なかったら、空之介とあやつを呪ってやりますけどね。 ああ、今からどのように呪うか楽しみで楽しみで。どんな調理法がお似合いでしょう。夢枕に立つ?仲間を集めてぐるぐる巻き?…ふふふふふ。……勿論、あくまで、来なかったら、の話です。私は決して呪うことを楽しみにしているわけではありませんよ。ええ。嘘っぽい?実は好きなんだろう?…誰です。そんなことを思ったのは。呪われたいですか? コウの吐き出す息が白く色づいて、私の肌を微かに濡らす。コウは私を見下ろして、力なく微笑んだ。 「…ごめんね、ショウ。思わず連れてきちゃって……」 私はコウをじっと見る。この寒ささえなければ、コウの頬に擦り寄って、慰めるのですが、…。 コウ、気にしないでください。冬に連れ出されたのは久しぶりですが、夏はよく外に連れ出してくれますし、こんな寒空にコウが1人いなければならないのかと思うとゾッとします。…これでいいのです。むしろ、咄嗟に私を連れ出してくれたことが、私は嬉しいです。 コウと私が切なく親愛を高めていると、場違いな声が、コウにかかる。 「美人だねー。ね、誰か待ってるわけ?オレとどっか行かなーい。こんなとこいても、楽しくないよー?」 コウに声をかけてきた男は、ニヤニヤとコウに腕を絡めようとする。 ……外見の美しさについ惹かれるのは分かりますが、身の程をわきまえなさい。そもそも、コウにはもう、私が絡んでいるんですよ。不届きな。 基本的にコウは、愛想を向ける相手が限られているので、伸びてくる相手の腕を容赦なく叩き落とした。 「…………」 「わ。つれないなあ、でもそれもイイ。ね、どっかイコー」 「お前1人でどっか行け。……、あっ」 迷惑そうに睨み付けていたコウの顔が、かたく閉ざした蕾が開くように、華やぐ。まるで愛しいものを見つけたような、ずっと探していたものを手に入れたような、幸せそうな顔。…おいおまえ、そんなに口を開けて見惚れると、顎が外れますよ。ま、それ以上開かせてヘビになりたいというのなら、任せなさい。その後すぐに喰…。 蕩けるように甘い微笑みをうかべて、コウは嬉しげに目の前に現れた男の名を呼んだ。私は、物思いから覚めてはっと顔をあげた。 「高文」 「こ、紅…?どうして、ここに…」 「こうくんて言うのー?どっかいこ、こうくん」 コウの名はお前ごときが軽々しく呼べる名ではありませんよ! それにしても、薄くも暖かい白いコートに包まれて、喜びに頬を微かに紅潮させたコウの顔は、もう、ああ、美しさ愛らしさの極みですね…! …はっ。私も見惚れて我を忘れるところでした。いけないいけない。 未だに離れない奴に痺れを切らした私は、口を開けて威嚇する。男は私に気が付くと、ひえっと息をのんだ。 「へ、へへへへび!」 はん。由緒正しい白蛇である私を見て、へへへへびとは何です。失礼な。…そういえば、あやつは1度も私も恐がったり、嫌ったりしませんでしたね。私にとっても少し、良いところがあった、ということでしょうか…。 わずかに見なおしてやっていると、あやつが私とコウの顔を見比べ、やや困惑したような顔をうかべた。 「紅。…ショウを連れてきたのか?」 「そうだよ。おまえ、1人で出かける時はショウを連れてけって良く言ってたじゃないか。だからつい、この寒さだってのに…」 「……、それは、ナンパとかをだな…」 私がいなければ、感動のまま抱きつきでも出来たのに、と、思っているのかもしれない。歯切れの悪いあやつに、私はふふんと笑む。そういまくいかせるものですか。結果的に思惑通りナンパ避けになるのは嫌ですが、下らない抜け殻男をコウの目の前に晒しておくのは不愉快の極み。 「…………」 「…………」 ……2人切りとなると、まるでそれが気詰まりなように、コウとあやつが黙り込む。