冬の空の下で  7




 翔は、いつもより少しばかり早く登校してきて勇んで生徒会室へと向っていった。
 決めたのだ。
 正面切って、聞いてやる!!と。
 マメと遊んで思いっきり走って思った。グダグダ悩んだって結果は出ない。やっぱり頭で考えるのには限界がある。だいたい、ウジウジ悩んでるなんて性に合わない。まったく合わない。それだけは断言できる!!
 だから翔は聞いてみることにしたのだ。それに、案外聞いてみたら、"はぁ!?何言ってんだよ、ははははは"って事になるに違いない。綾乃も"まだ言ってたの?"とか言って笑うに違いない。
 それでもって俺は、馬鹿な事考えた〜って笑うんだ。
 きっとそうだ。
 絶対。そう言い聞かせた。
 ふふん♪ってなくらいにだ。
 でももし、もし万が一だけど二人がそうなら、応援しようって決めた。
 ―――――だって、大事な二人なんだから。
 俺が味方しないでどうする!!って気持ち。味方第一号になってやるんだ、って翔は決めていた。絶対戸惑ったり、引いたりした顔しないって。
 もっと早く言えよ〜って笑おうって決めていた。
 ―――――よし!!大丈夫!!今日で決着だっ。
 生徒会室にはもう薫も綾乃も来ているであろう時間。ふん!!っと腹に気合を入れ拳を握った。
 それなのに。
 決心して来たのに、ドアを開けようとして手が止まった。
 気合は入れたのに、土壇場になって急に緊張してきて怖気づいた気持ちが翔の心の中に入って来てしまう。烈しくドキドキしてきてしまって、翔にしてはあまり無い事に指先が震えた。
「――――っ」
 ゴクっと喉が鳴って、翔にしては珍しい行動に出た。なんとそっーとドアに耳を押し付けてみたのだ。
 別に盗み聞きししょうと思ったわけじゃない。ただ、2人がいるか確かめたかっただけ、そう自分に言いきかせ、ぐっと押し付ける。
 心臓が、バクバク鳴った。
 ―――――あ、声・・・
『え?先輩?』
 綾乃の声が聞こえた。
『うん。バレンタインなんか1日だけだなのに。その為に帰って来るって』
 ―――――・・・んん?
『朝比奈先輩、凄い』
『凄いじゃないよ・・・。冬休みあんまり会わなかったからだって言うんだけど』
 翔の顔に、驚きと――――――諦めの様な表情が広がっていった。
 やっぱり、そう思った。
 足が、ガクンとなりそうになった。
『でもそれだけ好きって思われてるんだし、いいと思うけどな』
 ―――――・・・・・・っ
 その綾乃の言葉に薫が何を言ったのか、翔は聞かなかった。
 ゆっくりと耳を扉から離して、数歩よろけるように後ずさったあと、脱兎のごとく走りだした。階段で誰かにぶつかったけれど、謝る事も出来ず走り抜けて屋上への扉を開けた。
 扉を背中で閉めて、そのまましゃがみ込んだ。青空から降り注ぐ冬の太陽が目に痛い。
 風の冷たさに、耳が痛い。
「・・・んだよっ」
 ―――――やっぱりそうなのかよ。
 兄貴と薫、そうなんじゃねーか。
 っていうか綾乃、知ってるんじゃねーか。
 全然俺、味方一号じゃねーじゃん。むしろ知らないの俺だけなんじゃねーか!!
「くそっ!!!」
 ガツンっと打ち付けた拳はコンクリートの床に負けて、ジーンとした痛みと擦り傷を作った。
 でも、その痛さよりも何倍も何十倍も、気持ちが痛かった。
 小等部で出会ってから、色んな事があったけれど、薫とは親友だと思ってた。1番の親友だと思ってたのに。
 ポタっと涙がこぼれた。
 ―――――そうじゃなかったのかよ・・・っ
 なんで俺には言ってくれなかったんだよっ
 1番の親友だって思ってたのは―――――俺だけかよ!!
「ちくしょ・・・っ!!――――・・・んーだよ・・・っ!!」
 なあ、薫。
 1番に話してくれるのは俺じゃねーのかよ。俺の兄貴の事だろ?ずっと、子供んときから一緒だったじゃねーか。それなのに、なんで言ってくれねーんだよ。
 なんで言わねーんだよ!!
 なんでなんだよ・・・っ
 ―――――出会って2年の綾乃に俺は負けたのかよ。
「かおるー・・・」
 ―――――俺だけが、のけもんかよ。
 翔は歯を食いしばって、込み上げてくる哀しさを堪えようとした。こんな事で泣きたくなかった。涙なんか見せたくないのに、ポタポタと涙が落ちていく。
 最高に格好悪いじゃん。
 何日も何日もいっぱい悩んだのに。
「マジ・・・」
 俺、ダッセー・・・・・・し。
「はは・・・」
 翔はぎゅっと強く握った拳でグイっと目を擦って立ち上がった。
 そして、扉を開けて生徒会室には寄らずに教室へと向った。クラスのドアを開けたとき、ちょうどチャイムが鳴った。
「おはよう!」
 腹の底から声を出した。
「よう。なんだ一人か?」
 ちょうど入り口近くにいたコバケンと翔が言葉を交わす。
「ああ。俺ギリ来たから」
 嘘を吐いた。
 それに心は痛まなかった。普通にいつものように笑って、翔は席についた。鞄を開けると携帯が着信があった事を告げている。
 "綾乃"・・・綾乃2回電話をしてきていたらしい。翔はそれを見なかったことにして削除して、鞄に仕舞い直した。
 チャイムが鳴る。
「翔」
 後ろから綾乃の声が聞こえた。どうやら背を向けていた後ろのドアから入ってきたらしい。翔は、喧騒に聞こえないふりをして振り向かなかった。
「翔?」
 さっきより大きな声に翔の周りが反応して、翔の身体もピクリと反応したけれど、運良くやってきた担任に翔はやっぱり振り返らなかった。
 担任の、早く席につけ!という声が響いて、綾乃の声はもう聞こえない。
 席が離れていて良かった。
 授業中、2回手紙が廻ってきたけれど無視した。
 けれど、そうそう無視し続ける事は出来ない。
 次の休み時間、綾乃は翔のほうへやってきた。それを横目で意識しつつ翔は寺島というクラスメイトのところへ行った。
 寺島とは中等部の頃や小等部の頃同じクラスになったことが合って話した事もある。とりわけつるんでいたわけではないけれど、とっても広く考えれば交友関係の中には入る一人だ。
 そして、この寺島の事を綾乃は少々苦手がっていた。
 寺島も綾乃を嫌ってる。
 翔はそれを知ってる。
「よう。なぁ、次の現国の宿題やってきた?」
 寺島が少し驚いた顔をしたけれど、一瞬に消えて笑みを浮かべた。
「んーだよ翔。まさかやってねーの?」
「ばか、ちげーよ。寺(テラ)がやってねーかと思ったんだよ」
 案の定、綾乃の足が止まった。
「んなわけねーだろ。それよりさ、あそこ行ったか?」
 ほら、その程度さ。
「あそこって?」
「原宿の新しく出来たっていってたデカいゲーセン」
「ゲーセン?何、俺知らないし」
 俺に話しかけたくても、苦手なやつが傍にいるだけで逃げちまう。その程度なんだろ?
 薫にいたっては敏感に何かを察したのか、近寄ってこようともしやしない。
 ふん、いいさ。
 そうやって、俺だけ切ればいいさ。
 俺は、平気なんだ。
 薫や綾乃がいなくなったって、なんて事は無い。
 そっちがその気なら、こっちから切ってやる。
 ばいばい。





