冬の空の下で  11




・・・・・





 鍋は、ちゃんこ鍋になった。今日子と翔はキッチンに立って、材料を切ったりしていた。真吾は、鶏団子のたねを混ぜ合わせ、薫はそれらを綺麗に盛り付けていく。
 その中で、綾乃だけがする事が無く、テーブルのセッティングをして暇そうに4人を眺めていた。手伝う、という綾乃の言葉に真吾はセッティングを命じて、今日子は今夜は時間が無いからまた今度な、と言う言葉を返したのだ。
 どうやらここでも綾乃の料理の危なっかしさは知れ渡っているらしい。
「さ、お待たせ!出来た」
 真吾が言うと、薫が野菜を盛られた器を運んできて、その後を今日子が魚介類を持ってくる。最後に真吾が鶏団子とビールを持って来た。
「では、とりあえず乾杯!」
 嬉しそうに笑って真吾が言うのに今日子も楽しそうだ。子供たち3人は仲良くお茶。
「もう食べれんの!?」
 くつくつと煮えた鍋を前に箸を持って目を輝かせる翔に、今日子は頷いた。
「しっかり食べやぁ〜」
「はい!――――あひゅっ」
「大丈夫!?」
「へーき。ってか、鶏団子ふわふわでうまっ」
 程よく生姜の利いた鶏団子は山芋もはいってふわふわ、真吾の得意料理である。
「綾乃、はまぐり開いたで」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ホントだ。鶏団子おいしいっ」
 薫は、栄養士の資格も持ってて料理上手な母のとはまた違う味の鶏団子に思わず顔をも笑顔になる。
 その表情には、最初の緊張や悲壮感はもう無くなっていた。
「薫、タラ煮えてるって」
「ホントに?」
「なんや、薫はタラ好きなんか?」
「白身魚好きなんです」
「肉は?」
 食べ盛りの男の子にしては珍しいと今日子が聞けば、
「大好きです」
 珍しい、薫の子供っぽい笑いが顔に浮かぶ。
「じゃあ夏は庭でバーベキューしようか。去年みたいに花火して。な、綾ちゃん」
「・・・うん。雪人も連れてきていいですか?」
「当たり前やろ」
 少し、いつもより無口な綾乃に真吾は内心の気がかりを隠して言う。
「雪人、大丈夫だったか?」
 こっちに泊まると電話して、雪人が何か言ってないのか今日子が声をかけると、綾乃は肩を竦めた。
「ちょっと―――――でも、最近ちょっと大人になったんで」
「そうなのか?」
「はい」
 合宿で、新しい友人を見つけて世界を広げた事。そして松岡のこと。それが雪人を大人にした、と綾乃は感じていた。
 松岡の事は、今は4人には言えない事だけど。
「なんか、嬉しいような寂しいような・・・複雑なんですけど」
「俺もそう思う。―――――まだまだ、大人にならんでええねんで」
 後半は、3人に向けた真吾の言葉だった。
「でも・・・、後3年で二十歳なんですよね」
「世間で言うところの、"大人"だもんなぁ〜」
「アホやなぁ。そんなん大人のスタートラインに着いただけやん。そっから色んな事を学んで、失敗したり悩んだりしながら、ほんまに大人になっていくんやん」
「失敗したり、悩んだり?」
 口の中を膨らましながら器用に翔がきく。
「そうや。大学行って、就職して結婚して――――って2人は結婚出来へんけどな、いまの日本じゃあ。まぁ、それはおいといても、今から見えている気になってる先は、実際歩いてみたら全然違うで」
「そうなんですか?」
「そうや。薫が好きな人、透さん言うんかな、その人と一緒に歩いて言っても、喧嘩もするし躓きもする、波も起きるし今想像もしてへん出来事があるかもしれへん。二十歳になるまでに何もかも決めなあかんわけじゃないで。決めてたって、それ通りにはなかなか進まへんもんやしな。だから、焦らんと、今を目一杯楽しんで、一生懸命にしてたらええんちゃうかな」
 薫は思うところがあるのか、少し複雑な表情を浮かべた。
 決まっていた将来。その事に疑いを挟んだ事は無かったし、それは間違いなく自分の夢であるけれど、透と一緒に生きていきたいというのも譲れない想いではある。