私の威力で、半径1メートルは人が消えたというのに……。 2人はお互いに下を見つめて、何かを言い出しかけては、やめる。しばらくそれを繰り返した後、意を決したように、まずあやつが口を開いた。 「……、ご、めんな…紅…」 コウがぶんぶんと首を横に振る。その振動で、私はコウの服の中にぼさっ、と落ちた。…コウ、また私のこと忘れましたね。…別に、いいですけどね。いじけたりなんて、しませんけどね。……あやつのせいなのはムカムカきますが。ふん。 「おれも、いけなかった…と、思う。高文が作ってくれた服、人にかしたりして…」 俯いたままらしいコウが、力なく言う。そんなコウの声に、あやつの済まなそうな声が返る。 「下らない嫉妬をしたんだ。怒鳴ったりしてごめんな。俺、お前だけに俺が作った服、着てほしくて…」 私はコウの服の中で出し入れしていた舌を、一瞬ぴたりと止めた。…??? ………。 私はコウの襟首に小さく顔を出して2人を見上げ、目眩を覚えた。 喧嘩の理由は、作った服をコウが人にかしたから?それでバカヤロウ?…コウ!お前だけに、なんてセリフに顔を赤らめている場合ではないですよ!…普段の勢いで、右ストレート攻撃をしなくては…!!…ああ、コウ、そんな、期待と不安が入り混じった、目をあやつに向けて…!! 。 …………。 「俺は、俺はな、紅…」 煮え切らないあやつの声に、苛立ちがこみあげる。 言うならずばっとハッキリとです。愚図愚図遠まわしに言っては、コウの落ち込みは解消しないんですよ…! 窓辺でぼんやりしていたコウや、あやつの顔を見つけた途端うかべたコウの顔を私は思い出す。……コウは鈍い。とても鈍い。向けられる想いにも、自分の想いにも。 そのコウが、顔を赤らめて…、目を潤めて…。コウの鼓動の早さと、肌の熱さが、私の胸を締め付ける。 …空之介の思惑通りになるようで、かなり、とても、嫌ですが、私はコウの味方ですから、コウの幸せが第1ですから。…信用を裏切るのは、好みじゃ、ないですし。空之介の信用は、鱗1枚分の厚さぐらいは、う、嬉しかったですが、それは関係ありません。コウの幸せの為、私が後押ししてやりましょう。 私はコウの襟首から更に顔を出し、地面のコンクリートを見た。お互いの顔も見ずに、話など出来ませんから。この緊張に固まった雰囲気を壊す必要がありますから。…コウの、為です。 コウの為。 コウの為。 …ああ、コウ、背が高いですね……、もう少し低くても……。 …何を迷っているんです、私は!!ここで引いたら、白蛇の誇りがすたります。私は由緒正しき白蛇、麗しく気高く賢いコウのペットですよ…! ……バ、バンジー!! 私はコンクリート目掛けて、体を外に投げ出す。思惑通り2人の手が伸びて、私は地面との激突から免れた。私を真ん中に、2人の手が重なる。…が。その瞬間、ぱっ、と互いの顔があがり、目線があって顔を赤くすると、いきなり2人同時に手を引っ込めた。私は慌てて、コウの袖の中に逃げ込む。 あ、危ない…。地面で忘れられたら、眠ってしまうじゃないですか。こんなところで冬眠したら、…ハッ、ハス。ハスンハスンハスンッ。あー。ホッとしたら、何故かくしゃみが…。 コウのぬくもりに体を寄せ、どうにかくしゃみを止めると、私の行為で勢いを得たらしい、あやつの声がした。 「こ、紅…」 「う、うん…?」 「……お、俺。俺は、紅のこと、あ、愛してるんだ」 「……う、うん…」 コウの服の中にいた私は、消え入りそうなコウの声で、おれも、と言ったのをしっかり聞いてしまった。 ……自分で促したこととは言え、一抹の淋しさが私を襲う。コウが、幸せなら、本望ですが…。 それ以上の2人の会話を聞くような野暮な真似はしたくないので、私はコウの服の中で一眠りすることにした。 |