箱根一泊温泉旅行 4
当然といえば当然。散々責めてたて、何度も許しを請われてようやくイいかせて。それも1度では済ませなかった結果、響はそのままブラックアウトしていた。 その力の抜け切った身体を綺麗に洗って、浴衣を着せた咲斗は重労働に疲れた顔ではなくて、どうみても嬉しそうだ。畳の上に身体を横たえて、意識のないその顔を見つめる瞳はハッとするほど優しくて切ないけれど。 ―――――ちょっとやりすぎちゃったかな・・・ 今更に殊勝な事を思いつつ、咲斗の指がそっと響の頬を撫でる。 このまま寝かせてあげていたい気もする。しかしきっと、寝顔を見てるだけじゃあ飽き足らなくなるんだろうなと思う。咲斗は自分の事をわかっているから。 それに、もうすぐ夕飯の時間なのだ。 咲斗の指がさっきよりもう少ししっかりとした強さで、響の顔をくすぐる。すべすべの肌の感触は気持ち良い。 「ん・・・・・・」 響の眉が少し不愉快気に寄る。けれどまだ覚醒には至らない。 「きょーお」 まったくしょうがない咲斗は、本気で起こす気があるのか無いのか耳元で息を吹きかけつつ呼ぶ。当然響はヒクっと背中を揺らしたが、起きない。 「まだだめかぁ」 起こしているのか、誘っているのか。 その声は、ことのほか甘い。 「響、起きて」 ぷにぷにっと指先が頬をつつく。 「んんー・・・」 「ご・は・ん・だ・よ」 そのまま咲斗が響の唇を塞いだ。鼻をつまんでみるなんて色気の無い事はやはりしないらしい。 「ん・・・っ、ふ・・・ぇ?」 純粋に酸素を求めようと開いた唇に当然咲斗の舌が潜入される。その所為で目的の酸素はほとんど得られなくて、代わりに背中を駆け抜けるゾクっとした感覚と舌を吸われる行為に、響の瞳がパチっと見開いた。 「んん〜〜〜〜っ」 浮き上がった背中に腕まで回されて、しっかりとキスを堪能してくる咲斗の背中に手を回して、ひっぱがそうと衣服に指を絡める。 けれど咲斗がそんな事に負けるわけもなく。 しっかりと口内を蹂躙されて、響が再びぐったりしそうなところでようやく離された。 「っ、咲斗さん!!!」 キィーっと響が牙を剥いて怒る。その瞳もきりきりとつり上がっているが、咲斗にとってはどこ吹く風らしい。いやむしろ、その顔さえも愛おしいのだろう。 しれっとした顔で、起きない響が悪いんだろ?などとのたまう。その答えに、威嚇する猫の様な顔つきになる響だが、うまく言い返す言葉が出ないらしい。下手を言って上げ足を取られてはたまらないと脳で言葉を飛び交わせている間に、元の言葉を見失ったらしい。 「そろそろご飯の時間だからね」 咲斗はそう言うと、響のはだけた浴衣の胸元を合わして、着崩れを直す。 「うー・・・」 洩れるのは言い返せなかった不満を込めた唸り声。それと同時に、とっても正直なお腹はご飯と言う言葉に即座に反応して、クゥーっと音を立てた。 「あ」 「クス」 咲斗の零した笑いにやっぱり響は不満顔になる。 「咲斗さんがっ」 「俺が?」 "あんな事するからだっ" と、出そうになった言葉を響は危うく飲み込んだ。こんなにお腹が減ってるのは、絶対絶対咲斗の所為だと響は思うのだが、それを口にしたらきっと、あんな事って何?と言葉が返って来るのは目に見えている。 ―――――うぅ〜〜〜〜っ 「響?」 ―――――むかつく!!! 全部お見通しみたいな顔で笑う咲斗の頬を抓ってやりたい!!と思ってみても中々行動に移す根性が響には無いらしい。 それよりも、どうもなんか甘〜くやばい空気になってるので、なんとか逃げ出す方法を考えなくてはいけない、そう響が悟ったグッとタイミングに。 「おっじゃましまぁ〜す」 「ちぃっ」 ―――――助かったぁ〜 「いらっしゃーい」 そろそろご飯かとやって来て剛と由岐人が、響には天の助けに見えた瞬間だった。咲斗の舌打ちなんて聞こえない聞こえない。 「おぉ〜あれだな、部屋の作りはほとんど同じなんだなぁ」 「そうなんだ。あ、二人もお風呂に入った?」 「ああ。大浴場に―――――そういえば会わなかったな?」 「えっあっ、こっちは部屋のに入ったからっ」 一瞬の躊躇に剛は気にも留めずに。 「部屋に露天って贅沢だよなぁ〜」 などと言っているが、由岐人は十分悟ったらしい。剛の斜め後ろで、呆れたように息を吐き出していた。 もちろんそれに動じる咲斗ではないが。 「俺も後で入ろうっと。な、由岐人?」 「はぁ!?」 思わず由岐人の声が大きくなった。いや、剛に他意があったかどうかは別にして、このアイコンタクトの間というタイミングにやはり由岐人は動揺せずにはいられなかったらしい。 「?」 いぶかしげな顔をした剛とは逆に、今度は咲斗が楽しそうに笑った。 それに何か言い返したいと由岐人が口を開きかけたとき、廊下から食事の用意を始める仲居の声がかけられた。 4人の目の前に並べられたのは、相模湾で獲れたての旬の魚介と、箱根・伊豆の山の幸をふんだんに使った本格懐石料理だった。先付けから既に繊細さを感じされる美しさは4人の瞳を十分に満足させた。 酒もいつものワインではなく、地酒を頼んで由岐人と咲斗は刺身などをアテにしながらちびちびと飲んでいた。