日曜日の朝は、咲斗の部屋は静まり返っている。目覚まし時計も鳴らなくて、日が昇るころまで続く情事の後に、好きなだけ惰眠をむさぼるのが常になっているのだ。
 日が高く昇って、室内にも暖かな日差しをさんさんと降り注いで、室内が陽だまりの匂いで包まれる頃になってようやく響は目を覚ます。
「・・・・・・おはよ」
 この日ばかりは咲斗の方が早く目が覚めるので、うっすらと目を開けだす響の寝顔をしっかりと見つめて、目が開いた瞬間に真っ先におはようと笑顔を浮かべる。
 日曜の朝、響にとってはきっと目が覚めて1番に飛び込んでくるものが咲斗の顔。
 たったそれだけの事が咲斗をかなり満足させているのだ。
「・・・はよぉ・・・」
 目を何度か瞬きさせて、少し腫れたまぶたをこすってから、響は笑顔を浮かべる。
 咲斗はそんな響の髪に手を差し入れて、ゆっくりと髪を梳いてやってからその手を頬へと伸ばして、柔らかな肌触りに目を細める。
「くすぐったいよっ」
 耳元にまで指を伸ばせば響は嫌がって肩を動かす。その甘い笑みに、咲斗の顔もますますうれしそうになっていく。
 そして、口の端にキスを落として、耳にキスを落として、首筋にもキスを落とす。
「咲斗さんっ」
 なんとなくこのまま覆いかぶさってきそうな咲斗の気配に、響はその背中に手を伸ばして引き剥がそうとしてみる。
「なーに?」
 それも大した力は入っていないのだけれど、一応言うことを聞いてみようかと咲斗が響の瞳を覗き込む。
「もう、お昼だよ」
 確かに時刻は後5分で12時になる。
 ぷくりと膨れたその頬は、どうやらお腹がへってしまっているらしい。
「俺は響が食べたいのに」
「っ、もう、散々シタじゃん」
 昼真っからいやらしい笑顔を浮かべる咲斗に、響は真っ赤になりながらも眉を吊り上げた。
 だって、空が朝日に明るくなるまで寝かせてもらえずに、何度も何度も腰を振ってねだってしまったのは、忘れてしまうにはあまりにもついさっきの出来事なのだ。
 追い上げられるままにイッてしまって。咲斗のものだって何度も奥に感じて、その感触に、また快感を覚えて背中を震わせた。
「仕方ないね・・・夜にとっておくかな」
 咲斗はニヤリと笑ってそう言うと、響が反論する前に―――――その口をしっとりと塞いだ。





 日曜日の朝はそんな感じで昼までゆっくりなので、少しはずれた時間に外でランチを食べるのが最近の習慣になっていた。
 起きて、のんびりシャワーを浴びて、咲斗のお勧めのお店でのんびりとランチを食べる。それがここのところの二人の休日の過ごし方。
 そして今日は秋服を見るためにショップを回っていたのだが。
「まーだ怒ってるの?」
 大きな紙袋を提げた響はどこか不満げな顔を浮かべている。
「怒ってるわけじゃないよ」
 咲斗の行く店は、響にすればちょっと値段の張る店が多くて。なんだか落ち着いたたたずまいにいつまでも慣れないのに。慣れた咲斗はいろいろな物を躊躇いなく見ていく。それは、いつものことなのだけれど。
「だって、あれ響にすっごく似合ってたし。響だって気に入ってたんでしょ?」
 たまたま見つけた、少しスポーティーな感じのZIPUPが響の好みにHITしたのだ。ジャージ風の素材に、茶とベージュのラグラン切り替え袖には細いオレンジのラインが入ってある。そのかっこいい感じと生地の質感もとても良かったのだが。
「そーだけど・・・」
 なんとそれは22000円もしたのだ。
 値札を見てびっくりした響がそれを棚に直そうとして、それより早く咲斗がそれを取り上げて。羽織って見せてよ、という言葉に当然ながら店員も勧めてきて。
 ・・・・・・結局買ってもらってしまったのだ。
「着てくれない?」
「えっ?」
