春の台風 9




 いつの間に用意してあったのか、中田はホットココアを入れて綾乃に渡した。
 建前上、社会科資料室に来た生徒に振舞うためだが、実質は綾乃に振舞うためだったのだろう。それを裏付けるように、中田の嬉しそうな顔といったら無い。
「先生、あんなところで何してたんですか?」
 ―――――君に会うためだよ。ハートマーク。
 とはさすがに言えない。
「ああ・・・、あの理事長にはああ言われたんだけど、一旦手伝った事だから気になってね。でも・・・入りにくくて」
 はははは、と頭をぽりぽりかく中田の態度に綾乃はクスっと笑う。その顔は、さっきと随分違っていた。どうやら、ホットココアの効力があったらしい。
「そんな。別にいつでも来て下さいね」
「ありがとう。夏川はいい子だなぁ〜」
 可愛いし。最高だぞ。
「そんなこと、無いです」
「そうか?ここはどうもあれだ、金持ちの子供が多い所為か生意気なのが多いが、夏川はそんなこと無いな」
「――――」
「きっとご両親の教育が良かったんだなぁ。――――ん?なんだ?」
「あ、いえ・・・」
 ―――――もしかして、先生は知らないんだ。
 綾乃は少しきょとんとした顔の後に、ほっとした様な安心するような笑みを浮かべた。その顔がどれくらい可愛くて、狂気を起こさせるものかなんて事は一切気づいてなく。
 ただ、嬉しかった。知らない人がいてくれる、それだけが。
 だから、知らず知らずに肩の力が抜けるのかもしれない。話してて気楽に思えるのかもしれない、そう思った。
 知らない、ただそれだけがこんなに大きな事だったなんて。
「な、夏川っ」
 しかしそんな綾乃の気持ちには鈍感な中田は、綾乃の可愛い顔にただただ顔を赤らめてどもった。
「なんですか?」
「あ、いや。うん。その――――か、顔色。だいぶ良くなったな」
「あ・・・っ」
 3階で会った時は泣きそうな顔だったから、流石の中田も欲望よりも心配が先立った。でもそれは触れない方が良かったらしい。綾乃の顔が困ったようになって、俯いてしまった。
「いやっ、あれだ。あ――――なっ、夏川はっ、そう。普段どんな事してるんだ?」
「え?」
 綾乃の可愛らしさと困惑顔にやられてしまった中田は、話題転換に多少いっぱいいっぱいらしい。というか。
「そのっ、休みの日とか」
 物凄く興味があって聞きたいことをストレートに尋ねてしまった。が、綾乃は特に気を悪くした風でも無い。
「家でごろごろしてたり・・・、友達と買い物にでかけたり、たまに映画とかです」
「そうか。あれ、だ。今見たいのとかはあるのか?」
 うーん、と綾乃が考える仕草をする。その凶悪的な愛らしさに、中田は自分が反応してしまいそうで思わずカップを持った手を足の上に置いて隠した。
「そうだそうだ、ダヴィンチ・コード」
「ああ、あれか。話題作だからなぁー見たいんだ?」
 よ、良かったら、一緒に見に行くか?その言葉が喉元まで出かけて。
「薫が見たいっていうから、今度行くんです。翔も誘ったけど、興味無いらしくて」
 ――――くぅ〜〜〜〜樋口め!!!!どこまで俺の邪魔をしたら気が済むんだアイツ!!!
 お門違いである。
「そうかぁ。残念だなぁ」
「?――――何が残念なんですか?」
「え、あ、いや。俺が先に見てたら、今内容をな、語ってやれると」
「えーヤですよっ。いわないでくださいっ!」
 ちょっと強引?と思いながら誤魔化した言葉に、思いのほか綾乃が笑ってくれて中田はハハハハと上機嫌で声を上げた。
 その綾乃の楽しそうな顔を見ていると、ますます息子がじっとしていないのを中田は感じていた。ドクドクしてムズムズするのだ。
「しかし、ダヴィンチかぁ〜今の子はそういうもんかな」
「?」
「先生の頃は、やれあっちの学校の子がかわいいだの、こっちの子がかわいいだの言いながら取るに足らん話で盛り上がったがなぁ。映画だってもっとなぁー・・・」
 アダルトなのをこっそりと、と心の中で呟く。
「へぇー」
「友人に先に彼女なんか出来たら、みんなでひやかしたり悔しがったりしてな」
 うんうん、と懐かしむ様な中田の顔を綾乃はふっと、寂しそうに見た。
 いや、羨ましそうに、か。
「先生、もてたでしょ?」
「いやぁ〜全然」
 そんな細かい機微に気づく中田では無いが。
「嘘だぁー。絶対もてたと思うな」
「そうか?」
「はい。だって、先生かっこいいと思うし。明るくて楽しいし」
 ――――なにぃ〜〜〜〜〜〜!!ホントか、ホントなんだな夏川っ!!!!
 無邪気な綾乃の言葉と笑みが、中田を直撃して誤解させたとしても、責めていいものかどうか。それはともかく、中田の頭の中には2回目の鐘が大音量で鳴っていたのだけは間違いない。
「ほ、ほんとうにそう思うか?」
「はい!」
 ―――――う、う、うぉ〜〜〜〜〜、我慢できん!!!
「な、夏川っ」
 チャリラ〜チャリラ〜♪
「あ」
「!?」
 勢い余って立ち上がってしまった中田を止めたのは、見知った音。着信音だった。綾乃は慌ててポケットから携帯をとりだして、マズイという顔をした。
「薫だっ――――もしもし、あ、うん。ごめんっ、あの・・・すぐ行くから。・・・・・・うんうん、じゃあ。――――先生すいません。僕生徒会サボってたから」
「えっ、あっ・・・」
 そ、そんな・・・ムスコが・・・・・・っ
 臨戦態勢突入。盛り上がった気持ちは、しかしどうしようもない。ちょっとテントを張ったのを綾乃に気づかれなかっただけでも良しとしなければいけないのだが。
「ココアありがとうございました」
 笑ってぺこっと頭を下げた綾乃をただ見つめるしか出来ない中田には気づかず、綾乃はココアの入っていたカップを中田の手に渡し、最後にもう1度軽く会釈をして部屋を後にした。

