はじめて <前> 



 12月23日。祝日。天皇誕生日で、クリスマス・イブ・イブ。
 言い方は色々あるけれど、街中が全体的に浮ついているように見える今日。
「寒ぃ〜〜」
 東城和弘は僕の横でそう言って、手を擦り合わせていた。
「そう?」
 僕は少し呆れ気味の視線を東城和弘に投げかけた。僕はそんなに寒くない。なぜなら周りが凄い人ごみだから。だから、そんなに風も吹き付けなくて寒くないように思うのだ。
 だって、本当に尋常じゃない人の量なんだ。前も後も右も左も、人・人・人・人。人の山。一体だこからこれだけの人が集まって来るの!?って思うくらいの量。
 しかし、その中で男同士っていうのはちょっと珍しい。珍しいっていうか、僕的には恥ずかしい。なぜならここは、兵庫県の元町で開催されてる誰もが知っているデートスポット。ルミナリエ会場。
 そして今日は23日。もう、周りはカップルだらけ。正直、いたたまれない。つーか、普通来るかこんな場所に男同士で!
「早ぉ、電気つかへんかなぁ〜」
 東城和弘はそんな空気は読めないのか気にならないのか。上を見上げて、楽しそうにはしゃいでいる。そう、まさにはしゃいでいる。26の男が。
「まだ5時前だから・・・」
 僕は少々げんなりとした声を出した。
 そう、まだ5時前なんだ。確か点等は5時半とか6時だった気がするから、まだ後30分以上あるんだ。しかも並び出したのはもっと前。
「こんなに早くから来なくても良かったんじゃない?」
「何言うてんねん。点等の瞬間が見たいやん」
 あっそ。
 僕はかなり呆れてしまう。この男、26歳だよ!?圭はあんなに落ち着いているのに、本当まったく全然違う。
 けれど、きっとこの身動きもとりにくいような人だかりがこの時点で出来ている状態なのだから、他の人もそういう気持ちでここで立ってるんだろうなぁ。そう思うと日本人ってなんだかな・・・と思うんだけど、その人ごみに入っている以上僕もなんとも言えないか。
 僕らは今日、お昼ごろに出かけてきて。東城和弘が見たいという理由で、しかもチケットまで押さえられていた映画を見て。まぁ、そのおかげでいい席で見れたし、僕も見たかった映画だったから良かったんだけど。
 ちょっとお茶して。あ、その時僕はパフェを奢らしてやった。イチゴパフェ。苺がいっぱいですっごく美味しかった。クリスマスケーキの代わりやなって東城和弘は笑ってたけど。ほんと、そんな感じ。
 で、ぶらぶら店をひやかしつつ歩いて、中華街に差し掛かったあたりで人の流れに乗るように進むと、なんとここまでたどり着いてしまったのだ。今思うと、東城和弘にうまく誘導された気がしないでもないけど・・・
 別に疲れてもしんどくもないからいいんだけど。でもじっと立ってるだけというのもする事がなくて、なんだか手持ち無沙汰なのだ。
「はぁー」
 暇、と小さく息を吐いた。
 ルルルルル・・・ルルルルル・・・
「おっ」
 その時、横で聞きなれた電信音がして、東城和弘は慌ててデニムパンツの後ポケットを探る。
 今更だけど、携帯持ってたんだな。
「はい?ああ、お疲れ様です。――――え?こんな日に働くわけないじゃないですか。もちろんですよ。――――――で、どうしたんですか?」
 着メロじゃないところが渋いのかダサいのかよくわかんないけれど。
「ああ、その件でしたら、竹中さんの机の上に置いておきました。―――ええそうなんです。あいつがねぇ、志望校結構やばそうなんで。ええ、でも本人も頑張ってきましたから出来るだけの事は。――――――はい。もちろんです」
 どうやら仕事の電話らしい。僕はチラリと横目で東城和弘を見上げると、ちょっと真面目な横顔。いつもみたいな、軽い感じじゃない、顔。きっと、仕事してるときの、顔。
 こうやって見ると、・・・・・・東城和弘もたぶんかっこいい部類に入る顔。たぶん。圭には負けるけど。
 でも、モテなくはないと思う。
「はい、よろしくお願いします。――――では」
 服もまぁ安もんだけど、上手に着こなしてるし。センスはあると思う。
「悪ぃな」
「別に」
 こういう一言もちゃんと言えるし。サラッと言って携帯を直してスマートな感じ。うん、合格って感じだ。
 ・・・・・・なんで、僕なんだろう?