 その気持ちの中で、心を縛っていたのだろうか?
 道から、踏み外しちゃいけないと思って―――――?
「そっか・・・。焦る事無いかぁ」
「そうや」
「じゃあとりあえず100位圏内に向けてがんばろう」
「そやそや」
 真吾がええ子やぁ〜とでも言うように、翔の頭をぐりぐりと撫で回した。
 その間、綾乃は口を挟まず何事か考えている様であった。
「本当に、わからないものだよな」
 今日子は一同を見渡して、しみじみと言う。
「こんな風に鍋を囲むなんてな。出会ってなければこれも無かった。出会いもまた縁、だな」
「そうやで。それで俺の今後の夢は、二十歳になった綾ちゃんと薫と翔と酒を飲むことだな」
「綾乃は止めた方がいい気がする。弱そうだ」
「そんな事無いです!」
「あ、俺は今でもいいよ〜」
「翔!!」
「ははは〜」
 直ぐにでも真吾のビールに手を伸ばしそうな翔に薫が目くじらを立てれば、綾乃の顔がやっと緩んだ。
「うどん入れまぁす」
「え、うどんって閉めじゃないんだ?」
「何言うてんの。閉めは雑炊やで」
 言うと真吾は場所を空けるため野菜を三人の器に勝手に入れて、うどんを鍋に投入した。
「あ、翔、餅は今入れるな。うどんとくっつく」
「え〜」
 薫はクスクスと笑いを漏らす。
 どうやら鍋奉行らしい真吾と、食べたいものをどんどん入れていく翔はバトルになっていきそうで、賑やかな食卓に今日子も楽しそうだ。
「あ、豆腐もらいます」
「エリンギ〜」
「だから今入れるな」
 庭では、のけ者にされているマメが不貞腐れているとも知らず。
 ただ、綾乃だけが表情にぎこちなさが残っているのを、真吾と今日子と薫は気づいていた。
「綾乃」
 薫が改まった声を発したのは、真吾が雑炊作りに取り掛かった頃だった。
「なに?」
 翔は最後のうどんをすすっていた。
「――――いなくなったりしないよね?」
 綾乃の頬が痙攣したようにビクっと動いた。
「そんなこと」
「無い?」
 翔がじっと綾乃を見つめていた。
 真吾だけが我関せずの顔を作って、雑炊作りに専念して見えた。
「・・・うん」
 綾乃は、小さくだけど笑った。
 翔の肩からほっとしたように力が抜けけれど、薫の表情は緩まなかった。
「本当に?信じていいんだよね?」
「うん」
 綾乃は今度ははっきり頷いた。
 それなのに、薫は何故か胸騒ぎを抑えられなかった。
 綾乃が、その気になれば上手に嘘をつくことを知っているからかもしれない。その気になれば、自分の存在など消してしまえるからかもしれない。
「綾乃」
 翔が姿勢を改めて、綾乃に向き直った。
「ん?」
「ホントに、ごめん」
 頭を下げた翔に、綾乃は慌ててその姿勢を止めてくれと言う。
「翔が謝る事じゃないから。本当に、僕がもっとちゃんと出来たら良かったのに、何も出来なくて。ごめん」
「だから」
 謝るなよ、翔がいらだつような声を発しそうになったけれど、飲み込んだ。言えなかった。
「さ、雑炊出来たで〜」
 真吾はお椀に雑炊をよそって、4人に配った。とろりと溶けた玉子に、刻み海苔とネギが散った雑炊はなんとも美味しそうだ。
「美味そう!」
 湿った空気を吹き飛ばそうと翔が言うと、
「ホントだっ」
 綾乃が乗ってきた。
「熱いから気〜つけや」
「うまぁーい!」
 翔がハフハフ言いながら雑炊を口に運んで言った。流石にいいダシが出ている。
 薫はまだ心配気な顔をしていたが、それでもそれ以上言葉を続けず飲み込んだ。たぶん、今言った事が本心じゃなかったとしても、本心を言わす事は出来ないだろうと思ったから。
 今日子も真吾も、綾乃の心の中に言えない、言わない何かがあるのは感じていた。
 ただ、今は時間が必要かもしれないと、問いたださなかったのだ。












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