 後には、ちょっと腰の引けた体勢で、で薫への罵詈雑言、悪言の限りを吐く中田だけが残った。



 が、問題はそれだけでは終わらなかった。
 偶然、向こうの校舎から移動中だった雅人の瞳が、資料室から出てくる綾乃を捕らえていたのだ。
 その時の雅人の顔をもし中田が見ていたら、間違いなく今夜は恐怖でうなされただろう。いや、今夜どころか一生、忘れられなかっただろう。




・・・・・・




「綾乃」
 ―――――今日の放課後、資料室で何をしていたんですかっ!?
 そう聞きたい言葉を雅人はなんとか飲み込んで、綾乃をベッドに押し倒していた。
「雅人さん?」
 綾乃は瞳をぱちぱちして、目の前に迫る雅人の顔をまじまじと見つめた。その顔がどんどんと近づいてきて、綾乃の唇を塞いだ。
「んん・・・、ぁん―――――っ」
 軽いのではない、いきなりのデープキス。くちゅっと唾液の音がして、綾乃が恥ずかしくて離そうとしても、雅人の唇は離れない。
 舌を差し入れて中を気のままに蹂躙していった。最後は酸欠状態になった綾乃が雅人の背中を叩いて、なんとか離れた。
「雅人、さん・・・はぁ・・・。――――どうしたの?・・・っ」
 何?と聞く間も無く、雅人の手が綾乃の衣服の下に滑り込んだ。もう寝ようと風呂も済ませて、楽なTシャツにスエットに着替えた綾乃。
 ちょっとだけ漫画を読んでもう寝るつもりだったのに。いきなりやってきて押し倒された。
「――――っ」
 雅人の手が素肌の上を滑って、Tシャツを捲りあげられた。
「イヤですか?」
 そう言って見上げてくる雅人の瞳がいつになく暗く感じるは何故だろう。
「ヤじゃないけど・・・」
「けど?」
「びっくりしちゃった・・・っああ」
 胸の突起をいきなり指でつままれて、綾乃は思わず声を上げてしまった。けれど、まだそんなに遅い時間でもなくて、綾乃は慌てて手で口を覆う。
 雅人はおかまいなしに、今度はもう一方の突起を口に含んだ。焦らすでもなく、確実に煽るように舌先でそこを舐められて、綾乃の身体は確実に沸き上がって来る快感に体を捩った。
 それに雅人がふっと笑みを漏らすのだから、綾乃は恥ずかしくなってしまうのだ。思わず朱に染まった頬と体躯がさらに雅人を煽るとは気づいていない。
 雅人がその内に、黒くどろどろとした嫉妬という物に支配されているのも。
 雅人の指が腹の上を滑り、そして少し硬くなりはじめたものに指を絡めた。
「――――っ」
 緩く上下に擦られながら、雅人の舌が綾乃の腹の上を這う。体育があるので痕をつけられないのは重々承知しているから。
 その分、雅人は丹念に舐めた。
 まるで、自分のものだとマーキングするかの様に―――――
 その舌先と指先の刺激に、綾乃は早くも息遣いを荒くして快感に耐えていることを雅人に伝える。
 ―――――誰にも渡さない。
 自分の身体の下で、快感に揺れる綾乃を雅人は暗く狂った切ない瞳で見下ろしていた。
 この感情がおかしくても、狂っていると思われても関係ない。ただ、綾乃に近づく者が許せなくて、綾乃が無防備に笑顔を向ける事が狂おしい。
 雅人はポケットからさっと潤滑油を取り出して指先を濡らし、小さくひっかく様に刺激すると、そこが淫らにひくつくのを感じた。
「――――ぁぁ・・・っ」
 綾乃の口から小さな声が洩れる。
 雅人はゆっくりと襞をなだめるように指先を這わせて、綾乃の呼吸に合わせて指先を侵入させた。
「あぁ・・・っ」
 きゅっと締まるそこに指先を沈めて、前立腺を的確に突いた。
「ああ・・・っ」
 途端に綾乃の腰が揺れて、恥ずかしげに顔を隠す。羞恥と快楽に溺れようとしている綾乃を支配して、それに悦に入っている自分は少しおかしいのだろうと思う。
 けれど、窓の向こうに、資料室から出て来た綾乃を見たときのあのなんともいえない、突き上げるような醜い衝動。
 それを雅人はまだ、飼いならす事は出来なかったのだ。








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