3.5章-9-
由岐人の口から、やっぱり笑いが洩れた。 優しすぎて。 「いいから・・・もう・・・」 泣きそうだよ。 「来て?」 由岐人は精一杯の思いを乗せて言うと、腕を伸ばして剛を抱き寄せた。 こんな風に、好きな人と抱き合っていられる―――奇跡。 「由岐人」 「ん?―――んんっ」 名前を呼ばれてあげた視線に、剛の顔が近寄って由岐人の唇を塞ぐ。それはまるで、何かの誓いの様な優しいキス。 「俺もう、止まんないかも」 「止まらなくていいよ」 言ってやると、剛の喉がゴクっと鳴ってまた笑ってしまう。ったく、色気も何にもないんだから。 「ああっ・・・」 指が出て行く感覚に、少し胸が上下して喉がさらされる。節にさえも、敏感なそこは感じて由岐人は甘い吐息を漏らさずにはいられない。 そこに、ずっとずっと待っていた熱いものを感じた。 本当に随分長い時間、この時まで時間がかかって回り道をした。出会った時は、こんな風になるなんて想像もしていなかったのに。 響の友達で、咲斗が疎ましく思ってて。由岐人自身、図々しいヤツ、それくらいの感情しか無かったはずなのに。今はその熱が欲しくて、馬鹿みたいにドキドキして、身体が快感に波打っている。 「あああ―――っ!!ぁぁぁ・・・・・・・・・っ」 徐々に入ってくる感覚に、由岐人は遥か昔を思い出してなんとか力を抜こうとしたけれど、それはあまりにも久しぶりすぎて、圧倒的な圧迫感に成すすべなくに背中が反る。 白い喉をさらして、声を上げた。 「クッ・・・」 キツいのだろう、剛の声も聞こえた。 「ああ、・・・ぁぁっ」 掠れた声。 「由岐人?」 「ちょっ、待っ・・・って」 まだ、動かないでと剛の腕を掴んだ手に力を入れると、なだめるようなキスが身体中に降り注ぐ。ジンと痺れる胸に舌を這わされて、由岐人の身体が淫らに揺れた。 ゆっくり中が馴染んでいく感じ。 また舐められて、わき腹辺りにその舌を感じる頃には今度は中がどうしようもなく熱くなっていた。 「・・・つよし――――ああ!!」 甘くねだった途端、腰を動かされて思わず高い声が洩れた。そのまま軽く揺すりあげてくる。 「はっ・・・ああ、あっ・・・」 少しずつ大きくなっていく動き。ゆっくりと打ち付けてくる腰に合わせて、由岐人の腰も揺れ動く。 「すげー・・・」 感じてるらしい、剛の声。 剛は、ぎゅっと締め付けてくる感じが堪らなくイイと思った。けれど、こんなに感じてしまうのは、きっとそれだけじゃあないのだろうと思う。 「んっ・・・ああ―――、っ」 こんなにも好きだと思った相手と、今まで身体を合わした事は無かった。こんなにも切望して愛して、守ってやりたいと思った相手に出会ったことが無かった。 こんなにも、愛しいと思う人は今までいなかった。 「由岐人・・・」 由岐人だけ。 「ああ・・・、つよ、し・・・」 快感に犯されてどこかねだるような響きに、剛は切なげに揺れる由岐人にも指を絡めた。 さらされる胸と首筋がなんとも色っぽくてたまらない。 「あああっ!」 「すげーぬるぬるだぜ?」 「っ・・・ばかっ、―――言うなっ」 恥ずかしそうに赤く染めた目尻を吊り上げて睨んでくる瞳がたまらない。可愛くて仕方が無くて、さらに指で扱きながら、腰を打ち付けていく。 「ああっ、・・・あっああ―――っ!」 中を直接擦り上げて、腰を回すと、由岐人が快感に身をくねらせる。しがみついてくる手には力が入ってきて、限界が近いことを剛に訴えていた。 先走りはとろとろと零れ落ちていく。 「あああ・・・、つよしぃ、ぁぁぁ・・・・・・っ!」 