哀しい笑顔が切なくて -ナツside- 2
あ・・・ 学校からの帰り道をとぼとぼと歩いていると、向こうから歩いてくる圭の姿を発見した。帰りが遅いから、迎えに来てくれたんやろか? 「圭」 「ナツ。良かった。帰りが遅いから心配して迎えに来てしまいましたよ」 やっぱり。 「ごめんな」 俺を見て、ちょっとホッとしたように笑って言う圭。答えは予想通りで。相変わらずなカジュアルスーツの姿がかっこいい。俺しかおらん家で、こんな格好じゃなくてもいいのにと思うけど、スーツ服は圭に似合うから好きや。 「何か、あったんですか?」 並んで歩き出した俺に、圭は聞いてくる。俺は俯いてた顔をちょっと上げて、圭の顔をまじまじと眺めてしまう。 「なんで?」 「帰りが遅かったし」 「し?」 「元気がないから」 うん。元気は、今はちょっとないかも。 「ナツ?」 呼ばれて見つめる圭の顔。圭の全部が好きやのに、なんでやろ。今はちょっと一緒におるんが辛い。ちょっと心臓が痛む。 "恩とか、お金とかで圭を縛り付けないで" その言葉が頭から離れへん。冬木の言葉に振り回されてるって思うとむかつくけど、でも、しょうないよなぁ。それは、忘れようとしてたけど、俺ん中から消えることのない不安やったから。 「俺、圭の事好きやで」 「どうしたんです?」 突然言い出す俺に、圭はやっぱり驚いた顔になった。驚きながらも、でもちょっと笑ってる。そういう顔もめっちゃ好き。 だから、こんな事言うんはただ冬木に振り回されてるだけやって、俺ってアホやなぁって思うねん。 でも、今は止められへん。 「圭は?圭は、俺の事――――」 ほんまに、好きなん? 「愛してますよ」 途切れた質問は、圭にはちゃんと伝わってた。ふわって、圭が笑って。それこそ、世界一綺麗な顔になって。 「世界中で1番、ナツを愛してます」 俺の1番欲しい言葉をくれた。 そして圭の顔は、蕩けるくらいの笑みで優しくて。俺はいつも圭のこんな顔見るたびに、圭のこと信じられるって思ってきた。 でも今日は、それだけじゃぁちょっと無理。 それぐらいちょっと、冬木の言葉に俺は参ってた。 "圭は、今僕が住んでいる場所も知ってるし、来てくれた事もあるよ。" 「圭は、冬木の家、知ってる?」 「え、どうしたんですか、いきなり」 なんか、圭が慌ててる。話の展開がちょっと唐突すぎたやろか? 「聞いたらあかん?」 「いえ・・・」 「知ってるんやんな?」 ううんって、否定して欲しいのに。 「ええ。聞いています」 肯定される言葉。 「行った事も、あるんやんな」 もう、断定的な聞き方。だって、答えなんかわかるやん。それこそ、圭の顔見てたらわかる。 「ナツ?」 圭がちょっと慌てたように俺の腕を掴んだ。その顔にはなんか、焦りが見える気もする。なんで?焦らなあかんような事あったんやろか? 「あるんやな」 「――――確かに、1度だけ行きましたがそれは・・・っ」 「お葬式の時!抱きしめたんもほんま?」 「っ、ナツ・・・」 ほんまなんや・・・・・・ 「ナツ、聞いてください。それは―――っ」 「圭!・・・家、ついたで」 ごめん、今はもう聞きたない。 俺は圭の言葉を遮った。だって今は聞く余裕ない。冷静に聞いていられる自信がないねん。でも、なんとか無理矢理笑ってみて。俺は家を指差した。家まで5,6メートル。 「ナツっ」 俺は圭の腕を振り切って、家まで走った。そしてそのまま靴を脱ぎ捨てて、階段を駆け上がって部屋へと駆け込む。ガチャッっと乱暴に扉を閉めて、その扉を押さえるように背中を押し付けてしゃがみこんだ。 耐え切れない涙が、込み上げてきて。 すぐに階段を駆け上がってくる足音が響く。そして、ドアノブがガチャガチャと音をたてた。 「ナツ!?」 開かない扉に、圭が声を慌てさせる。 「・・・っ」 「ナツ!?」 「一人にして!」 「ナツ―――!?」 「一人で、考えたい事あるから」 ポタって膝の上に涙が落ちた。一粒落ちたら後はとめどなくて、ぼたぼたと制服を濡らした。染みになったらどうしようとか、変に冷静に考えながら、俺は頭を抱え込んで声を殺して泣いた。 なんか、泣くのなんか久しぶりやった。 どれくらいたったんやろか。気の済むまで泣いて、俺はちょっとスッキリした。 「・・・はぁ――――グズッ」 わぁーわぁー泣いた所為か、鼻水が垂れてきて。俺はのろのろと這ってティッシュを取りに移動した。 「ズゥーッ!チィーン!!」 ・・・色気のない、盛大な音をたてて鼻をかんで。ゴシゴシと目を擦ってため息をついた。 えーっと・・・ 俺が今わかってるのは、俺に嫌がらせをしてきたのが冬木って事。その理由は冬木が圭を好きだったからって事。圭が俺に内緒で冬木の家に行った事。お葬式の時冬木を抱きしめたって事。それだけ。 ・・・って結構あるな。 でも!圭が冬木を本当は好きなのか。―――俺の事は、恩とかで一緒にいてくれてるだけなんか。そんな事はまだ可能性だけや。 確かめたわけちゃう。 ・・・確かめたくないけど。 冬木の言うてる事が全部ほんまやったら、俺は一体どうしたらええんやろう。俺が邪魔者やったんやったら。今までのことが全部嘘やったんやったら。 「・・・・・・・・・」 あかん!!だからそれは全部可能性やん!まだ、結果は出てへんやん。 