哀しい笑顔が切なくて -譲side- 1 



 僕は何をしようとしているのだろうか。
「冬木、話って何なん?」
 12月22日終業式の後、誰もいない空き教室に佐々木を連れ出して、僕は何を言おうとしているのだろうか。
「うん」
 言っちゃいけない。黙っていなくてはいけないと思っているのに、言わないといけないと言うか、言わないと気が済まないというか、前へ進めないとでも言うような、そんな身勝手な思いに僕は今突き動かされていた。
 そう、まったく身勝手なのだ。
「冬木?」
 けれど、それで全部壊してしまえばいい。―――とも、思う。
「あのさ、佐々木くん、・・・ちょっと前まで嫌がらせされてたよね?」
「―――うん」
 佐々木が目に見えて驚いた顔になった。何故僕が知っているのか、何故そんな事を急に今言い出すのかわからないとでも思っている顔だ。
 だらしなく机にもたれかかっていた腰も、思わず浮いている。
「あれね、――――あれ全部僕がしてたんだ」
「・・・・・・え・・・」
 凄い、唖然とした顔になった。口がバカみたいに半開きになって、目が点って感じ。本当に佐々木はそんなこと全然考えてもいなかったんだろうね、僕が犯人だったなんて。
「全部、僕がしてたんだってば」
 なんだか、佐々木の顔を見ていると。・・・僕は胸がスカっとした。いたずらが、成功したような、そんな感じ。
「・・・まじ?」
「うん」
「なんで?」
 あれ?意外。もう気持ちが復帰してきたのか、佐々木の目がきらりと強く輝いて、しっかりした言葉で切り替えしてきた。少しつまらない。もうちょっとダメージ受けてくれてもいいと思うんだけどね。
 ・・・それにしても、理由とか、聞いてくれるんだ。意外だな。いきなり頭に血が上って殴りかかってでも来るかと思っていたのに。予想が、はずれちゃった。
 だから、なのかなんなのかわからないけど。僕はもっとハッキリ言ってやる事にした。
「佐々木が嫌いだから」
「・・・、俺、冬木になんかした?」
「直接はされてないかな」
 なんだかちょっと、笑いたくなってきた。
「じゃあ、なんでなん?」
「んー・・・僕、圭が好きなんだ」
「っ!!」
 うわ、すっごい驚いてる。目がこれでもかってくらい見開いてるんですけど、そんなに開けたら目玉落ちるんじゃないのか?
 っていうか、すっごいバカ面になってるよ。
「ずっと、ずっと好きだった」
「・・・・・・」
「佐々木よりも、ずっとずっと好きだよ」
 そう。思いの強さじゃぁ負けない。
「・・・嘘だろ」
「嘘じゃないよ。好きだったから、圭が関西に来てからも遊びに来てた。会いたかったから。佐々木が圭を好きになるよりも前から、僕はずっと好きだった」
「・・・・・・」
 そう。僕の方が先だったんだ。それなのに、佐々木に取られちゃったから。だから悔しいのかな。僕は、諦められないんだろうか?だから今、こんなことしてるのかな?
「お葬式の時、久しぶりに再会して。僕の家が今ごちゃごちゃしてて悩んでるって話したら、いつでも相談に乗るからって言って、ぎゅって抱きしめてくれた」
「嘘だ!」
「嘘じゃないよ」
 佐々木、信じられないって顔してる。けれど、嘘じゃない。抱きしめてくれたのは、本当。
 それが、僕の期待していた想いとは違っていたけれど。
 それでも、その温もりが、僕にとってどれだけ嬉しかったか。佐々木には想像も出来ないだろうけど。
「圭も、僕の事ずっと気にしてくれてたんだ」
 たぶん、ね。
「そんな事、信じへん!!」
「信じる信じないは、佐々木の勝手だけど――――ねぇ、そろそろ圭を返してくれよ」
「な・・・っ」
「恩とか、お金とかで圭を縛り付けないで」
「そんなんちゃう!!俺はそんなんで縛ったりしてへん!!」
 うん。そんなんじゃないって、知ってる。認めたくないけど。圭が好きなのは、佐々木だって知ってる。佐々木だけだって、わかってる。それが、お金とか家とか恩とか、そんなんじゃないことも、ちゃんとわかってるんだ。
「そんなんじゃないって言い切れんの?」
 それなのに、僕は一体何を言いたいんだろう。
 顔も真っ赤にして目を見開いて怒ってる佐々木。
「圭は、今僕が住んでいる場所も知ってるし、来てくれた事もあるよ。――――そういうこと、佐々木は知らないだろ?」
「・・・っ」
 あ・・・。ショックですって顔になった。佐々木わかりやすいなぁー。唇きゅって結んで、ちょっとうろたえた様にこっちを睨んでる。
「何もやましくなかったら、言うでしょう、普通」
 だから、佐々木に追い討ちをかけたい。
 でもこんなの、すぐにわかる嘘。だって圭はちゃんと佐々木が好きなんだもん。それをわかってるのに、僕はどうしてこんな事言っちゃうんだろう。きっとこれで徹底的に圭に嫌われるんだろうなぁ。
 でもいいや。仕方ないよね?ただね、佐々木がムカつくんだもん。
「好きな人も、あったかい家族も、気のいい友人も、全部何もかも持ってて、当たり前って顔してて。その顔が、すっごいむかつく」
「・・・っ、家族は冬木だって!」
「大嫌い―――っ!!」
 佐々木がいきなり腕を伸ばしてきて、僕の胸倉を掴んだ。押されて、後にあった机に足の付け根辺りをぶつけてしまった。
「・・・何?」
 ちょっと痛い。でも、佐々木の顔の方が、ずっと痛そうだな。
 僕は、佐々木を傷つけたかったのだろうか?
