思考回路
何考えてんのか、わかんないよね。あんたって。
気まぐれの振りをして、優しくしたり、冷たくしたり。いつだって。
何がしたいの?何を待っているの?
わかんないんだよ。何もかも。
その隠した眼の奥で、あんたはいったい、どんな未来を見ているの……?
ごろりと仰向けに寝転がると、灰色の天井が見えた。
背中には、硬い石床の感触。
上も下も右も左も、どこもかしこも全部同じ。
まるで来る者を拒んでいるかのような、冷たい灰色の世界。
「何やってんだ?お前」
「……ん?」
身じろぎひとつせず、見上げていると、灰色に転がった身体の上に影が落ちた。
細長い赤布が、視界の隅をかすめる。
「ここはお前が寝るところじゃねーだろが。このボケ」
「……」
『螢惑』の名を与え、彼をここに連れてきた張本人が、そこにいた。
片足を上げ、寝転がる彼の額にぐりぐりと踵を押し付けてくる。
「痛い」とぼやいて手で払いのけると、人を食ったような笑みを浮かべる男の顔が見えた。
「帰ってきたの?」
「おーよ。何だお前、お師匠様のご帰宅に『おかえり』のひとつも言えねえのかよ」
「……おかえり」
「遅ぇよ」
笑いながら、つま先でわき腹をつつかれる。
「どーでもいいが、さっさと中入れよ。飯食わねえ気か?」
しかしそれで気が済んだのか、男はそれ以上彼に構うことなく、さっさと踵を返した。
向かう方角からは、胃を刺激する食物の匂いが漂ってきている。
ああ、ごはんの時間なんだな。
ぼんやり、考える。
もう少ししたら、『家族』がみんな集まって、小さな部屋の中で、揃って庵奈のごはんを食べるんだ。
『あたり前』のように、自分もそこに加わって。
「……ねぇ」
「でっ!」
遠ざかろうとする男の目元から垂れ下がっている長い赤布を、反射的に掴んだ。
不意の力で後ろから引っ張られた男が、いささか大げさに呻いて体勢を崩す。
さすがに転びはしなかったが、振り向いた男はものすごい形相でこちらを睨みつけてきた。
「なにしやが……っ!」
「何で、ここに連れてきたの?」
「……」
だが、淡々と問いを口にすると、男は途端にわめくことをやめた。
「オレ、あそこでよかったけど?」
言いながら、この男と出会ってからの数年間、寝泊りをしていたボロ小屋を思い出す。
壁には穴が空き、戸板は外れかけてボロボロ、崩れ落ちてしまわないのが不思議なほど貧相な建物だったけれど、この男が初めに言ったとおり、寝床としては立派なものだった。
だから不満なんか、別になかった。むしろ気楽でよかった。
あっちには、ここみたいに何かと構いつけてくるようなうるさい奴なんていなかったし。
訪れるものといえば、たまにやってくるこの男と、野の獣たちくらいで。
勝手気ままに、独りで、生きることができていたのに……
遠くで、庵奈の怒鳴り声が聞こえる。
「皿を並べな!」とかなんとか。
五つ子たちのガヤガヤ声。それを静かにさせようとしているのは、庵曽新だろうか?
でも、自分も一緒になって大声出しているから、あんまり成果が上がっているようには思えない。
「ねぇ、何で?」
「……」
「まただんまり?」
口を開かない男の態度に、呆れに似た感情を覚える。
いつだって。
質問の答えは、返ってこない。
何を聞いても。何を問いただしても。
肝心なことは、なにひとつ教えてくれない。
ねぇ。
何考えてるの?何を求めているの?
あんたの思考回路は、いつも理解不能。
わざとだね。
そうやって、悟らせないように、見破られないように。
だんまり決めこんで。
ずるいんじゃない?
「……いつまでも寝てねえで、家ん中入れ。無駄に庵奈を怒らすなよ」
掴んでいた赤布を取り上げ、男は今度こそ家に向かって歩きだした。
ほらね。
結局、はぐらかす。
「……バカ」
石床に熱を奪われて冷えた背中を起こして、消える後姿に呟き。
あの男の『家族』がいるという家の中に、戻った。
−fin−
執筆日:‘04年12月31日
辰ほたにするつもりだったんだけどなぁ。このお題。
師匠に出番取られちゃいました。
まぁ何といいますか。
「長期連載なんて、どうせその場その場で設定作って、昔のことは顧みないんでしょー」
…なんていう考えは、ちょっと作者を見くびりすぎているかもしれない、ってこと。
アレが最初から全部計算づくだったとしたら、どうします?
真実なんて知りませんけど。私は。
単に余計なことは語ってないだけなんですよね。師匠は。
お題からズレるので別物扱いしますが、遊庵視点の話もあります。こちら
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