「逃げられると思うなよ?」前
2月14日。普通の日本人なら誰もが何の日か知っているに違いない今日。俺は近所のスーパーのお菓子売り場にいた。 理由は簡単。チョコを買うため。 でもな、特設コーナーに置かれたあんなラッピングされたピカピカなんとかは到底無理。あれを手に取ってレジに並ぶとか、もう超絶無理やん。考えられへん!恥ずかしいわ! ただ・・・だからって――――板チョコはやっぱ、ないよなぁー。特価価格で89円(税込)はお財布には優しい価格やねんけどなぁ・・・・・・もうちょい奮発してここはチロルの詰め合わせとか、期間限定アポロとかそんなんどうやろう? ・・・・・・って、どう考えても色気ないよなぁ。 俺の口からは堪らずため息をついて出た。だって分かってる、こんなギリでこんなトコに立ってる俺がアホなんやって事はさ。でもな、なんかこういうのってギリにならなこう勢いつかへんちゅうかさ、やっぱ用意するとかそんなんなんか考えるだけで・・・照れるやん。 って、そんな事今ここで言うてみてもしゃーないなぁ。 だからってまさか作れるはずないし。第一場所がないわ。家には圭おるし、アキん家でっ・・・てそんなとこで俺がチョコ手作りを!?出来るわけないやろー!!何言うてんねん俺。 あぁ〜〜こういう時世間の男同士のカップルはどうしてんねやろ。百貨店とかで買うたりしてるんやろかなぁ〜って、人の事なんかどうでもええはな。そんなん考えてる場合ちゃうよな。 はぁーマジでどうようかなぁ〜イチゴポッキーにしようかなぁーピンクってだけで、ちょっとラブリーさプラスやん?どう?どう?って、誰に同意求めてるねん。 ・・・アカン、ええ考え浮かばへん。頭が沸きそうや。 あぁーもう俺ここで30分くらいうろうろしてるよなぁー絶対怪しいよなぁーでもなぁー・・・・・・あぁーくそ〜〜 この際無しってどうやろ?ってアカンわなぁーやっぱ。 去年は苦肉の策でクッキーにしてん。しかもバレンタインっぽくチョコチップクッキーやで。俺にしてはええアイデアやんって思ったのに、そん時圭に、来年はチョコがいいですって宣言されてしもた。 ――――っていうか圭が用意したらええねん、そうやん、なんで俺やねん。俺やって男やねんから本来貰う側やー!! って、本人には言えへんもんなぁーこれが惚れた弱み言うやつやろか。 去年のあの、チョコが良いって言った時の笑顔がなぁー怖いねん。優しい笑顔じゃなくて、怖い方の笑顔やった。マジで背中がヒクって危険を察知したもん。 それが分かってて、これで無しとかチョコちゃうとかにするなんて根性俺にはない。 ・・・しゃーないっ、ここはもう腹括るしかないよな!! 「よしっ」 無いよりはましや。 俺はそう思って気合を入れて、結局はイチゴポッキーに手を伸ばした。ほらCMでもさ、ハート型の心臓ドキドキさせながら告白の時渡そうとしてるし。これはきっとそういうアイテムなんやって。 「ナツ様?」 「!!!」 今まさにイチゴポッキーに手が触れる瞬間。俺はかけられた声に、心臓がマジではるか彼方に飛び出したかと思うくらいビックリした。 背中に変な汗がダラダラ流れ落ちてく。 「・・・圭っ」 「何してるんです?おやつなら家にありますよ。買い食いはいけません」 「あ、いや、まぁ・・・うん・・・なぁ」 よく見知った、もちろん大好きな圭。でも今だけは会いたくなかった。 俺は中途半端に伸ばされた腕を、無理矢理に引っ込めてとりあえず笑ってみとく。 「け、圭は・・・買い物?」 声が変に跳ねてるんはこの際無視や。 「ええ、買い忘れた物がありまして出てきたんですが、実は財布を忘れてしまいまして。ちょうど良いところで会いました」 「え、え!?」 圭はそう言うと、俺の返事とかそんなん関係なくいきなり腕を掴んでお菓子売り場から引っ張られる。 待って、マジで待ってって。なぁ、今買わんと買うときないねんって。バレンタイン、チョコなしになってまうって!!ああ〜〜俺のイチゴポッキー!! なんて事は、絶対口に出来るはずもなくて。 もちろんこんな心の声は圭には当然聞こえるはずもなく、ってまぁ聞こえてもまずいねんけど。行き着いた先は、マヨネーズとかケチャップとかそういうのが売っているコーナー。 「へ?これ?」 「はい」 思わず変な声上げて、渡されたモノをしげしげ見てから圭を見上げてしまう。 だって、渡されたのがチューブタイプのチョコレート。ほら、よくパンとかに塗って食べるアレ。 「圭、こんなの食うん?」 「ええ、ちょっと美味しい食べ方を思いつきまして、試してみたくなったんですよ」 「そーなんや?」 まぁ俺は嫌いやないけど、なんや圭も意外にお子様やな。 