 僕が、苦しいように、佐々木を苦しめたいのだろうか?
「殴りたいなら、殴れば?」
 殴られたくはないけど、そう言ってみると、佐々木は悔しそうな顔をして僕から少し乱暴に手を離した。そして、僕とは目を合わせたくないとでも言うように、首を横にして向こうを向く。その頬が、腹立ちに赤くなっていた。
 傷つけたくても、傷もつけられなさそうな佐々木。だから、一瞬でも傷つけてみたいのかもしれない。
「言いたいことは、それだけだから」
 僕はそれだけ言うと、少し震えた足がもつれないようにわざとゆっくりと歩いて、佐々木を残し教室を出た。
 傷つけたいって思いは成功したんだろうか?
 僕はこれで満足?こんなことを望んでいた?そもそも何を望んでいた?
 答えなんか全然わからない。自分が自分の事を何一つわからない。ただ、心臓が、みっともないくらいにバクバクしていただけだった。





 言い切った脱力感なのか、緊張が解けてしまったからなのか。
 家に着いたら時間はちょうど1時過ぎで、東城和弘がちょうど起きて仕事に行く準備をしている頃。
 その事をすっかり忘れて帰宅した僕を待っていたのは、待ち構えていた東城和弘だった。
 階段を上って自分の部屋の扉を開けようとした瞬間、隣の扉が開いて逃げる間もなく腕を掴まれそのまま部屋に押し込まれた。
 まるで、押し込み強盗のようだ。実際に強盗に合ったことないけど。
 でも今は、東城和弘の存在は、強盗よりもタチが悪い。
「よう?」
「・・・どうも」
 軽い口調に胸が痛んで、つかまれた腕が、ちょっと痛い。
 顔を見るなんて怖くて出来なくて、僕は俯いた。やっと落ち着きかけていた心臓が、またバクバクしている。
「やっと、会えたな」
「・・・」
 嫌味言わなくてもいいじゃん。ばか。そりゃぁ、避けまくってたけどさ。
「なぁ、聞いてええ?」
 何?
「譲は、俺のこと嫌いなん?」
 嫌い?―――嫌い・・・嫌い・・・・・・、嫌い、・・・じゃぁない。
 ああそうか、僕は東城和弘は嫌いってわけじゃないんだ。今、知った。そうだったのか?
 強引で鬱陶しくて、勝手に人の中にずかずか踏み込んでくる、こいつを僕は、嫌っているわけじゃないのだ。
「譲?俺のこと、き・ら・い・な・ん?」
 再度問われるって事は、このまま返事をしないってわけにはいかないって事で、しかもその言い方。あんたは子供か。
 僕は飽きれながらも、無視するのは怖くて。すっごく微かに首を横に振った。
「そっか」
 うん。
「良かった」
 ――――うん。
「じゃぁ、・・・好き?」
 好き。好き・・・?それは、違う。好きじゃない。
「譲?」
「・・・わかんない」
 おいっ、何言ってるんだ。わかんないってなんだよ。ここは、はっきり好きじゃないって言うだろ!僕が好きなのは、――――圭だ。圭だけなんだから。
 それなのに、口が、はっきりそう告げる事を何故だか拒否している。僕の口でありながら、僕に逆らってるなんて。
「わかんないっか。・・・・・・じゃぁな、なんで、エッチしたん?もしかして溜まってただけ?」
「違うっ」
 溜まってたって!溜まってたくらいで男とセックスなんかするか!!