まるでこちらのペースにあわせるようにゆっくりと出される料理と、その手の込んだ料理は4人の舌をいたく満足させたのだった。 その食事も一通り終わり、4人はそれでもゆっくりと酒を飲んでいた。いまのアテは、来る前に買っておいたさきいかなどの乾き物。まぁ、咲斗と由岐人にはあまりアテがいらないので、こちらはどちらかというと缶チューハイを空けている剛と響用か。 「はぁ〜満足」 剛は畳みの上にごろりと横になりながら言う。 「ほんとに、腹いっぱいだぁー」 響も続いてごろんと横になった。こちらは酒以外に昼間の疲れも手伝って、随分と眠たそうだ。 「なんか、物凄くのんびりしてる気分」 開け放たれた障子を背もたれにして座る由岐人が、苦笑とともに言うと咲斗がふっと笑った。 「そのために温泉に来てるんだろ?」 「まぁーそうだけど」 少し戸惑うような感じを見せる由岐人は、初めての家族旅行というものに戸惑っているのかもしれない。その、こしょばゆいような照れくさい様な響きに。 「次は二人っきりがいいなぁ〜なぁ、由岐人」 「―――バカか?」 「ん〜だよっ」 ちょっと調子に乗ってみた剛の言葉は、冷たい由岐人の言葉で一刀両断。けれど、その一言がどれくらい重いか、大きいか剛にはきっとわからない。 けれど、わからないから、いいのかもしれない。由岐人は最近、そう思う事がある。この馬鹿さに救われているのだと、自分で認めるのは随分と癪に障るのだけれど。 「俺達も次は二人っきりかな?」 便乗してみた咲斗に。 「ヤダ」 響の返事はつれない。もちろん咲斗の瞳は不機嫌に細められて、それを由岐人は面白そうに見てるのだが。 失言にどういう結末が待っているか何度も経験しているはずなのに、めげないというか学習してないところが由岐人には面白くて、また不思議なところでもある。 「なんで?」 「〜〜〜〜〜っなんでもっ」 何かを物凄く含んだ顔で、イィーという響に咲斗は幸せそうな笑みを浮かべた。 響の内心は、二人っきりなんかで来たらきっと日がな押し倒されている事は目に見えている。そんなのじゃあ温泉まで来た意味が無い!!!と言うところか。 しかし、今この場でそれを言うのはちょっと。そこまでは失言しないらしい。 「ま、理由は想像易いけどね」 「うっ」 「ん?」 どうやら鈍いのは剛らしい。 「まぁどっちにしても次はGWでニースだけどな」 「俺バイトしようと思ってたのになぁ〜」 「だから、お前は来なくてもいいぞ」 「んだよっ!!」 これもまたニースに行きが決まって何度も繰り返された会話。 口喧嘩がストレス解消の嫁姑みたいだ。 「で、パスポート取れたの?」 鬱陶しいので、由岐人が口を挟む。 「俺持ってる」 ちょっと得意気な剛。 「なんで?」 「高校ん時家族で香港行ったし」 「生意気」 「るせーぞ咲斗」 「響は?」 「来週取に行って来る」 「だからあん時一緒に行けば良かったのに」 「あの時って?」 剛の言葉に咲斗の眉が思いっきり不愉快そうに寄る。 「俺が香港行った時一緒に行こうって話になったんだよ。響はうちの母さんにも気に入られてるしさ、家族ぐるみの付き合いだったし。でも響は来なかったんだよな」 「だから、そんなお金無かったんだってば」 響がちょっと困った顔で肩を竦める。どうやら当時は随分その会話を繰り返したらしい。 「だから出世払いでいいって言ったのに」 「やだよ。あの時はそんな先の事とかわかんなかったし」 明日の先さえも見えてない気がしたのに、海外なんて行く気にはなれなかった。 こんなに、甘く幸せな日々に自分が身を置いているなんて、想像が出来るはずが無かった。たぶんそれは、由岐人と響の共通点だろう。 「そんな話初耳だな」 「だっけ?」 明らかに不愉快そうな咲斗に、剛は軽い返事を返す。その傍らで由岐人が少し顔を曇らせていた。 「まぁ、結果的には良かったな」 「何が?」 咲斗の言葉に響は首を傾げる。 「響の初海外が俺と一緒じゃない、なんて事にならなくて」 「くだらねぇ〜」 真顔の咲斗に思わず言葉を吐いた剛に、咲斗の米神に青筋が走る。 ―――――馬鹿・・・ 失言が直らないのは、響と剛の共通点らしい。 「んだと!!」 嫁姑対決第2ラウンド目突入か? ダンと手にしたグラスを置いて、咲斗がおもむろにたち上がった。それを呆れたように傍観しようとする由岐人に、慌てる響。 「二人ともっ」 「だってこいつがっ」 「こいつ?お前には一度年上に対する言葉遣いってものをきっちり教えておかないといけないみたいだな」 「るせーっ、俺は相手を選んでるだけだぜ」 「なんだと!?」 「なんだよっ」 「はい、ストップ!!」 立ち上がった二人に、由岐人の声が割って入る。 その空気が少し、不機嫌なものに変わっていた。 「ったく・・・剛、行くよ」 呆れ顔の由岐人はそう言うと、さっさと一人で部屋を出て行った。その後を、虚を突かれた様に慌てた剛が追いかけて行って。 部屋には、拍子抜けしてしまったらしい咲斗と取り残された響が残り。 結局、その場はそれでお開きとなった。 |