 別に僕なんかじゃなくても、モテそうなのに。なんで僕が、好きなんだろう?
 東城和弘は軽そうだから、軽いノリなのかも。気になって、声を掛けて見たら僕がすぐに落ちないから意地になってるだけとか。
 ああ・・・うん、そういう事も考えられるか。
 それで、落ちちゃったらもう興味はなくなる、みたいなそういうパターン。よく、ある話だよね。
 後には、本気になって取り残されて、泣くしかない――――――
「譲?」
「・・・?」
「今なんか、マイナス思考な事考えてたやろ?」
「え・・・」
 なんで?っていうか、別にマイナス思考なんじゃなくて、客観的な事実を考えていただけなんだけど。
 東城和弘は、ちょっと困ったような顔をして僕を見つめる。
「こう、表情が無くなるからわかるねん」
 東城和弘はそう言うと、ちょっと僕の頭を軽くコンと叩く。
 表情が、なくなる?
 言葉の意味がよくわからない僕がじっと東城和弘を見上げると、東城和弘はくすりと笑う。笑うより前に、説明して欲しい。だって、僕は普段と一緒のはずだし、第一佐々木や青木みたいにコロコロ表情の変わるタイプでもないから。
「で、何考えてた――――」
「あ・・・」
 ぱぁー・・・っと、周りが明るくなって。
「うっわ!」
「・・・綺麗・・・」
 飾られた電飾に光がともって、綺麗な回廊を作り出した。それはまるで、天から光が降り注ぐように明るく光る。なんとも言えない幻想的な空間の出現に、周りからも口々に歓声が上がった。
「うわっ」
「おっと」
 上を見上げてぽかーんとしていた僕は、動き出した周りに押されてよろめいてしまった。
「大丈夫か?」
 抱きとめられた東城和弘の腕の中で顔を上げると、くすくす笑ってる顔。そのバックに、まばゆい光。
 ・・・なんだろう。なんだかわかんないけど、―――――今、ちょっと、胸がぎゅってなった。
「っ、平気だよ!」
 でも、そんなのは東城和弘には知られたくなくて。僕は少し乱暴に腕をのけて、歩き出した。
 急に、何故か動悸が激しくなる。
「待てよ」
 東城和弘はなんだか相変わらず楽しそうな声を上げて僕を追いかけてくる。この人ごみだから逃げるわけにもいかなくて、自然とすぐに追いつかれて並ばれてしまうのが、どうにもなんだか悔しい。
「こんだけ人多いねんから、はぐれたら大変やで」
「・・・」
 ふん、だ。諭す言葉も、なんでだかしゃくに障る。
「ほら、譲。あっちめっちゃ綺麗やで!」
 ちょっと拗ねた僕をまったく無視して東城は言う。それはちょっとどうかと思うけど、もうちょいなんか言えよって思うけど、でも僕はつられてしまって東城和弘の指差す方を見ると、そこから先がずーっと光の回廊が繋がって見えて。
 確かにすっごく綺麗だった。
 周りの人も歓声を上げながらデジカメで写真を撮ったり、携帯で撮ったりしている。小さな子供はお父さんに肩車なんかされて、上に向けて手を伸ばしていた。光に手が届くとでもい言うように、目一杯に。
 あんな時が、僕にもあった―――――――もう、忘れそうなくらいの昔だけど。幸せが続くものと、その幸せがどれくらい大切なものかすらも実感としてわかっていないくらいに純粋に、ただそう思っていた。
 もう戻れないあの頃。
 ふと横を見れば、父や母だったはずの顔が、今は東城和弘になっている現実。
 純粋にただ見返り無く愛してくれていたはずの両親はもういない。
 僕らは最後まで歩いていくと、公園にもイルミネーションが施されてあった。僕らは人の流れと同様にそちらへと近づいていく。本当に細かい細工で、色々な色が織り成す光がとっても綺麗だ。
「譲」
「ん?」
 カシャ。
「は!?ちょっと!?」
「撮れた」
 名前を呼ばれて無防備に振り向いた僕を待ち構えていた東城和弘は、カシャっと携帯を鳴らした。写真を撮られたのだ。
「ダメ!」
 僕は慌てて僕を撮った携帯を取り上げようと手を伸ばす。何嬉しそうにしてるんだよ!写真なんて、とんでもない。そんな、恥ずかしいし、あんな無防備な瞬間。絶対ぶさいくに写ってるから。
「アカンって」
「アカンじゃないよ!」
 勝手に人の顔撮る方が悪い!なんとか取り上げようとする僕を、東城和弘はムカつくことに片手で諌めて、楽しそうに笑っている。
「待ち受けにするねんから」
「・・・っ、はぁ!?」
 待ち受け!?
