春の台風 7




 ぐちゅっと濡れた音が一際大きく聞こえて、ギシギシとベッドがその激しい動きに抗議するかのような音をたてた。
「ふっ・・・あああぁ―――――っ」
 根元から勢い良く貫かれた途端、しばらくぶりのその快感に耐える事なんて出来なかった。
 勢い良く吐き出された白濁でシーツを汚しながら、薫はイった余韻で身体を震わせた。思わず締め付けた透は、それなのに硬さを保ったまま。
「早くねーか?」
 透のからかいの混じった声に、薫は思わず首をめぐらして睨んでしまった。お仕置きと称して、口でする事を強要して自分はさっきイったくせに、とは中にその凶器を入れられたままではとても言えない。
「んー?」
 それが分かってるのだろう。透はさも、楽しそうだ。
 泣きそうに暗く、思い詰めた表情で薫に迫ったさっきまでの空気は一体どこへ片付けてしまったのやら。既に、跡形さえも見つけられない。
「だって」
 でも、それでもいいと思う。
 だって、透は電話のあと直ぐに家を出て空港に向かって、飛行機に飛び乗って帰ってきてくれたのだ。
「我慢出来なくて」
 薫が、他の人を好きになったと勘違いして。
 いてもたってもいられなくて。
 薫は身体をよじって透の方へ手を伸ばすと、透がさっして身体を反転させた。
「ああっ!!」
 その拍子に中が抉られて、思わず背中が震えた。
「あ、悪い」
 絶対思ってなさそうな軽い声に、薫が一応抗議の視線を向けると、透は卑怯なくらいに優しい笑みを浮かべて薫を見ていた。
 そしてそのまま、透の唇が薫の唇を塞ぐ。
「んん・・・、ふぁ・・・っ、・・・」
 くちゅっと音がして、唾液が口腔内に流れ込んでくる。薫は透の首に腕を絡めてその味を深く味わった。
 背中に透の腕が回される。
「薫」
「ん・・・っ」
「薫―――っ」
 ―――――好きっ
 薫はぎゅっと透を抱きしめた。好きで好きで、好きで堪らない人を。その思いと同じだけ、いやそれ以上の気持ちをこめて透は薫の身体を抱きしめた。
 中の質量が増して、薫自身も熱を取り戻していくのが分かった。ぐっと、腰を押し付けられる。
「ア・・・、っああ・・・・・・っ」
 腰を抱えなおされて、貫かれた。
 そのまま足を高く抱えられて、尻がベッドから浮く。
「ああっ――――すごっ・・・、深いよ・・・っ」
 上から貫いてくるような姿勢の所為で、最奥まで届くほどに深く抉られる快感に薫の口からは思わず、甘い喘ぎが漏れる。
 鋭い切っ先が、抉るように入ってくるのがたまらない。
「イイだろ?」
 見下ろしてくる透の顔を薫は薄目の向こうに見つめる。
 互いに見知った身体は、イイところも全部知り尽くしているから、こういう時容赦がないと思う。
「ダメ・・・っ、そんな――――ああっ!!」
 感じるところを、躊躇いも無く擦りあげられて薫が思わず胸を上下に揺らす。
「また、イきそうか?」
 焦らす気は無く、今日はとことんまで犯ってやる気になっているらしい透は、不敵に笑う。身体の全部に自分の痕を刻み込んでしまいたいと、思っているようだ。
「――――っ、とおる、さん・・・っ」
 薫は、激しい透の動きにその思考はどんどん奪われて、快感の波に身体をさらして頭が真っ白になっていく感覚に囚われる。  揺すりあげられるたびに、快感の波は強くなってどこか高いところに押し上げられていく感じがする。
「中、すっげー絡み付いてる」
「やだっ。――――そういう、事は・・・っ」
 言わなくていい、と薫は頭を横に振った。
 言われなくたって自分で十分わかっているのだ。そこが淫らにうごめいて、挿送を繰り返す透を引き止めるかのように絡みついていくのが。
「・・・っ、あああっ――――」
 淫らに腰が揺れてしまうのだってわかっていても、止められない。もっと欲しくて、薫は透の腰に足を絡みつかせた。
 深くまで貫かれて、イイところを集中的にえぐってきた。
