箱根一泊温泉旅行 5



「由岐人?」
 部屋にはいつの間にか、二つ並んだ布団が敷かれてあった。
「怒ってんのか?あんなの、冗談だぜ?」
 咲斗との口論を由岐人が咎めているのかと思い剛は弁解するように言う。
「別に。ただそろそろ疲れたし、寝たくなっただけ」
 けれどいつもと変わらない口調で言うと由岐人は室内を見渡して、お茶を入れるために部屋の隅に腰を下ろした。
 だが、剛にはわかる。
「由岐人。言いたいことあったら言えよ」
 巧く気持ちを隠してしまう様に見える由岐人。けれど、一緒にいればいるほどそれはちっとも巧くなくて、不器用なのだと分かった。
「――――別に、無いし」
 由岐人にもそれがわかるからか、本当は、心の底では言ってしまいたい気持ちが大きいからか、最近は昔より巧く出来ない自覚があった。
 だから余計、頑なになってしまうのに。
「無いわけ無い。ほら、こっち向けって」
「うるさいっ」
 無理矢理自分の方へ向かせようと剛が腕をとるのを振りほどこうとして、巧く振りほどけなかった。
 それも、悔しい。
「響と一緒に海外行こうとしたの、面白くなかったのか?」
「そんなんじゃなよ」
 ―――――全然違う。
「じゃあ、何?」
「何にも無いってばっ!」
 きっとわかって無い剛に当たるのは、八つ当たり。
 でも、気づけよ!!って思う気持ちが止められない。
 気づいてよっ、って思う我侭な想い。それがどうにも、止められない。
「由岐人」
 くすっと笑われて、剛の腕に由岐人は抱きすくめられた。お茶を入れようとして持っていた急須の蓋が、手から零れ落ちた。
 ―――――なんで、・・・・・・
 なんでこんなに弱くなってしまったんだろうと、思う。そうした剛に腹が立つ。だってきっともう、一人じゃあ生きていけないんだよ?
「―――――」
 由岐人の指が思わず剛の浴衣をぎゅっと握り締めた。
「んー?」
 こちらは、何かあるのは分かっていても口を割らすのはまだまだ腕が足りない。余裕ぶった顔の下に、もどかしさと悔しさを隠して剛はそっと由岐人の頬にキスをした。
 そしてそのまま、敷かれている布団の上に由岐人の身体を押し倒した。
「おい」
「浴衣ってイイよな、やっぱ」
 くすって笑う顔が、なぜかこんなときばかり大人っぽく見えて由岐人の腹が立つ。
「・・・馬鹿だろ?」
 だからきっと、こんな事しか言えないんだ。
「好きだ」
「・・・浴衣が?」
「由岐人が」
 ―――――っ、悔しい・・・
 スルって、欲しい言葉を簡単に吐き出すこの男が憎たらしい。
 無自覚に言うんじゃない。
「―――――ふっ・・・、はぁあ・・・・・・っんん」
 一瞬軽く触れて、直ぐに舌が入ってきた。舌を絡めてみるのは、余裕ぶってるところを見せたいから。
 こんなの、慣れてるよ?って虚勢。
 剛と由岐人の瞳が合って、由岐人は腕を伸ばした。
 誘ってるのは自分。
 優位なのは自分。
 おいで?って笑ってみせるのは、そうしてないとすがり付いてしまいそうで、ただ甘えてしまいそうになるから。
 そんなの絶対、許せないから。
 だってそんな事になったら――――――――――