「買ってください」 「ええけど」 嬉しそうににっこり笑う圭を見ると、よっぽど食べたいんやろうなぁ。こういう笑顔って、なんかかわいいなぁ。しゃーないな、買ってやるか。 俺は手渡されたそれをレジでお会計して、ちょっとふふんって感じな気分で圭の下に戻った。 「ありがとうございます」 「別にええよ」 なんかもしかして機嫌ええかも、今日の圭。なんか良いことあったんかな。 「じゃぁ一緒に帰りましょうね」 「うんっ・・・あっ!」 「何か?」 一瞬すっかり忘れてた。俺まだイチゴポッキー買ってへんねやった。どうしよう!!やばいって。チョコないって、あ〜〜壮絶にまずい!!浮かれてる場合ちゃうって、俺!! 「帰りますよ、さぁ」 たぶん変な顔している俺の顔を見た圭は、しょうがないとクスっと笑って。でも先に帰るとかそういう選択はしてくれる気はないらしい。腕を取られて促される。 ああーーーっ・・・アカン、もう終わりや。 ・・・・ 俺はその夜、めっちゃ早めに風呂に入る事にした。 何故って?あのな、俺はあの後、一回家に帰った後も出かけようと試みてん。でもなんでか圭に見つかってしまって結局出かけられず。必死で俺が考えた作戦は題して、「早寝してまえ作戦」!! 圭が普段仕事をひと段落つけて俺の様子を見に来るのは10時ごろ。だからそれまでに風呂に入って寝てしまえば、まさか圭も無理矢理起こしたりはせーへんやろっ。 で、明日こそ絶対イチゴポッキー買って帰って、適当に言い訳して渡す!!どうや、完璧やろ。さすが俺やわ。 本当はもうちょい長湯したいけど、今日はそんなんも無し無しや。 俺はそそくさと風呂を上がって、台所にいるだろう圭に見つかる前に音をたてない様にダッシュで部屋に駆け戻った。 よっしゃ!!後はこれで寝るだけやん。楽勝やなぁ〜〜。 俺は自分の計画の素晴らしさにかなり気分よく扉を開けた。 「――――け、け、けい!!」 部屋の扉を開けると、そこには圭の姿が――――っ!! な、な、な、なんで!?だってまだ9時前やん。なんでこんな時間に圭が俺の部屋におるんや〜〜〜!! 「もうお風呂入ったんですね」 ――――あかん、もう終わりや・・・・・・ 「ちゃんと温まりましたか?」 「おう・・・あ、け、圭も、もう、仕事、終わり・・・なん?」 「はい」 「ふー・・・ん、今日は、早いなぁ」 「ええ」 「・・・・・・」 あかん、マジでどうしよう、どうしたらええねん。何しゃべったらええんやろう!?俺今もしかして人生最大のピンチなんちゃうん!?なんやこのなんか変な空気、どうしたらええねん。っていうかどうにも出来へん。あかん、俺もう気ィー失いたいってまじで!! 「ください」 「え・・・っ」 なんか滅多に見ることの出来へん圭の極上満面の笑顔。そして、差し出される手。それが何を意味してるかなんて、そんな事はもう聞くまでもない。 あかん、ほんまにもう俺は終わりやぁーーーー 「くれないんですか?」 「あ、いや・・・・・・そのー・・・やな!」 「なんですか?」 「・・・・・・」 「まさか、無いんですか?」 そこでその悲しそうな顔はマジ卑怯やって。 「・・・・・・」 「ナツ?」 「ごめんなさい!!!」 もうこうなったら言い訳も出来へん。俺は男らしく圭の前に膝を付いて手を前で合わせて謝った。いや、拝んだんかもしれへん。許してほしくて。 「いや、忘れてたとかちゃうねん!!わかっててん。ただ、その、なんかどんなん買っていいのかわからんくって!!その、そうしているうちに、どんどんこう日が過ぎていってしまって」 男らしく謝ったくせに、言い訳がましい俺。かっこ悪すぎる。 「ないんですね」 こんな声、聞きたかったわけちゃうのに。俺のアホ、ボケ、カス!なんでちゃんと用意してへんかってんやろ。好きやのに、めっちゃ圭の事好きやのに、恥ずかしいとかそんなんばっかり考えて。 「っ、・・・ごめん」 「ナツ」 「はいっ」 「本当に悪いと思ってます?」 「うん」 許してくれる!? 「じゃぁ今から用意してください」 「えっ!?」 圭の言葉に下げてた頭を思わず俺は上げると、完全に怒った顔の圭が瞳の中に飛び込んできた。 「本当に悪いと思ってるなら出来ますよね」 「・・・わかった」 そ、そこまで言われたらしゃーない。用意してへんかった俺が悪いねんもん。 俺は立ち上がって、クローゼットの前に立った。こんな時間やけど、コンビにやったらまだ開いてるやろ、最近のコンビニはバレンタインチョコくらいいっぱい置いてる。こーなったらリボンぐるぐるの超絶なやつ買ったるわ! 俺は今着たばかりのパジャマに手をかけて脱ぎ捨てると、下も脱いだ。 |