 いつまでもぶーたれ顔の響に、咲斗が心配げに眉根を寄せて響の顔を覗き込む。その、頼りなげな顔に響が弱いことを知っているから、わざとそんな顔を作って見つめてみるのだ。
「響に喜んで欲しかっただけなんだけど・・・」
 きっとこれがダメ押し。それが分かってるから、うれしくなる。
「うれしいよっ。すっごく。でも、さ・・・なんかヒモっぽくて嫌なだけで」
 咲斗の読み通り、響があわてたように首を振って咲斗の機嫌をとろうとして来る。上目遣いにちょっと伺ってくる視線なんかが、ものすごくかわいくて大好きだと咲斗が思っていることは、響には内緒。
「ヒモって」
 その発想に思わず笑ってしまう。  響が以外にプライドが高くて、男の子なのだと言うことは最近になって知ったことだった。それにはやっぱりかっこいいなと咲斗は惚れ直しているのだが、こういう時はちょっと邪魔になる。
「好きな人に何かプレゼントしたいってことは普通でしょ?それだけだよ」
「だって、俺何も出来ないし」
「いいの。響が俺の横にいてくれるだけで、それだけでいいんだから」
 ずっとずっと傍にいてくれたら、もう本当にそれだけでいいのだ。それ以外に何かを望みたいとも思わない。響が傍にいてくれるだけで、きっと強く生きていける。
 咲斗は切ないほどにそれだけを願っているのだから。それなのに――――
「そんなの俺も一緒じゃんっ」
「・・・え・・・」
 ごく普通に響の口から発せられた言葉に、一瞬咲斗は言葉を失った。
「――――・・・何?」
 いきなり驚いた顔をして黙り込んだ咲斗の反応に、逆に響が戸惑った顔を浮かべて、何かまずい言葉を口にしたのだろうかと首をひねる。
「・・・・・・ううん、――――なんでもないよ」
 ゆるゆると咲斗が首を振って、その顔が満面の笑みへと変わった。
 こんな風に、響は突然咲斗に最高のプレゼントをくれる。
 何気なく発せられた、ごく当然のように言われた言葉が咲斗には何よりもうれしかった。その言葉は何事にも代えがたくて、宝物で。
 それだけで、そんな服なんて霞んで安物にしか見えなくなってしまう。
「変なの。で、次はどこ?」
 一人にやけた咲斗の顔に響は肩をすくめる。
「こないだ行った靴屋さん」
「また靴買うの?」
 響は呆れたような顔になっ咲斗を見上げた。靴屋には先々週に行ったばかりなのだ。
「ちょっとかっこいいハイカットの靴を見つけたんだ。似合うと思うよ」
 ――――響に。
「ふーん」
 そんな咲斗のたくらみには気付きもしていない響は、しょうがないと肩をすくめて、咲斗の手を取って歩き出した。
 たぶん、1時間後に店を後にしたあとに、今と同じ会話が繰り返されるであろうけれど。




 その夜は、いつもなら外食なのだけれど、久々に家でゆっくり食べようという響の言葉に二人して大型スーパーに立ち寄っていた。
 デパ地下で買えば?という咲斗の言葉に、高いのに勿体ないと、響が大反対をしてスーパーになったのだが、そのスーパーも実は高級スーパー。そのことをまったく分かっていない響は、あまり安くない食材にぶつぶつ文句を言いながら買い物を進めている。
 今日の夕飯は鍋。少し寒くなってきたので、この冬の初鍋にしたのだ。
「響、肉は?」
「・・・鳥にする」
 さらっと咲斗が手に取った豚肉を見て、あからさまに響は眉をひそめて鶏肉売り場へと向かう。どうやら、お値段が納得できなかったらしい。
「何、くすくす笑ってんのっ!?」
「いーえ。で、鶏肉どれにする?」
 なんだかこんな経済観念は久しぶりで新鮮で、うれしくなってしまうのだ。ホストなんて世界、一晩で何百万って金を払っていく客もいる。その中で、ともすれば金銭感覚が麻痺する中で、響のようなタイプは貴重であって、なにより愛おしかった。
「・・・これ、かなぁ」
 響が手に持ったのは、鶏胸肉。少し高めの値段だが産地がしっかりしてる良いものだ。品質と値段の妥協点がなんとか見つかったらしい。