 だから、僕は優位にいなきゃいけない。






「んんっ―――――はぁ・・・っ」
 ズズっと、剛が入ってくる感覚に由岐人の背中が知らずに浮く。その熱さに、思わず剛の腕に爪を立てた。
「相変わらず、キツいし」
 軽口のわりに少しきつそうな声。
「うるさいっ」
 その言葉に剛が笑うのが気配でわかる。
 剛はゆっくりと由岐人の身体を気遣いながら、中に自分を納めた。そのぎゅーっとまとわり付く襞の感覚に、今にもイってしまいそうで。
「もう、イきそう」
「はぁ?」
「由岐人の中、良すぎて」
「っ、馬鹿か」
「うっ、締め過ぎだって」
 軽い声。
 口調。
 睦言。
 その全てが、切なくさせる。
「うるさい。くだんない事言ってないで、さっさと――――っ!!!」
 最後は声にならなかった。
 だって。
「うん」
 ―――――頷く前に動くなっ!!!
 そんな声を上げられる余裕は無くなって、心で叫ぶに留めた。けれど、それもすぐに霧散して。
「あああっ!!!」
 擦りあげられる感覚に、頭は支配される。
 熱と、快感とが身体全部を支配する。
 剛に、支配される。
 それは腹立たしい、甘さ。
「つよ・・・しっ、・・・そこはっ」
 ヤダの言葉の前に。
「イイとこだろ?ここ」
「違っ――――、ダメだって」
 おかしくなる。
 気持ちよすぎて、わけのわからない事を口走ってしまいそうになる。
 もっと、って言いそうになる。
 もっとそこを突き上げて、ぐちゃぐちゃにして――――――――って。
「あああっ!!――――はぁあっ!!」
 濡れた前の先端にいきなり指が触れてきて、思わず由岐人の背中がしなった。ぎゅっと剛を締め付けたのが自分でもわかる。
 ネツが、熱い。
「ヤメ――――――」
 くちゅっと濡れた音がして、それを聞くのが恥ずかしくて思わず声を上げた。けれど、それはそれで甘い声なのだと思うのに、もう考えられない。
「止めて欲しい?」
 止めて欲しくて、止めて欲しくない。
「止めて・・・っ」
 くちゅくちゅと音がして、今度は手のひらで幹を擦れられた。そこの筋を少し強く擦られるのが、タマらないっていつの間に知られたんだろう。
「なぁ、さっき何考えてた?」
「さっ・・・き?」
 中の動きが少し緩やかになる。 
 そのもどかしさに由岐人は無意識に腰を揺らした、もっと――――と。
「向こうでの会話で、何がひっかかってたんだ?」
「っ、知らない―――――――あああ!!」
 カリっと先端に爪を立てられた。一瞬、イクかと思うほどの背中が震えたけれど、少し足りなくていけなくて、由岐人の身体が無様にビクビク跳ねた。
「言えって」
「ヤダ―――――イッ、あああっ」
 もどかしくて悔しくて、由岐人は剛にしがみ付いた。その背に腕を回して爪をたてて。
 欲しい。
「響と一緒に海外行くってのが面白くなかった?」
 もっと奥の、疼くところを切っ先で突き刺して欲しい。
「違、うっ」
 ダメ。
 言うな。
 口走るな。
「ん〜じゃあ、俺が初海外じゃないのが?」
「ちがうっ」
 ――――――馬鹿か。
 そうじゃなくて。
 怖いだけ。
 不安なだけ。
「由岐人?」
 お手上げって顔で剛は困ったみたいに笑って、ちょっと腰を揺らした。言えよって、甘い脅迫。
「家族・・・っ」
 それに僕は、・・・・・・・逆らえないなんて。
「家族?」
「お前には、いるんだなって」
 ああ。黙れ。
 黙れよ、僕。
「?」
「響とは家族ぐるみでも、きっと僕は――――――――」
 ―――――受け入れられない。
「え、あ、会うか?」
 ―――――きっと、認められ・・・・・・え?
「会うか!?」
 思わずぱっちりと瞳を開けて、剛を凝視してしまった。
 だって今、なんて言った!?
「会ってくれんならいつでも紹介するぜ?」
「・・・・・・なんて紹介するんだよっ」
 ―――――付き合ってるって?
「恋人ですって」
 ―――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「冗談」
「まさか。なんでだよ」
「僕は、男だよ?」
 ―――――それだけじゃない。年上で、汚くて、それで・・・・・・・・・っ
「関係ねーよ。俺は由岐人が好きなんだし、それはどうしようもないじゃん。もし認めないとか言われてもさ、これが俺の選んだ道なんだから」
「―――――」
「胸張って会えばいい。そうだろう?」
 ―――――ああ、もう!!!!
 悔しい。
 悔しい。
 なんでこいつは、―――――――
「おぉ!?」
 悔しすぎて。
 伸ばした腕で頭を掴んで、無理矢理キスをした。
 もちろん途中からは無理矢理なんかじゃなくなって、翻弄してやるつもりがいつの間にか主導権は剛で。
 それも全部何もかも、悔しいっ!!
「んん―――ぁぁっ、はぁ・・・ふっ――――――――っああ」
 キスの合間に腰を揺すられて、酸欠に喘いで嬌声をもらした。
 中途半端だった熱は、それだけで瞬く間に熱くなって、絡められた指使いに由岐人は苦しげに眉を寄せた。
 中の動きが激しくなって、熱はもうアツすぎる。
 焼けて、消えてしまうほどに。
 どろどろと、溶けてしまいそうなほどに。
「イ・・・ク――――――――」
 馬鹿だ。
 奪えるわけない、家族をお前から。
 家族から、お前を。
「―――――・・・・・・・・・っ!!!」
 吐き出したのは、欲。
 吐き出されたのも、欲。
 けれど――――――――――――――

 手に入れたのは、気持ち?
 心?
 約束?

 ―――――――――ただの、真っ白な想い。









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