「ああっ!――――ダメ・・・っ、そんなにしたらっ」
 またも絶頂へと駆け上がろうとしているのが恐くなって、逃げ出したいと思うのに透が腰をがっちり掴んで離してはくれない。
「っあ・・・、ああ――――とおる、さんっ」
 感じるところを好き勝手に掻き回されて、押し付けられる切っ先の強さに熱に犯された様な快感が背中を駆け上がった。
 電流の様にさえ感じるその刺激に、薫は喉をのけぞらしてなんとか耐え様とするけれど、透はその努力さえも笑うかのように激しく追い上げた。
「かおる」
 ふっと名前を呼ばれて、なんとか瞳をこじ開けた。
 ―――――ああ・・・っ
「とおる・・・さんっ――――んんっ・・・ふぁ・・・ぁっ」
 重ねた唇から舌が挿入されて、絡め取られて吸われた。口の端からは唾液が零れ落ちていく。そのキスにさえ感じて、全身が甘えるようにねだるようにくねる。
 その唇が離れたのが合図の様に、透は薫の足を抱えなおして、もう無理と思っていた奥を激しく責めだした。
 追い上げられる快感。
 目の前で何かが弾け飛んでいくほどの、目もくらむ様な気持ちよさに、あえぎ声の合間に息をするのさえ苦しくなった。
 ぶるっと薫は身体が震えて、伸ばした手でぎゅっと透の背中を抱いた。
 下半身が別物みたいになって、わけもわからなくなって。
「ああああっ!!!」
 恐くなるほど深い場所を突かれて、目の前が弾けた。
「ダメ―――――っ、もうっ・・・イク―――――――――っ!!」
 あふれ出す感覚と、受け止める見知った感覚が同時に薫を襲って、身体がビクビクと小刻みに震えて跳ねた。
 一瞬、身体か溶けて混ざり合う様な甘美な錯覚。
 ぎゅっと抱きしめられる感覚に息を吹き返してみれば、その腕の主は当然透で、耳元に透の息遣いを感じた。
 その鼓動さえも。
「かおる」
 透の声に薫はふっと笑みを浮かべて、透の身体を抱きしめ返した。





 一方、少し時間は遡って南條家。玄関では、予定でなかった二人での帰宅に松岡が僅かに驚いた顔をしながら出迎えていた。
「おかえりなさいませ――――お揃いですか?」
「ええ」
「ただいま」
 なんとなく、二人のぎこちないような微妙な距離感のある空気に松岡は少し面食らいながらも、それをあからさまに顔に出す事は無く。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「いえ――――」
「僕もいいです。ちょっと、部屋にいます」
 雅人は綾乃に声を掛けたそうなのだが、綾乃が何か――――避けているわけではないのだが、意識しているといえばいいのだろうか。
 綾乃はそのまま、パタパタと自室に戻っていった。その後ろで松岡は僅かに雅人に目を向けるが、雅人とて何かを言えるわけでもなく言えるはずもない。
 その視線をそのまま黙殺して、2階へと上がっていった。
 しかし、自室には向かわず綾乃の部屋をノックする。
 このまま一人自室に戻ったのでは、胸が焦げる。
「――――はい」
「入りますよ」
 扉を開けて中に入ると、綾乃はまだ制服姿のまま部屋の真ん中に立ち尽くしていた。いや、ベッドに座っていたのを慌てて立ち上がった様だ。
 ベッドが少し、皺になっていた。
「少し、いいですか?」
「ん・・・」
 綾乃は小さく頷いて、視線をさ迷わせ結局今まで座っていたであろうベッドに腰掛けた。雅人は、椅子を引いてきて綾乃の前でそれに腰掛ける。
 綾乃は気まずげに俯いたまま。
「綾乃?」
 ピクっと綾乃の肩が揺れた。
「何か言いたいことがあるなら、言ってください」
 言いたいことの見当がついていて、こういう事を言うのは卑怯かもしれない。そう思ってみても、聞かないわけにもいかなくて。
「――――」
「言ってもらわないと、わからないですよ」
 あんな男の事でこんな会話をしなければならない事に、苛立ちを覚えるのは子供じみてるだろうかと雅人は自問自答してみる。
