3.5章-5-





 剛は空いた学食で遅めの昼食を食べていた。今日の講義は終わったのだが、この後図書館に行って調べモノがあるので剛はまだ大学に留まっていたのだ。
 そこへ、3人の男子学生が入ってきた。
「おー剛!」
「よう」
 それは先日由岐人の前で剛をクラブに誘ったあの二人、プラス一人。今日は3人とも随分と爽やか系な服装でまとめている。3人はそのまま真っ直ぐ剛のところへやってきた。
「何々、ラーメン定食ねぇ」
 男の一人、あの日由岐人がまぁ普通の好青年、と位置づけた方の男。山崎一(ヤマザキハジメ)が剛の食べているもの見ながら言う。
 彼らはどうやら食事に来たわけではなく、ただ休憩に来ただけの様だ。手にしたジュースをコトリと音をさせてテーブルに置いて剛の周りに腰を下ろした。
「お前らこの後なんか取ってんの?」
「うんにゃ」
「ん?」
 ならなんでまだ大学にいるんだ?と剛はその視線だけを向けると、剛の目の前に座った男、こっちは由岐人が遊んでそうな男に位置づけていた神田寛(カンダヒロシ)が、急に困った顔になった。
「実はさ、先輩から飲み会の誘いがあって。断れず、参加させられる事になったんだよ」
「そうなんだ?」
 それはお気の毒にと、口をチャーハンで一杯にさせながらもぐもぐと剛は言う。
「そこでなんだけど、剛今夜バイト無いよな?」
「・・・うん?」
「頼む!!助けてくれっ」
「え!?」
 もう一人の男。こちらは由岐人は知らない、やや小柄な体型のたぶん好青年には見えるであろう、名は青島清隆(アオシマキヨタカ)が、剛の返事に待ってましたとばかりにがばっと腕を掴んだ。
「先輩から面子揃えろって言われてんだけど、誘う予定だった奴が急遽来れなくなってさぁ、俺らマジで困ってんだっ。後生だから変わりに来てくれ!!」
「えー、俺今から調べ物が」
 大体よくも知らない先輩に付き合わされる飲み会なんて嫌だと剛は顔を渋らせる。
「夜6時集合だから、それまでにそれは終わるだろう?」
 しかし彼らは剛を逃がすつもりは無いらしい。
「お前この前も誘い断ったし、付き合い悪いぜ!?」
「友達だろうが!!」
「なーっ、頼むって!!」
 周りの視線も気にせず頼み込んでくる3人の迫力に飲まれたのか、憐れに思えたのか。
 まぁ確かにバイトも無いしたまには響達以外と飲むのも悪くないかと、剛は渋々ながらも行くことを了承したのだった。
 それに3人が腹の中でニヤリと笑った事には到底気づかず。
 その結果、どんなことが待っているのかも当然この時は分かってもいなかった。





