テレビに、登志さんが映ってる。 見慣れないフレームの眼鏡。 きりっとしたスーツ。 とっても綺麗なお姉さんやお兄さんに囲まれて、立食会の途中。 「アレまだお役御免になってなかったんだ」 「長期赴任が終わっただけらしいよ。忙しいね、登志おじさんも」 ソファの両脇に陣取って、僕にもたれながら2人が言う。 はじめが弟。つぎが兄。 僕も含めて、年子の兄と弟。 「あのスイートマジョラムとチャービルを使ったサラダ、おいしそう。レシピ聞けないかな」 「牡蠣のマリネって言うんじゃないアレ。最近ハーブにはまってるからってもー」 確かにおいしそうだと思うけれど、レシピ聞いてみようと思うけれど、段々画面がぼやけて、アップになったサラダが見にくくなっていく。 聞きたいけど、聞けないんだ。 画面の中では見るけれど、本当には見ない。ここしばらく、ずうっと。 僕は最近、登志さんと会っても話してもいなかった。 「…電話も手紙もしていいって、言ったのに」 「忙しいんじゃない。ホラ、テレビも言ってる」 『現在、かなりご多忙の日々を送られ…』 テレビになんて、言ってほしくない。 そんなこと、僕だって分かってるんだから。 文句を言ってもまるきり聞かない、薄ぺらの画面が憎らしい。 やつあたりしたくなって頬を膨らませていると、左右からぬぬっと腕が現れる。 「香伊、杏パンあるよ」 「よしよしよし、ミルクセーキ継ぎ足してあげるからね」 右手に杏パン。 左手にミルクセーキの入ったコップ持って、一口と、一飲みする。 「おいしい?」 「うん」 「もう消すね」 ぷちん、とテレビが消される。 暗くなった画面から目を離して、飲むことと食べることに少し集中した。ちょっと落ち込んだときは、甘いものが欲しくなる。 ……とってもおいしい、パン。 ……ミルクセーキの甘さも、丁度良い感じ。 だけど、ちょっとやっぱり、かなしい味も、する。 登志さんは、テレビに良く映るようになった。 それだけ人気になって、名前が広まったと云うこと。一時期だけだよ、と登志さんは笑っていたけれど、一時期がどれくらいなのか、僕は分からない。もしかしてそれは、とても長いのかもしれない、と最近思うようになった。 だってもうずっと、会えてない。 再会してからこんなにも連絡が取れないのは、初めてだった。 「2日も全然連絡が取れないなんて…」 「…………」 「…………」 傍らでミルクと日本茶を、2人が飲む。 ずずずと音をたててお茶をのみ、口を開いたのは、兄の方。 「香伊ちゃん、バターケーキもどう?」 差し出されるまま、ちょびっと食べて、パンのかわりにそれを受け取る。あんまりそれがおいしかったので、ケーキは3口で消える。 登志さんは、うそつきだ。 1日たりとも僕の顔を見ないではいられない、って言ってたのに。 「きっとビデオなんかで済ませちゃえるんだ」 「ああ、山ほど撮っていったよねえ。聞くところによると、立体映像化が進んだの、ある1人のせいとか」 「何だっていーよもー。香伊人形作ってるぐらいなんだから」 「登志型貰ったよ。かわいいよ。ほらホッペ桃色なんだよ」 フェルトで作ってあるんだ。 登志さん器用だから、すごく上手なんだよ。 とってもかわいくって、僕はいつも持ち歩いてるぐらい。 手の平サイズの登志さんを見つめて、僕は再びもうどうしようもないような気持ちに、周りをぼやかしてしまう。 でも、何とか堪えて、堪えて、堪えていたけれど、溢れてきてしまう。 どうして登志さん、ここにいない…? 「かなしいよ…」 「うわわっ」 「香伊ちゃん、ミルクセーキが…!」 コップを真横にしてしまって、絨毯やらソファやら、真っ白しろ。 お掃除屋さんを頼んで、片づくまでちょっと外出することになった。 ……、みんなごめんなさい…。 出かけた外は、しんとしていた。 もう夜の遅い時間で、通りかかる人もない。 雲1つない空にはたくさん、星があった。 お昼は雨が降っていたけれど、もうやんでいて。 散歩にはすごくいい、夜みたいだった。 とってもきれいで、みんなで眺めて歩く。 「香伊ちゃん、ほら。タワーに三日月がかかってるよ」 「ライトアップも良いよね。今ものぼれたら良いんだけど」 「今から頼んであげ…」 「あれ、何か小さな人だかり。おまけに…」 前傾姿勢で、こちらに誰かが猛ダッシュ。 凄いスピードで、スーツ姿が駆けてくる。 え?と、思ってから、僕も慌てて、走った。 「うそアレ、オジサン?」 遠くて視認なんて出来る距離じゃない。 けれどもそんなことは、関係なかった。 とっても走って。 走って、近付く。 ただ、タワーの下には、色んな人々。 走っていた目にはまるで入らなかったのだけれど、 カメラにケーブル、マイクにライト。 登志さんは、取材の途中だった。 「うわ香伊ちゃーんっ、カメラ回ってるテレビカメラっ」 「香伊、ぜっんぜん、聞こえてない」 「多分、中継なんてしてないはずだけど、でも映像が、かわいい香伊ちゃんが見知らぬ視聴者のもとに…!」 「はあ!?そんなのは不可」 「勿論不可だよ!」 「すっみませーん、あああ、コンタクトがーっ」 どんがらがっしゃんどしゃべしべき。 ががががが。 ざしっ、げげげ。 その日、コンタクトレンズが100数メートルを飛び、謎のフィルム連続喪失事件が、あったとか、なかったとか。 「香伊、会いたかったよ。電子変換されたものじゃあ、幾らオンラインでも物足りないし、体温ないし」 「あのね」 「生声はやっぱりいいな」 「あのね」 外は夜。 テレビのライトはなぜか壊れて。 月明かりが、降り注いでいて。 間近まで顔を寄せて。 僕は、すぐ傍の登志さんに、胸いっぱい、嬉しくなり。 そっと囁く。 「本物の登志さんが、いちばん好きだよ」 だって、こんなふうに、触れられないから。 テレビで見るのは、もう、飽き飽き。 首に腕をまわしながらこそっとそんなふうに呟いたら、登志さん鼻血が出てしまって倒れてしまった。 「香伊に一滴も血を浴びせないのはさすが」 感心してるような、呆れているような顔をうかべたのは、弟。 僕は苦笑して、登志さんを見つめた。 折角だから、明日は病気療養とって、一緒にいようね。 機械越しでない世界に、一緒にいようね。 僕は登志さんの耳元で、小さくそう、お願いして、ゆっくりゆっくり、笑顔をうかばせた。 「テレビジョン」 おわり
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