 もちろん、答えは無いのだけれど。
「・・・別に、なにかあるってわけじゃないんだけど・・・」
「けど?」
「なんか」
「なんか?」
 綾乃が、押し黙ったように俯いた。
「綾乃、私は綾乃とこんな気まずいままでは嫌なんです。――――そう思うのは、私だけですか?」
「えっ、ちがっ・・・、そうじゃないっんだけど。・・・うまく言えそうに無くて」
 ハッと上げた顔を、綾乃は再び自信投げに俯かせてしまう。その顎にそっと手を伸ばして上を向かせた。
「うまくなんて言えなくていいですよ?」
 なんだか、こんな風にするのは久しぶりかもしれないと思いながら。
「ね?」
 雅人の再度の促しに綾乃は意を決したように小さく頷いた。それもまた、懐かしく思えた。
「ん――――あのさ、中田先生の事、・・・なんで追い返したの?」
 ―――――直球ですね・・・
 変化球とかカーブとかに慣れた雅人には、ど真ん中真っ直ぐ飛んできた球に内心クラっと来たがもちろん顔には一切出さない。
「追い返したつもりはなのですが・・・、臨時とはいえ新任の先生が特定の生徒のみと接するのはどうかと思いまして」
「・・・・・・」
「理事長としては正当な判断かと思うのですが――――納得出来ませんか?」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど・・・」
 雅人の言葉が建前だと感じるものがあるのだろうか、綾乃は納得の出来ない顔をしたまま頷いている。
「なんです?」
「あのね、中田先生が僕に、・・・その、気があるって話。信じてるわけじゃないよね?」
「え!?どうしてそんな話に?」
 しらじらしいったら無い。
「こないださ、1年生に話しかけられて困ってたら先生助けてくれたんだ」
「へぇ・・・、1年?」
 違う意味で雅人の中に火が灯った。その炎の色は決して美しくは輝かないだろう。
「うん。梅田くんとか言ってた。なんか言ってることがよくわかんなくて、どうしようって思ってたんだ。そしたら中田先生が通りがかって、助けてくれて。しばらく資料室でしゃべってたりしたら、薫に怒られちゃって・・・」
 ―――――梅田、ですか。
「そうでしたか。そんな事があったとは知りませんでした。けれど、樋口君がそう思うなら、そう感じるところがあるのではないでしょうか?」
「そー、かな・・・」
「そう思います。樋口君としては、もし何かあったらと心配してくれたんでしょう?」
「気のせいだと思うんだけどなぁ・・・大体さぁ先生と生徒で、1ヶ月だけなんだよ?ありえないと思うけど」
 ―――――人は期間で恋するものでもないと思いますけど・・・・・・
 まぁそれを綾乃に感じろというのには少し、無理があるのかもしれないと雅人は内心ため息をつきながら、中田を雇った自分の激しく呪った。
 戻れるものなら、あの瞬間に戻りたい。
「気をつけるに越した事は無い、という事ですよ。何も無ければ、取り越し苦労だった、で終わる事なのですから。ね?」
「・・・うん」
「その時は、綾乃が樋口君に"ほら、勘違いだった"と威張ればいいんです」
「そー、かな」
 ん?と首を傾げる綾乃。そう、もう一歩。
「そうです」
 ね、とにっこり笑いかける雅人が、確実に綾乃を言いくるめられた安堵感に浸っているとは綾乃は気づきようも無い。
「そうだよね。うん」
「ええ。その時は大いに威張ってあげましょう」
 雅人はそう言うと、まるで悪巧みをしあう様に顔を寄せてクスっと笑った。その仕草に、綾乃も同じように笑う。
 まるで、いたづらの作戦を今企てたかのように。
 そして雅人は、仕上げとばかりに綾乃の頬に軽くキスをした。

 綾乃は、いつの間にか自分のもやもやがすりかえられた事には気づかなかった。









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