「じゃぁそれね。エビもホタテも買ったし、野菜は大体家にあるんだよね?」
「えーっとねぇ、白菜の変わりにキャベツを入れたとしても、大根と豆腐がないなぁ。後、シラタキも必要」
 確か葱は家にあったし、しいたけやシメジも家にあったはず、と響はぶつぶつ言いながら野菜コーナーを回っていく。
「白菜は買いたいなぁ・・・」
 夏からこっち、いくつもの台風襲来で葉物野菜の値段が高くて、響は白菜を買いたくないらしいのだが、咲斗はこそっと籠の中に白菜を入れてから、響の後を追いかけた。何食わぬ顔でしいたけと、しめじを受け取ると、そんな咲斗の行動に気づいていない響は、今度は大根を持ち比べてより太そうなものを選び出そうとしてる。
「そっちでいいんじゃない?」
「こっち?」
 響が右手に持っているほうを掲げて、少し思案していたのだが納得したのか、咲斗へと手渡して、後はシラタキと豆腐ねと方向を変えようかとしたとき。
「――――響?」
 女の声で響の名前が呼ばれた。
「・・・・・・あ・・・、よう」
 響は声のする方へ振り返って、一瞬驚いたように大きく目を見開いてから、少しぎこちない笑顔で女に挨拶を返した。
「やっぱり、響だっ。久しぶりぃ〜こんなトコで会うなんて」
 間違っていなかった事がわかってホッとしたのか、途端にはしゃぐように声のトーンが高くなった。
 女はいくつくらいだろうか、派手な化粧と服装にどうも判断がつきにくいのだが、その物腰がどうも子供っぽい。もしかすると響とさして変わらない年齢なのかと、咲斗は冷静に観察していた。
「だね。家、この辺だっけ?」
「ううん違うけど、ここに併設されてるパン屋さんのパンがね、すっごくおいしいから車飛ばして買いに来たの」
「そうなんだ」
「響の方こそ。――――買い物?」
「うん」
 響は少し籠を振り返って、それを仕草で示す。
「夕飯・・・あ、剛くんと一緒に住むとか言ってたもんね」
「あーうん・・・まぁ、そんな感じかな」
 そんな事まで話していただろうかと少し違和感は覚えたのだが、剛がしゃべったのかもしれないと思い直す。あの頃は4人でよく遊んだから。
「――――ねぇ、携帯って変わってない?」
「あ、うん。・・・そのままだよ」
「そっか。まだあれ持ってくれてるんだぁ。じゃぁ――――今度電話していい?」
 響の返事に、女の瞳が途端に輝きだした。
「え・・・ああ・・・」
「ほんと!?じゃぁ、電話するね。――――じゃぁ、またね」
「あ、うん。ばいばい」
 なんだか話すだけ話して上機嫌な感じで去っていく女に、響は懐かしさと哀愁を少し感じた。ふと、昔の思い出が頭をよぎる。
「誰あの女」
「えっ――――っ、ああ・・・」
 待たせてごめんと、振り返ろうとして響は思わず後ずさりそうになってしまった。それくらい咲斗の顔が、暗く翳ってしまっている。
「あー・・・・・・元カノ、かな・・・」
 MAXに不機嫌そうな咲斗の様子に、響の顔が多少ひきつってしまう。
「ふーん」
「に、二年も前の話だけどねっ」
 ちょっと不味いことも思い出して、響は慌てて誤魔化すように乾いた笑い声を響かせた。確か、記憶が間違いなければ、あの携帯は当時彼女だった今の女の子に買ってもらったもの。
「さ、咲斗さん。ね、買い物して早く帰ろ?」
 どうもかなりやばぁい様な空気を漂わせはじめている咲斗に、響はとりあえず機嫌でもとろうと笑顔を向けて言うと、ニヤァと咲斗の顔が怖い笑みを浮かべる。
「そうだね。――――夜は短いもんねぇ・・・」
 その、夜目の猫のように光でも放ちそうな咲斗の視線と不気味な笑顔に、響の背中に嫌な汗が流れ落ちた。








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