・・・・・





 連れて来られたのは、チェーン店で格安料金ながらもオシャレな様相が人気の店。その奥にある、個室風に仕切られた8人席の一番隅で、剛はこの上ない仏頂面で座っていた。
「剛、んな顔してねーで笑え!」
 隣に座る寛が小声で耳打ちしてくる。しかし、剛の表情は変わるはずも無い。
 ――――何が先輩に誘われた飲み会だよ!!
 剛はテーブルの下で拳を握り締めていた。目の前には4人の、それは美人な女子大生。くるりと巻いた髪に、香る香水。バッチリメイクに、光る唇がにこやかに笑う。
 そう、これはいわゆるコンパの席。早い話剛は騙されてしまったわけだ。
「剛くんはもう飲まないの?」
 8割ほど空になったグラスを指して、斜め前に座る子が言う。名前は既に覚えていない。
「明日、早いから」
「えー」
「んな堅いこと言うなよ」
「何を言ってる。学校に行って勉強するのが学生の本分だろう?」
 思ってもいない事を白々しく剛は口にする。そしてウーロン茶を注文するのだから徹底していると言っていいだろう。
 相手はあの有名なお金持ち女子大桔梗が丘女子大というのに。
「剛っていつからそんな真面目になったの?高校の時からクラブで遊んでたクセに」
 そう言って笑うのは前に座る女。名前をユカリ。今日会って、すっかり忘れていた剛は怒られたのだが、なんでも1年位前にクラブで出会って、その後1度か2度遊びに行った相手らしい。そういわれればそんな気もする。
「高校は高校。大学は大学だよ」
 ――――あの頃の俺と今の俺は違うんだよなぁー
 とは言えない。何が?とツッコまれるのも面倒だからだ。
「えーそんな事言って真面目ぶってんだ?」
 そう言って前のめりに視線を向けてくるユカリから、剛はわざと視線を外した。そんな、胸の谷間を見せられたって欲望はこれっぽっちも疼かない。
「剛?」
 ――――うるさい。
 由岐人とは違う、と言うそれだけで安いと感じる香り、仕草、全てが勘に触る。本当にイライラしてくる。
 ――――ああそうか。俺、そんくらいアイツのこと好きなんだなぁ・・・
 答えは簡単に、ストンと剛の中に落ちてきた。
 コンパの席で間抜けにも、剛はしみじみとそう思っていたのだから。由岐人の事を想う、ただそれだけで胸の中が染み渡るように幸せな気持ちになって。
 本当に、ああそうなんだな、と思えた。
 だから、早く帰りたいと、切実に思った。
 らしくもなく、ここ最近弱気になっていたけれど。
 ――――たぶんもう、フラれたって諦められないくらいに。
 あの意地っ張りで素直じゃなくて、気の強い。それでいて弱くて一人じゃぁ寂しくて泣くことも出来ない、手のかかる我侭猫の様な由岐人が、好きで好きでしょうがないんだ。
 愛しくて仕方が無い。
 ああ、そうだった。そうだったんだよな。
「剛ってば、高校の時からクラブに出入りしてて、響と一緒に二人でメチャメチャもててたんだから」
「響?」
 寛が誰だ?と興味を示す。
「高校からのダチ」
「もしかして剛君って、結構遊び人?」
「りさ何反応してんのよっ。もうこの子遊び人好きだからさぁ」
「えーっ、そんな事無いけど。・・・でも、剛クンなら・・・」
 ――――いえいえ、ご遠慮したい。
 俺にだって選ぶ権利くらいはあると、他の男3人が聞いたら相当怒りそうな事を剛は考えていた。それにしても、あの頃は据え膳喰えるなら喜んで、と思っていたのに、変われば変わるものである。あの頃は見境無かったなぁーとしみじみ思うにはまだ若い剛だが、本気の人がいればこうも変われるものなのだ。
「りさちゃん、俺は俺は?」
「えー清隆くん?」
「そー」
 ――――なるほど、清隆はりさちゃん狙いなのか・・・、いや誰でもいいのかもしれねーな。
 とにかく彼女が欲しい。彼女が無理なら、とりあえず1回くらいヤってみたい、そんなところだろうか?剛だって昔はそれを利用して響と散々遊んだくせに、1番を見つけたらそれがいかに寂しい事だったかがわかる。
 だから、とっとと帰りたいのに。
「私は、剛がいいな」
 小さな声で言われて思わず視線を向けると、意外にユカリが真面目な顔で剛を見ていた。 
 今日、このコンパが催されるキッカケになったのも、先日クラブで寛達とユカリが知り合ったことに起因している。そこで話が弾んで剛の名前が偶然出て。コンパしようよ、という寛達の誘いにユカリは、剛も来るならと条件を出したのだが、それは剛は知らない事実。
「なんであの後、連絡くれなかったの?」
 ――――思い出した。そうだった。
 すっかり忘れていたが、ユカリは確か響を逆ナンしてきた子の友達とかで、4人で何回か遊んでいたんだ。でも、響がその子となんでだったか途切れて。それに付随するようにユカリとも連絡を取る事は無くなったのだ。
「んー響とつるんでる方が楽しかったし」
 ――――あれ、なんで響はあの子と切れたんだったっけなぁ・・・
「でも今は一緒じゃないんでしょ?」
「いや、今もしょちゅう会うぜ」
 なんせ、ご近所さんな上に恋人は双子だ。ある意味高校の時より濃いお付き合いをしているよな。
「じゃぁー4人とかでまた遊ぼうよ」
「それは無理。響は同棲中だから」
「嘘!?」
「ほんと。で、俺も本命いるから」
「・・・嘘」
「ほんと」
 いい加減鬱陶しくなって、そう告げた剛がチラっと横目で見たユカリの顔はそれと分かるほどにショックを受けている様子だった。剛に恋人がいるなんて、想像もしていなかったらしい。
「だから最近、クラブに来ないの?」
「ああ。嫌がるからな」
 ――――なんせ、さぐりの電話をいれてくるくらいなんだ。・・・かわいいよな。っと、顔がにやける。
「そんなの、黙ってたらわかんないじゃん・・・」
「そういうのが嫌なんだよ」
 そんな事で由岐人を不安にさせたくないと思うのは、それくらい由岐人に本気だから。
 ハッキリと言い切る剛にはもう入り込める隙はないと感じたのか、ユカリが唇を噛み締めていた。これだけの美人だ、袖にされた事も無かったのかもしれない。
「綺麗な、人?」
「すっごくね」
 そりゃぁもう、飛びぬけて。
「私、・・・叶わないのかな」
 つーか、勝負にもなんないけど。
「ごめんね」
 全然無理だから。
 剛には、しなだれかかる腕も、窺うような猫なで声も全部が芝居がかっていて、ピクリとも食指は動かない。それどころか、どんどん頭は冴えて、かわりに由岐人のことばかりが頭に浮かんだ。
 昔は夜のお相手に困ったことなど無かった。口説かなくても、寄って来て下さる方の中から選べば良かった。それなのに今ときたら。どうしたらこっちを向いてくれるのか、懐いてくれるのか。キスさせてくれるのか、そんな事ばかり考えて頭を巡らしている。
 いつになったら、100%信用して。安心して笑ってくれるようになるのだろうか、と。
 いつになったら、安心して自分の横で笑っていてくれるようになるのだろうか、と。