「・・・・・・・・・」 ガン!!! 「―――痛っ!」 俺は気合を入れるために壁に頭を打ち付けた・・・けど、気合入れすぎた。まじ、痛い。 俺は思わず頭を押さえて、しばらく動けへんかったけど。大きく息を吸い込んで、思いっきり吐いて。 ――――よし!! 気合を入れなおして立ち上がった。扉の前でもう1度深呼吸して思い切るように大きくドアを開けた――――― 「圭っ」 そこに、圭が、いた。てっきり下にいると思ってたのに。 「ナツ・・・」 「・・・圭」 こんな青い顔した圭、初めて見た。 こんな頼りなげな圭、初めて見た。 びっくりして俺の身体が固まってしまっていると、圭は腕を伸ばしてきて俺を目一杯抱きしめた。それこそ背骨が折れると思うくらいの、強い力で、ぎゅーって。 「大丈夫ですか?」 「へーき」 心配そうな声。音、聞かれてたんや。めっちゃ恥ずかしいやん。 「ナツ、私の話を聞いてください」 切ないくらいに、揺れている声。なんか、もう、これだけで答えをもらった気になった。俺は、何を不安がってたんやろ。 「俺も、話したい」 ちゃんと、話しな。 俺はさっきとは違う意味で、やっぱり話をしなって思って圭を部屋へと招きいれた。部屋の真ん中に、なんや変な感じやねんけど向かい合って座った。 「さっきの話ですが、譲くんの家に行った事があるのは事実です。それをナツに言わなかったのは、別に他意があったわけじゃないんです。そんなに、言うほどの話ではなかったから」 「うん」 俺は圭の話にあっさり頷いた。すると、圭がちょっと拍子抜けしたみたいに、びっくりした顔になった。 「圭は、お葬式の時冬木のこと抱きしめたん?」 「それはっ・・・」 「圭?」 さっきまで自信が戻ってきてたのに、そんな顔されたら気持ちがしぼんでしまうやん。 抱きしめたって事実を肯定されるだけで、ちょっと凹むのに。 そんな俺の顔をちょっと見た圭は、ためらいながらも口を開いた。 「こんな事、勝手に話していいのかわからないのですが――――譲くんの家庭が今大変なようで」 「大変?」 「とても仲の良いご両親だったのに。お母さんが不倫の末に家を出て行かれて。お父さんは離婚はしないと言って譲くんと二人がんばっていたらしいのですが、そんなお父さんにも新しい女性が出来て。お母さんとは別れてその女性と再婚すると。そんな話をあのお葬式の席で初めて聞かされて」 ・・・・・・え・・・全然、そんなん、知らんかった。冬木は、お父さんの仕事の都合で、家族でこっちに越してきたんちゃうん? 「譲くんは随分参っていたようでした」 「うん」 「それで、思わず抱きしめたのですが」 「・・・うん」 「でもっ、それは弟を抱きしめる様な、そんな気持ちだったんです!」 ・・・うん。・・・・・・そ、っか。 「ナツだって、春哉様に抱きしめられたりするでしょう?そういう事ですよっ」 俺は納得してんけど、でもなんかやっぱりちょっと面白くないって言うか、そんな気持ちで上手く返事が出来へんくって黙ってしまっていたら、まだ俺が怒ってると思ってるのか圭がちょっと焦って言葉を繋いだ。 「ナツ?」 「ふーん・・・」 あかん、俺ってやっぱまだまだ子供で。ちょっともやってする。 「ナツ!?」 するとさらに圭が慌てた様子で、こっちを窺ってくる。なんか、こういう圭ってなかなか見られへんから、もうちょっと拗ねてみよっかなぁ。 なんて。 「ふーん」 だから、ちょっとわざとこんな返事。 「ナツ!?まだ誤解してます!?」 ちょっと俯いた俺の下から窺うように圭が見てきて。ちょっとおろおろしてる。こんな圭、初めて見た。今日は初めての圭をいっぱい見たな。 もうちょっと見てたいから、もうちょっと意地悪に色々聞いてみたい。 「聞いてもええ?」 「はい」 ちょっと、ドキドキした。 「圭は、俺が佐々木夏じゃなくても、好きになった?」 「え?」 「・・・もし、俺がもっと貧乏な家の子で、俺たちは全然違う会いかたをしても、圭は俺の事好きになった?」 「それは、―――わかりません」 え・・・。え!? 考えながら言う圭の言葉は、俺の想像とは違ってて。 「私は、両親を亡くしてここに来て、佐々木家に出会って、そしてナツを好きになりました。他の誰でもない、ナツを」 「うん」 「それじゃあ、ダメですか?」 「ダメちゃうけど。じゃぁ近くにおったから俺なん?」 あ、なんかちょっと、泣きそうかも。 「近くにいたのはナツだけじゃありませんよ?春哉様も真理子様も。友人もいましたし。でも、好きになったのはナツでした。ナツだって、近くにいたから私を好きになっただけですか?」 「違う!!」 絶対違う。圭やから、好きになった。 「そういう事です」 「そっか・・・」 うん。 「人を好きになるって、理屈じゃありませんからね」 「うん」 「それこそ、―――――運命です」 「・・・運命の、人?」 俺が?圭にとって? 「もちろんです」 「・・・うん!」 俺はもう全部どうでもよくなって、嬉しくって圭に抱きついた。ぐずぐず悩んでたんもなんもかんも、全部どうでもいい。 ただ、俺は圭が好きで。 圭も俺が好き。 それは絶対な事実で変わらなくて。 それが俺にとって最高に幸せ。 それだけでいい。 でも、じゃあ―――――冬木は・・・? |