  「翔!」
 綾乃は、昼休みになってまた寺島と教室を出て行こうとする翔に声をかけた。翔より先に振り返った寺島の視線に一瞬怯んだ気持ちにはなったけれど、でも後ろに下がったりはしなかった。
「・・・なに?」
「―――お昼・・・」
「なに?」
 言いたいことなんかわかった。でも、クサった気持ちは綾乃を追い詰める事しか考えられなかった。この状況で綾乃が声をかけるということが、どれくらい勇気を出したかわかっていたのに。
 そんな事知るか、って気になってた。
 こっちの気持ちも考えろ。
 俺に嘘吐いたクセに。
 俺から薫を盗ったくせに。
「一緒に食べない・・・?」
「女子高生みてー」
 寺島が笑った。
 綾乃が唇をきゅっと噛んだ。でも、俯かなくなったのは、強くなったんだなぁって思った。綾乃を傷つけようとしてる寺島に腹が立ったけど、でも。
「行こうぜ」
 口をついて出たのはそんな言葉だった。
 寺島が綾乃を見て鼻で笑ったのもわかった。綾乃がどんな顔をしてるかも想像できた。とりまきが、同じようにニヤニヤ笑ってるのもわかっていた。
 そんな中にいる自分がどんだけ惨めかわかっていた。
 でも、翔は綾乃に背を向けた。
 だって、先に背を向けたのは、――――――そっちだろ?
 放課後も、綾乃は翔に声を掛けたけれど用事があるといって背中を向けた。その背中を向ける瞬間、綾乃越しに薫と目が合った。
 その目を、翔はそらして歩き出した。
 ―――――なんだよ・・・っ
 向こうが悪いのに。
 なんでそんな顔すんだよ。こっちが悪いみたいに見るなよ。
 なんだよ。
 なんなんだよ。















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