 剛にとって、面白くもなんとも無いコンパがようやく終わったのは夜の9時前。これからカラオケへと繰り出す事が決まって、それならばと寛が音頭を取ってそそくさと立ち上がってくれたのだ。それに1番ホッとしたのは、正直剛だろう。
 席を立って会計を済ませて、店内を出た。カラオケに向かうために、1本入った筋から表通りへと7人はぞろぞろと歩き。剛は、駅に向かうためにそれに着いていった。当然傍目からは、8人の団体に見えただろう。
 角を曲がって大通りに出て、剛は駅に向かうために立ち止まった。7人とは逆方向なのだ。
「じゃぁ、俺はこれで」
「えぇ!?剛君帰っちゃうの!?」
 ――――ん〜この子はなんつったっけな・・・?
「帰るよ。恋人が待ってるからね」
 正確には、自分が恋人を待っているんだけど、この際多少の脚色は有りだろう。
「え〜いいじゃん。たまにはハメを外そうよ」
 ――――つーか、しつこいっ
「そうだよっ。せめてユカリ慰めてあげてよー」
 ――――あのさ、恋人がいてもいいのか?ってことは浮気だぞ?遊びだぜ?なんで俺がその程度でいいような女と付き合ってやんなきゃなんねーんだよ。
「悪いけど」
 剛は詰め寄ってくる女の子にうんざりとした顔でため息をついて言うと、軽く手を上げて回れ右をしようとした。これ以上話していてもラチがあかないと思ったからだ。
 が、その手を女の子に捕まれた。
「剛君、冷たいっ!」
「あのさっ」
 剛はあまりのウザったさに思わず声を上げた。
「だってぇ。ユカリ、可愛そうだよ」
 つーか俺の方が可愛そうだよ。騙されて付き合わされて、無駄な時間を過ごしてしまったのだ。
「いい加減にしてくれ」
 剛はとうとうその言葉を口にして、忌々しそうに、これでもかってほど不機嫌な顔をして顔を背けた。
 ――――っ!!・・・由岐人!?
「えっ・・・」
 大通りの向こう側。見間違えるはずも無い、今まさにタクシーに乗り込もうとしている由岐人と―――たぶん同伴の女。女の手を取ってさり気なく車に乗せた時、不意に由岐人が顔を上げた。
「あ・・・」
 目が、合った。間を走り抜ける車の合間。その車さえも止まっているかのような錯覚。驚愕に見開かれる、由岐人の瞳。
 夜なのに、繁華街の光はこういう時、何も隠してはくれない。
「ゆっ―――」
 思わず叫びそうになった剛の声を避けるように、由岐人は慌ててタクシーに乗り込んだ。そして、瞬く間に走り去っていくその姿。引き止める間もない。いや、引き止められる筈も無い。向こうは、仕事中だ。
「剛君?」
「っ、いつまで人の腕を掴んでんだよ!」
 思わず荒げた声に、乱暴な仕草で女の子の腕を払いのけた。
「きゃぁっ」
 高いヒールの靴では踏みとどまれなかったのだろう、後ろによろめいて友達に慌てて支えられていた。
「剛!」
 非難するような、一の声に剛は睨みつけた。大体そっちが人を騙して連れて来たのが間違いだろう。
「悪いけど、しつこい女と軽い女には興味が無いんだ」
 自分が随分辛らつな言葉を吐いているとは思ったが、胸の中に湧き上がった苛立ちは簡単には消せはしない。第一、その原因は自分ではないのだ。
 ――――くそっ!!
 剛はそのまま踵を返して駅に向かった。その後ろ、女の黄色い声と、男のとりなす声が聞こえていたが知ったこっちゃ無い。
 あの状況では由岐人は間違いなく誤解している。むしろ、していない方がおかしいだろう。信用して欲しいと、傍で安心して笑っていて欲しいと思っていたのに。
 ただそれだけが、願いだったのに――――――








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