「イク?」 つよしの言葉に由岐人がガクガクと首を振った。もう、限界なのだろう。 「イク・・・」 「じゃぁ一緒にイこ?」 剛は快感に濡れた声でフッと笑うと、由岐人のものを一層激しく扱きながら、容赦なく腰を打ち付けて。 そして一気に、突き上げた。 「くっ・・・、ああ!!ああああぁぁぁ―――――・・・・・・・・・っ!!」 一際高い声が上がって、白濁を飛ばした。気の遠くなる絶頂の果てに、中に打ち付けられる感覚を感じながら、一瞬意識が混濁した。 忘れていた、高揚感と快感と、心が満たされていく感じ。 僅かばかり、意識が遠のいていたのか、由岐人が視線を定めて見ると笑っている剛の顔があった。やさしく髪を撫でられる。 「大丈夫か?」 「ん・・・」 甘い痺れが全身に広がって、涙が込み上げてきそうになる。 まどろんだ意識の中、身じろぎをして驚いた。 「剛!?」 まだ、入ったままのそれ。 「1回なんかじゃぁ、済まねぇよ」 あんな色っぽいの見せ付けておいて。と、にやっと笑った顔で耳元で囁かれる言葉に、恥ずかしさにカッと顔に血が登って思わずバシっと頭を叩いてやった。 「馬鹿っ――――ああっ!」 お返し、とばかりに腰をつかまれて動かされて、思わず嬌声が洩れた。 「由岐人」 優しくて、甘い声。これに逆らえないなんて、なんて悔しいんだろう。剛の分際で。 「ああっ・・・んん、ふぁぁ・・・・・・っ」 でもしょうがない。軽く揺すられて、耳たぶに歯を立てられて舌で犯されただけで、声が上がって止められない。 足りないのは、剛だけではなかったらしい。 そして次の日、由岐人は初めて仕事を休んだ。 ・・・・・ 「いらっしゃい」 仕事を休んだ、次の日。由岐人はえらくにこやかな声で咲斗に呼び出された。 「・・・どうも」 呼び出された場所は当然の様に咲斗の部屋。一人で行くのは嫌で、有無を言わせず剛に大学をさぼらせて付き合わせた。 迎えに出たのは、響。 「よう?」 咲斗はと言えば、スーツに着替えた姿でソファに悠々と座って新聞を読んでいた。 「・・・昨日、大丈夫だった?」 由岐人は恐々咲斗の前に座って、剛は当然の様にその横に座った。その行動に、咲斗が唇の端を奇妙に吊り上げたのには幸い気付かなかった。 「剛、その顔どうしたの?」 キッチンから紅茶を持ってやってきた響が、声を上げた。剛の痣は、1日半たって、しっかり黒ずんだ明らかに殴られた痕になっていた。 「んー・・・、ちょっとな」 「まさか喧嘩?」 「いや、ちげーよ」 「じゃぁ―――っ」 はっきり言わない剛に、心配そうな顔で響はさらに口を開きかけて。 「響。お茶頂戴?」 「あ、ごめん」 咲斗が笑顔で手招きをした。殴った張本人としては、正当な理由があったとしても、あまり響には知られたくなかったらしい。これで剛の味方でもされたら、自分の行動に自信も持てないのだろう。 剛を心配しているこの状況も、面白くないと思うほどの狭量なのだ。 「響も座って」 「うん?」 響は何故この場に4人で集まっているのか、理由を知らされていない。 もちろん、あの晩の出来事も知らなければ剛と由岐人がどうなったのかもまったく知らないのだから、ただただ首を傾げるばかりだ。しかも、流れる空気はなんとなく重くて、ぎこちない。 今日も仕事なのだからそう時間に余裕があるわけでもないのに、誰も口を開こうとしない。 コチコチと、やたらうるさく聞こえる時計の音だけが響いて、どれくらいの沈黙が流れたのだろうか。 唐突に口を開いたのは、咲斗だった。 「で?」 「・・・え・・・」 何が、"で?"