 僕は東城和弘の、窺うような試すような口調も頭にきて、カッと睨んで声を荒げた。けれど――――
「じゃぁ、なんでなん?」
 そう。なんでなんでなのか。それが僕にもわからない。今思い返せば、それは、なんとなくで、勢いで、流れ。・・・なんて事は、言えるはずもないけど。
「わかんない」
 だからそう答えるしかないんだけれど、そんな僕の頭上で東城和弘は盛大にため息をついた。
「わかんないわかんないって、それじゃぁ俺も全然わかんねー」
 ちょっと声が、苛立ってる。・・・やだ。怒んないでよ。東城和弘に怒られるのは嫌だ。東城和弘の分際で、僕に怒るな。
「じゃぁ・・・」
「ん?」
「じゃぁ、そっちはなんで僕なんかっ」
 って、僕のこの口はまた何を言い出してるんだ!
「俺は、譲が好きやって言うたやん」
「好き?好きってなんだよ」
 好きって意味がわかんない。好きって何?
「なんだよって・・・」
「じゃぁ僕の何が好き?」
 何にもない、僕の何がいいのさ。
「譲?」
「どこが好き?どれぐらい好き?」
 何を口走る気なんだこの口は。と、思っているのに。考えるよりも、脳の思考が追いつくよりも前に、勝手に動き出す口。頭が置いていかれる。
「何って・・・」
「ほら、答えられない」
 答えがない事が、何故か死にたくなるくらいに悲しくなってる。ずきずきする。こんなときばっかり頭が追いついてきて、何故か落ち込んで。
 わからない何かを、僕は期待してる?
「そんな言葉、信じられない。――――僕の何を好きって言うんだよ!」
 だって。
 だって・・・・・・
 だって―――――好きって――――っ!!
「・・・譲っ?」
「嘘つき!!」
 突然頭に血が上って、わけもわからなくて、ただ心臓の痛さに僕は咄嗟に手を上げて東城和弘の胸を押しのけようと、東城和弘に押さえ込まれている身体を暴れさせた。
 ああもう、僕は本当にどうかしてしまっている。けれどもう頭では僕の身体が止められない。
「僕の事なんて何にも知らないくせに!」
「おい・・・っ」
「僕がどんなに惨めで卑怯で、格好悪くて。誰にも好かれなくて。真面目ってだけで学校でも仕事押し付けられて。家でだっていい様にされて。あげくに再婚されて放り出されて。誰にも本当は必要となんかされてないって事、知りもしないくせに!!」
 また、涙腺が壊れたらしく。言葉が滑り出すと同時に、涙も込み上げる。
 だって、僕はこんなにも惨めだ。
「好きな人にも振られて。悔しくて悲しくて、佐々木に嫌がらせとかしたんだ。靴隠したり、教科書捨てたり、体操服切ったり――――靴に画鋲つけて怪我させたっ。暗くて、陰湿で、最低だっ」
「・・・譲」
「最低だっ」
 僕は悔しいのか悲しいのか切ないのか、苦しいのか、全然わからないけど。とりあえず心臓が痛くて。ドキドキしてバクバクもして。
 東城和弘に腕を振り上げてその肩をドンドンと殴りつけた。
 だって知ってる。圭がどれくらい怒ってるか。圭がどれくらい佐々木を好きか。自分のした事がどれくらいバカげているか。どれくらい格好悪いか。
 だから、ダメ。僕なんか、ダメなんだ。
 僕は東城和弘の肩や胸を殴って暴れて、腕の中から逃げ出そうと伸ばした腕を、今度は掴まれて、強く引かれた。
「あほ」
 笑い混じりの声とともに、ぎゅーって抱きしめられた。
「自分で意地悪しといて、自分で苦しんでどうすんねん」
 違う。苦しんでなんかいない。
「そんなんスパって謝ったらええねん」
「謝りたくなんかない」
 だって、佐々木は嫌い。
「譲・・・。お前もしかして結構意地っ張りやろ」
 ・・・そんなことない。
「意地っ張りで真面目で、頑張り屋さんやねんな。だから、いっぱい人より背負い込んで。一人で苦しんでる」
 違う。全然違う。僕は東城和弘の言葉に首をぶんぶんと横に振った。
 だって僕は、きっと、そんな綺麗じゃない。










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