春の台風 10




 綾乃は、雅人にしては珍しい早い責めといきなりやってきたダイレクトな刺激に、思わずシーツをぎゅっと掴んで雅人を見上げた。
 その瞳に捕らえられた時の、なんと甘い悦楽。
「綾乃」
 ―――――愛してます。
 声にしなかったのは、たぶん今は甘さよりも狂気の方が勝っていそうで恐かったから。
 雅人は、今度は少し焦らすようにゆっくりとした動きで指を動かしながら、僅かにポイントをずらして刺激していく。それは綾乃を歯がゆくする様で、熱に濡れた瞳を今度は切なそうに歪めた。
 雅人は煽るだけで、肝心なものは与えない。
 すぐに快楽に溺れさせるのではなく、その頭の中全てを自分の事で、自分の事だけでいっぱいに埋め尽くしたいのだ。他の事など、他の人間など入り込む余地も無いほどに。
「――――まさ、と、さんっ」
 綾乃は無意識に腰を揺らして、雅人にねだるような仕草を見せる。それもこれも全部、雅人自身が1から教えた行為。
「気持ちいいですか?」
 直接的なその言葉に、綾乃は小さく恥らうように頷いた。その凶悪的な愛らしさに、雅人が一層狂うなどとはきっと気づいていないだろう。
 雅人は耐え切れず指を少し乱暴に引き抜くと、濡れた自身をあてがった。
 躊躇う事無く、綾乃の中に入っていく。
「あああ――――っ、・・・・・・・・・・・・っ!!」
 慣らされたそこに大した痛みは無くても、衝撃は襲う。綾乃は思わず洩れた声を塞ごうと手を口にあてながら、その胸をさらけ出す。
「――――くっ」
 雅人は一気に奥まで突き進んでから、フっと息を吐いた。
 綾乃が衝撃に慣れるまでと、雅人は綾乃の耳に口を寄せてその耳たぶを舐める。そのまま首筋を舐めて、鎖骨も舐めた。
 綾乃の身体が、快感に震えるのを目を細めて見つめながら。
「――――ぁぁ、うっ・・・ああ」
 綾乃の身体が熱くなって。
 それを見計らって雅人はゆっくりと動き出した。
「――――――――っ」
 それもことさらゆっくりと動いた。その緩慢な動きは、綾乃を焦らす事意外になんの目的もない。ただ、雅人はその口から聞きたいのだ。
 己を欲する言葉を。
 その為に、わざとゆっくり、わざとはぐらかして動く。ゆっくり出し入れしたかと思えば、外した場所で小刻みに動いてみたりして、綾乃の思考を徐々に奪い去っていく。
「綾乃――――?」
 じれったい快感に、眉を寄せている綾乃に雅人は甘い声をかける。
「・・・・・・っ」
「―――なんです?」
 聞き取りがたい声が洩れて、雅人は思わず動きを止めて綾乃の口元に耳を寄せる。
「――――テ」
 ―――――ああ・・・・・・
 至福の想いが胸を鷲づかみにした。
「聞こえませんよ?なんです?」
「っ、――――っと、ちゃんとシテ・・・っ」
「ちゃんとしてますよ?ほら」
 雅人は自分の存在を誇示するかのように、わざと大きく揺らした。
「ああっ!!」
 けれど直ぐ動きを止めて、さっきとは違う律動を始める。それももちろんポイントずらして、綾乃の欲しい様にはしない。
「ヤ、ダ・・・・・・っ」
 綾乃が快感を得ようと腰をくねらせる。
 その動きに反するように、雅人は動くと我慢しきれぬ切れ切れの嬌声が漏れた。
「まさとさんっ、――――もっと」
「もっと?」
 ――――もう一息。
「欲しいですか?」
「――――しいっ」
「綾乃、聞こえませんよ?」
「っ、・・・欲しい、よ。―――――もっとっ」
 ―――――ああっ!!
 それは眩暈のしそうなほどの、甘美な言葉。
「もっと、シテ―――――――」
 綾乃のその濡れた懇願に、雅人は深い笑みを浮かべた。もちろん、綾乃がそれを見る事はなかったけれど。
 そして、組み敷いていた綾乃の身体を抱えなおすと、今度は容赦なく責め立てた。その身体を快楽の海に堕とすために。
 激しく、内壁を擦りあげるように出入りさせながら奥へと侵入していく。少しでも奥を抉ろうと勢いを増して責め立てる。
 綾乃の口からはもう押さえきれない声が上がっていた。
「やぁ・・・・・・っ、ぁぁあああっ!!」
 雅人は絡みついてくる襞を強引に振り切って挿入を繰り返す。それはまるで、内臓を全部引き出されるような、押し上げられるような感覚。
 強烈に襲い来る快感の波は雅人だけでなく綾乃にも覆いかぶさってくる。
 雅人はぐっとさらに足を高く抱え上げて、己を叩き付けた。
 その刹那、綾乃の背中が弓なりに反って、ぎゅーっと中が締め付けられた。それすらも強引に擦り上げて、雅人はイイところを突き上げた。
「ああああ―――――っ!!!」
 一際高い声と共に、白濁を飛び散らせた。
 そして雅人もまた、ぎゅっと締まった熱い中に己の欲求を吐き出した。
 そのまま雅人は綾乃の身体をぎゅっと強く抱きしめた。
「――――?」
 快感に熱くなり、息さえもまだ整わない綾乃がその雅人の仕草をいぶかしむように小首を傾げた。
「好きです」
 耳元で囁かれる。
「雅人さん?」
「愛してます」
 その態度に、ようやく何か違和感を感じた綾乃は、それでいきなりだったのかと思いながらふっと笑みを浮かべた。それは綾乃がもつ、全てを許してしまう優しい笑みだった。
「僕も」
「―――――」
「雅人さんが大好きっ」
 その言葉にまだ中に納まったままの雅人が、あろうことかビクンと反応してなんと固さを取り戻してきたのだ。
 これには綾乃も慌てて、雅人の腕から逃れようと身を捩った。だって、まだ明日は平日で学校なのだ。これ以上はさすがにまずい。
 のに。
「逃げるんですか?」
「だって、明日学校だし」
 たぶんこれはもっともな主張。しかし、雅人の頭の中では、学校イコール中田、に今は容易に結びついてしまって、返って再びその心に暗い火がついてしまった。
「ああっ!!」
 硬さを取り戻したものを軽く動かすと、綾乃の身体がビクっと跳ねた。イったばかりの身体はどこもかしこも敏感で。
 雅人は、組み敷いたままの綾乃に笑みを向けた。
 綾乃の理性とは裏腹に、そこはまた感じている事を示していたから。
「ここは、欲しそうですね」
「――――っ、・・・だめぇ・・・っ」
 たぶんそれは綾乃の精一杯の意思表示。けれど、感じている事を隠せない身体では、それは甘い睦言にしか聞こえないのもまた事実。
 雅人も当然そう受け止めて、また追い詰めるべくゆっくりと身体を動かし始めた。
 2ラウンド目は、声を殺す体力も無くなった綾乃の上げる嬌声を存分に聞きながら、それは平日にやってはいけない時間まで続いた。