「光を背景にした譲。綺麗やし。ええやろ?」
「・・・っ、だめ!!」
 絶対、だめ!!
「だめって言われてもするし」
 はぁー!?何考えてんの、こいつ!!絶対ヤダ!!
「絶対嫌」
 そんな恥ずかしい事されたくない。
 僕はなんとか携帯を取り上げようと手を伸ばすのだが、僕と東城和弘には身長差があってリーチ差がある以上、僕が携帯を取り上げることは出来なくて。
 それでも諦め切れない僕は、とりあえず睨みつけて見る。
「待ち受けにするのだけはやめて」
 そんな恥かしい。
 だって、そんな恋人同士みたいなこと。
「えー」
「えーじゃない!」
 ったく。本当もう信じられないよ。
 26にもなった男の思考回路じゃないよ。今度寝ている隙に携帯イジって消してやるんだから。
 だってそんな、どっかのバカップルみたいに、愛されてますみたいなのは僕には向いていないんだから。
 だから、絶対にダメ。
 僕が心に硬くそう誓いながら、人ごみも凄いし抜け出そうと歩き出そうとした時。
「あれ?和弘!?」
 向こうから、女の人が東城和弘の下の名前を呼んだ。人ごみを掻き分けながら、手を振っている。呼ばれてそちらに目を向けた東城和弘が、嬉しそうに笑った。
「おおー、雅美やん!」
「久しぶり〜〜〜」
 ・・・誰?
 雅美と呼ばれた人は、長い黒髪にゆるーいパーマがかかった、ちょっとお姉系というかOL系というか、そういう感じの人。白いコートに細身のピッタリとしたデニムパンツ。ヒールを履いている所為か、身長が僕よりちょっと高い感じがする―――――綺麗な人。
「うわっ、この人の中で会うってまた偶然やなぁ」
「ホント。ビックリしたわ。和弘こないだメールした時は来るって言うてなかったくせに」
 メール?ふーん・・・・・・メールとか、してんだ。
「ああ、あん時はまだわかってへんかってんって。そっちこそ〜〜デートか?」
 東城和弘はにやけた顔を言うと、雅美さんもチラっと後を振り返って笑った。どうやらあの後に立っているセンター分けの、なんとなく営業マンっぽい感じの人が、雅美って人のお相手の様だ。
「うん。彼」
「おうおう、幸せそうで」
 にっこり笑った雅美さんに、東城和弘はからかう声を上げる。
 随分と親しそうで―――――チクリと、何かが痛んだ。
「まぁね。で・・・そっちは?」
 雅美さんの問いかけに、東城和弘は僕に視線だけを向けてきた。その目線を追うように雅美さんもこっちを向いて、そして僕を見て驚いた顔になった。
 ・・・何?なんか、感じ悪い、気がする。
「そうなんや?」
 ・・・何が?
「まぁな」
「へぇ〜〜〜」
 ・・・なんか、なんか凄くヤな感じ。
 二人だけの会話っていうか、人の事をネタにしてるし、何が"そう"で何が"まぁな"なのかちっとも僕にはわかんない。面白くない。二人だけでわかりあってる感じで、そこには僕の知らない東城和弘がいる。それを見せ付けてくるなんて、この女も嫌な感じで、気づきもしない東城和弘もムカつく。
 なんだよ―――――ばか。
 誰?その人。
 なんだか胸がムカムカ・イガイガしてきて、僕はどうしても我慢出来なくなって無言で回れ右して歩き出した。だってなんか、ここにいたくない。
 よくわかんない。
 よくわかんないけど、―――――なんか、泣きそうで。
 僕は、東城和弘からの視線に隠れるように、人ごみへと足早く歩いていった。










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