なのか分かる様な気はしているのだが、由岐人は思わず声に詰まってしまった。その顔を見て、咲斗がにやりと笑った。 「そうか。――――じゃぁ、赤飯でも炊くか」 「なっ!!!」 「えぇ!?」 瞬時に真っ赤になった由岐人と、目を輝かせて声を上げた響の声がほぼ同時に上がる。 「そうなの!?そうなの!?」 普段鈍いくせに、響はこういう場合は聡いらしい。満面の笑みを由岐人に向けた。もちろん響は純粋に喜んでいるのだが。 「響、うるさいっ」 これは完全な八つ当たり? 「あーそんな事言うと、赤飯炊かないよ?」 どうやら本気で炊く気らしい。 「いらないよ!!」 「・・・いや、どうせなら」 「馬鹿か!!」 剛の言葉は一喝で終わって。 「ええ〜〜、でもっ!お祝いしなきゃ!!」 「響?いい加減にしないと―――っ」 からかう立場のはずが、響にからかわれているという状況に由岐人は我慢出来ないらしい。 「祝いなぁ〜こないだ串揚げだったし、今回は何にする?」 「剛!?」 剛はようは飲みたいだけなのか、それとも二人の前で多少はイチャつきたいのか―――――由岐人の牙を剥いた顔にも、やに下がった笑みを向けている。 「いいじゃん、な?」 笑顔で言って、その腕を由岐人の腰に回そうとして払い落とされた。どうやらイチャつきたい方だった様だが、由岐人相手にそれは無謀と言うもの。 「な?じゃないよっ!!」 「―――すっぽん鍋とかどうだ?」 「はぁ!?咲斗!?」 「すっぽん食べてみたいっ」 響のこの一言で、すっぽん鍋でお祝いは決定事項に変わる。だって咲斗は、響が喜ぶ事ならなんでもするのだから。 「なんですっぽんなんだよっ」 「そりゃぁー、ほら。精付けなきゃなぁ」 にやりと笑うのは他ならぬ剛。 「―――っ」 無言でこめかみに青筋を立てた由岐人は剛の足を思いっきり踏みつけた。 「痛ぇっ!!」 これはたぶん、八つ当たりと照れ隠しだろう。咲斗には逆らえず、咲斗の前で響を虐める事も出来ないのだから、必然的に剛にしか当たれない。 「響はすっぽん食べた事ないんだ?」 「うんっ。咲斗さんはあるんだ?」 「あるよ。美味しいところ知ってるから、後で電話していつが空いてるか聞いてみるね」 「やったぁー。生き血飲んでみたいっ」 「・・・まずいのに・・・」 そんな由岐人の呟きは、響しか見てない咲斗には聞こえるはずも無く。 「まぁまぁ」 結局なだめるのは剛しかいない。 「でもさぁー俺だってすっごく心配したんだから。由岐人さんと剛の事」 「―――」 「だから、一緒にお祝いする権利あるよね」 笑顔で嬉しそうに言う響に悪意はまったく無い。むしろ本当に心から喜んでいて、由岐人にだってそれくらい本当は分かっている。分かっているけれど、そこはそれ、ちょっと素直ではない由岐人の事。 心の中では沸々と、今に見てろっ!!と、思っていたりするのである。 そんな由岐人をやれやれと思って見つめる剛は、厄介なのに惚れちゃったなぁなんて思いながらも幸せ満開で。 この最高な幸せを、手放す気なんてまったくもって無い。 嬉しそうに垂れ下がる目尻は際限を知らない様だ。 そのだらしない顔なんとかしろっ、と由岐人に睨まれて頬を抓られたって止められないほど。 兎にも角にも、やっとやっとスタートラインに立った二人。 これからきっと二人の二人らしい形を作っていって、そしていつか4人で家族になる未来が待っている。 最高に幸せな、彼らなりの形を探しながら―――――――― そうそう。響がすっぽん鍋に賛成してしまった事を後悔するのは、そう遠くない未来。 END |