・・・・・




 ―――――うう・・・腰痛いし・・・
 綾乃が物凄くけだるそうにため息をつきながら3限目後の休み時間を過ごしているとき。
 ―――――だめだ・・・眠い・・・・・・
 薫もまた物凄い眠気とだるさになんとか抗おうと、格闘していた。
「綾乃、大丈夫?」
「・・・薫こそ」
 同類、相憐れむとはまさにこの事か。
 机にダルそうに寄りかかって座る二人は互いを見つめて苦笑するしかない。
「にししても凄いね、アメリカから帰ってきちゃうなんてさ」
 小声で言って、綾乃はクスクス笑うと薫は笑いごとじゃないよ、と渋い顔をした。もちろん内心では、すこーし嬉しかったりするのだけれど。
 せっかくだからと、二日ほどいた透もそれ以上勝手に日本にはいられなくて、今朝早々、行ってしまったアメリカに。
 もう帰るなんて、とグズってしまいたくなる衝動は抑えがたいものがあったけれど。空港まで見送りに行くと、駄々をこねそうな自分を押さえ込むのは容易ではなかったけれど。
 本当は二日も外泊出来ないのに、生徒会長として理事長に話があるからと呼ばれていると嘘をついて無理矢理外泊した。それはなんだか、胸の痛む嘘だったけど会いたくて。
 傍に居たくて仕方がなかったから。
「でも、綾乃も珍しいね。普段理事長ってそういうの配慮してるのに」
 ―――――GW会いに来いよ、なんて軽く言ってくれちゃって。行けるわけ無いのに―――――バカ。
「そーなんだ。なーんかちょっと変でさぁー」
 ふーと綾乃はため息をついて、肘をつく。
「変?」
「そ。なんか、らしくない感じがしたんだ。――――なんかあったのかな?」
 仕事で嫌な事とかあったのかも、と呟いた綾乃を薫は思いっきり呆れた瞳で見つめてしまった。
 ―――――理事長、報われないなぁ・・・
「そうじゃなくて、嫉妬したんでしょ?」
「嫉妬?」
「そう」
 まったく、とため息をついても綾乃はきょとんとしてる。
「わかってないな。――――綾乃は中田先生と仲良くしてるのに、妬いたんでしょ?」
「まさか」
「なんでまさか?」
「だって・・・、先生だよ?仲良くっていったって別に学校でちょっと話しただけだし」
 そう言いながらじーっと薫に見られて綾乃の声は少ししりすぼみになって消えた。
 確かにちょっと話やすくて、精神的にも楽でいいなぁと思ったのは事実だけど。
「じゃあ綾乃が、理事長が他の女の人とかと仲良く話してたらどう思う?」
「そ、それは。仕事とかなら仕方ないし・・・・・・」
「本当に?面白くないなぁーとか、ちょっとヤだなぁーとか全然思わない?」
「・・・・・・それはー・・・」
 ちょっと嫌かも、と綾乃はその図を想像しただけで思った。綺麗な女の人が、雅人の傍にいる。一緒にしゃべって、お茶なんか飲んで親しげにしてる。
 それを考えるだけで、頭をぶんぶんと振りたくなった。
「そういう事」
 やっと分かったか、と薫が苦笑を浮かべるのを見て、綾乃は小さく"うー"と唸った。でもだって、確かにそうだけどでも、別に好きなのは雅人さんなんだし、と口の中でごにょごにょと言ってみる。
「・・・薫と仲良くしててもいいのに」
「それとこれとは違うじゃん」
 ちょっと薫が呆れた顔で言う。ちょうどその時、頭上で4限目のチャイムが鳴った。
 ―――――あ・・・
 チャイムの音と同時に勢いよく扉を開けて入ってきた先生を綾乃は思わず見た。その綾乃の頭を薫が軽く押して、自分の席へと戻っていく。
 ―――――意識なんかしてなかったのになぁー
 そういう感情とは、違うのに。
「ほら、早く座る!!」
 綾乃は改めて、教壇に立った中田を見つめた。










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