箱根一泊温泉旅行 1
4月2週目、日曜日。 空はちょっとびっくりするくらいの快晴。でも、ちょっと風はひんやりだろうか。それがまた涼しくて過ごしやすいのだけれど。 燃費の良い日本の高級車は、快調に高速道路を走っていた。 「ん〜いい天気。もうちょっと暖かかったらオープンで走れるのになぁ」 車内は程よい空調が効いていた。 「オープンって、あのオープンカー二人乗りだけど?」 「響、夏になったらオープンカーでドライブしようねぇ」 「っていうか・・・あれ僕のじゃん」 気分良く運転している咲斗に、後部座席の由岐人のつっこみは聞こえないらしい。 「え・・・あっ、うんっ」 と、どうやらこちらもあまり聞いていなかったらしい。名前を呼ばれてはっとしたように頭を揺らした。 「あれ?寝てた?ごめん、起こして。寝てていいよ響」 「ううん。ごめんっ」 響は少しズレていた身体を起こしなおして、首を横に振った。 ナビ付きの車では隣で地図を見る必要も無く、昨日も変わらず仕事だった響はうとうとしてしまっていたらしい。 しかし、昨日仕事だったのは由岐人も咲斗も同じ事。 「いいってば」 「だって、咲斗さんだって疲れてるのに」 「俺は平気だよ」 気遣うような視線を向ける響に、咲斗はチラっと横目を向いてにっこり笑った。 「ごめん、僕は寝るかも」 こちらは後部座席の由岐人。遠慮なく、早々に宣言しておく。 「いいよ」 「じゃあ俺も」 「お前はダメ。寝たら吊るす」 「吊るす!?吊るすってなんだよっ」 「何って文字通りだ。旅館の桟に吊るしてやる」 ふんっと意地悪く笑う咲斗に、由岐人は素で知らん顔で響は呆れた様な苦笑を漏らした。あまりに日常茶飯事の会話パターンに二人とももう反応を示す事自体飽きたらしい。 響と由岐人から見れば、ようはイイコンビというところ。もちろん剛と咲斗は認めないだろうが。 「大体お前は大学生だからとかで、ちんたらと長いこと休んで昨日もバイト休みにしてたんだろうが。そんな奴に寝る資格は無い」 「っだから、俺が運転するつってんじゃん」 「免許取立てのペーペーに俺の車なんか運転させるわけないだろう。第一事故られたら大変だ」 「事故ったりするかっ」 「どーだか」 「何!?」 「恐くて乗れないね」 「俺は一発合格だっ」 「はいは〜い。ところでさぁ剛免許取ったのいいなぁ〜俺も取りたい」 これ以上騒騒しくなる前にと響が割って入ると。 「響はダメ」 咲斗の即答。迷い無し。 「なんでさっ」 「危ないだろう?事故でも起こしたらどうするんだ。もし一人で運転しててぶつけられたりしたら・・・そんな怖い事させられない」 「過保護・・・」 「過保護って由岐人が言ってるぞ〜」 「るさいぞ剛っ、黙れ」 「俺が言ってんじゃなーよ、由岐人がっ」 「う・る・さ・い」 「咲斗さん・・・」 子供っぽい言いように響は思わずため息混じりの声を発した。 由岐人はどうやら寝る事にするらしい。目を閉じて、知らん顔を決め込んでいる。まぁ、この中で寝れるかどうかは微妙だが。 「次のサービスエリア飛ばすけどいい?」 「あぁ〜俺トイレ行きたい」 「・・・・・・」 「無視すんなっ」 「シートを蹴るな!!」 「うるせ〜」 「剛、咲斗さん!」 「「だって!!」」 「あぁ〜うるさい!!」 やはり寝れなかったらしい。由岐人のつりあがった目尻が剛を睨んで、その指がうにょっと頬を抓った。 「咲斗、次とのサービスエリアで止まって。剛もいちいち相手しない」 「ひゃい・・・」 「―――――」 「ったく」 ―――――由岐人さん・・・最強・・・? 思わず響がそう思ったのは言うまでも無い。 しかしまぁ、懲りない二人の所為でこんな会話が目的地である伊豆に着くまで何度と無く繰り返されるのだが。 「って、ここ?」 響が思わず目をパチクリとさせて目の前の旅館を見た。 「よくこんなところ取れたね?」 温泉に行こうという話になってそう日がたっていないはず。なのに今目の前にあるのは、どう見ても高級旅館。 生い茂る木々が新緑に色付いて、風情ある佇まいを一層引き立てる玄関。 さっきまでの喧騒はどこへやら、シーンと静まった落ち着いた空間がそこにはあった。 「ああ、ちょっとツテでね」 「ふーん」 咲斗の言葉に軽く返事をした由岐人とは裏腹に、響の眉毛が一瞬不愉快気に寄った。 ―――――ツテ・・・? 「じゃあ行こうか」 「うん」 「つーか高そうだなぁ」 これは剛。こっそり響の耳元で囁けば、響も同意を表すように頷いた。 玄関を通ると、木のぬくもりの感じるロビーが広がった。森の中に建ってる利点を生かし、左手は総ガラス張りで外の緑が目に眩しく飛び込んでくる。 「いらっしゃいませ」 「藤原です」 うやうやしく出て来た男性に、咲斗が名前を告げると男性はすぐにロビーにあるソファを勧めた。 4人が入り口で靴を脱ぎ、促されるままにソファに腰を下ろす。と、記帳用紙をすぐさま持ってきて咲斗が2枚ともそれに記入した。 お茶と茶菓子、お手拭が女性によって配られる。 「すぐご案内させていただきますので、少々お待ち下さい」 「はい」 茶菓子は、この時期を意識してなのか桜餅になっていた。それを響はうれしそうな顔をして口に運ぶ。昔からこの桜餅が響は何とはなしに好きなのだ。 「あ、美味しい・・・」 一口、口に入れると上品なあんこの甘さが口の中に広がった。 静かなロビー。 視線の先には、風に気持ち良さそうに揺れ動く緑。 お茶は美味しくて、ソファは座り心地が良くて思わずほーっと息を吐いて、車の中で少し窮屈になっていた手足を伸ばした。 そうやってぼうっとしていたのは、たぶん僅かな時間なのだろう。 絶妙なタイミングで、声がかけられた。 「お待たせいたしました。お部屋へご案内させていただきます」 |