希望と想いと嫉妬と不安 7
それからはもうなんだか綾乃の記憶はごちゃまぜだった。 死ぬほど恥ずかしいセリフを吐いた自己嫌悪に浸るよりもずっとずっと前に快感の波が押し寄せてきて。 舌先で弄られて、裏側を舐め上げられれば腰が揺れた。強すぎる快感と拭い去れない羞恥に、その行為が苦手なはずなのに何故ねだってしまったのだろうと疑問を浮かべてみても、考えをまとめるような猶予は無くて。 「ヤぁ――――っ、も、・・・ダメっ」 下肢を溶かす快感が、背中を駆け上がって。 「もう――――――・・・っ」 綾乃は限界を超えて、そのまま雅人の口の中でイってしまう。 その余韻に身体から力が抜けて、ぼーっとしたままに雅人に目を向ければ、嚥下したのがわかってしまいさらに綾乃の顔を赤く染めていく。 雅人の、濡れた唇が―――――――― 「あああ!!」 前の快感に置き去りにされていたが、指はまだ中に2本潜ったままで。その指を不意に動かされて綾乃が声を上げる。 跳ねた腰を押し付けられて。 甘い言葉を囁いたのは、自分だったのか雅人だったのか。 ただもう何も考えられなく、イったばかりなのにただそこに欲しくなってしまって。もっと存在を身近に感じたくて、いっぱい感じたかった。 それは、気づかなかった、もしかしたら心の奥底に溜まっていた想い? 意図せず、頭をもたげてきた気持ち? 「雅人、さん・・・っ」 もう十分指に馴染んで緩んだそこから指が引き抜かれて。 伸ばした指先に雅人の髪を絡めて、口では言えない言葉を精一杯表した。その時、雅人がふっと笑った気がしたけれど、快感の熱に半分頭がもっていかれていてそれを理解する事が出来ぬまま。 「あっ―――んんっ、ふ・・・ぁ―――――あああっ!!」 押し入ってきた熱い、望んだ欲望に意識はすべて持っていかれた。 その後は、全てを持っていくような、全てを掻き消すような、全てを奪っていくような熱に翻弄されて。望まれるまま、もたらされる快感のままに甘い嬌声を上げた。 まるでどこか遠い人のように思えてしまうことがある、大好きな人は今は間違いなく自分のそばにいて、自分を抱いている。 自分を抱きしめている。 遠くになどいない。 ここにいる。 ちゃんと傍にいて、ちゃんと横にいて、ちゃんと自分を見ていてくれる。 身体の中にいる熱がそれを教えてくれてるのに、伸ばした腕にその存在を感じるのに、何故か急速に切なくなってしまって、止めようもない涙がこぼれたような気がするけれど、あれは現実だったのか夢だったのか。 ―――――もっと・・・・・・ そう強請った気がするのは、夢? 怖い。 そう思ったのは、何に? 何もわからない。 考えられない。 ただ快感を追い、なんどもシーツを濡らして気を失うように雅人の腕に抱きしめられて眠ってしまって、熱に犯されてなんだか肝心な事を忘れてしまった気がする。忘れちゃいけない、そう思っていた気がするのに。 ・・・・・・ 試験休み中のその日、しかし学校には多くの生徒の姿があった。グラウンドでは、スポーツ特待生で入ってきた生徒達が練習を行っていて、その掛け声や笛の音などが生徒会室にも十分聞こえていた。 その室内、いつも通りの面々が顔そろえたその室内でただ一人、意味もなく立ったり歩いたり、窓を開けてみたりしている約一名。 「綾乃、落ち着かない?」 見かねた薫が苦笑混じりに声で問えば、綾乃はバツの悪そうに頬を赤らめた。 「・・・ごめん」 2学期早々に始まる文化祭の事で打ち合わせを兼ねて集まったのだが、どうにも話は進まない。まぁ、急ぎでもないからというのもあるんだろうけれど。 「何時からだっけ?三者面談」 「11時半からだから、もう直ぐ行くよ」 時計を見上げるのも、早何回目か。 「まぁ三者面談は嫌だよなぁー」 翔がしみじみとした声で言う。その本人は明日だから、どうやらまだ他人事でいられているらしい。 「翔の場合は嫌だよねぇ。こないだの期末テストの結果もそこで言われるんだし?」 「薫!!お前なぁ!!」 どうして忘れ去っている事を思い出させるんだ!!と翔が思わず声を荒げる。 「でも夏川は成績の心配なんか無いだろう?」 「・・・たぶん、まぁ。でも――――今回は先の事も聞かれるって」 「ああ、進路?」 そうか、と高畑は頷く。確かに2年の期末後が1番最初の進路確認の時期だ。この後2学期にはもっと話が濃くなって、3学期には基本的に決定させる。 もちろん3年になって変更するものも出てはくるが、とりあえず2年のうちに一旦の結論は求められるわけだが。 「でも今回はとりあえずだから、そんなに重く考える必要も無いと思うよ」 「はい・・・」 高畑のその言葉にも綾乃の顔はどこか憂鬱で。そのうちには悩みを抱えている事が感じられる。 はぁ・・・と再び大きなため息をついて、時計を見る。 「あっ、僕そろそろ行ってくるよ!」 話しているうちに時間がたっていた。綾乃は慌てた顔付きで扉に手をかける。 「いってらっしゃい。ここで待ってるから」 「うん。じゃあ」 薫の言葉にとりあえず笑顔を浮かべたけれど気持ちは既に三者面談の事で頭がいっぱいで、綾乃はばたばたと廊下を駆けて行った。 綾乃の不安は、当然成績ではなくて。 自分の将来のこと。 ―――――そういえば、雅人さんとそういう話した事無かったし。 それは互いになんとなくその話題を避けてきた所為もあるのだが。 ―――――だって、本当は高校だって行かないつもりだったし・・・ それがひょんなことから高校、しかもお金持ちの学校になんて入って、さらにその将来。そういわれても、綾乃にはどうしていいのか分からなかった。 子供の頃から将来なりたい職業とか夢とか持つ方じゃなかったし、そう心の中で呟いてみる綾乃だが、それは環境がそれを許さなかったというのが正しいだろう。だが、そうやって生きてきて、いきなり選択肢だけが増えたように見えても、結局はどうしていいのかわからないのだ。 ―――――それに・・・ 「はぁ・・・」 綾乃の心の中にある、もう一つの気持ち。 雅人と付き合っているからといって、いつまで南條家に甘えていいのか。 ―――――だって、僕は・・・・・・ 「あ・・・っ、――――雅人さん」 時間より少し早く教室に着いたはずなのに、そこには既に雅人の姿があって、綾乃は慌てて駆け寄った。 「ごめんなさい、遅れちゃって」 「いえ、まだ時間前ですよ。前の生徒もまだ中ですし」 そういって教室の中を指差すと、確かに中にはまだ生徒が母親と一緒にいる。 「良かった」 「生徒会室ですか?」 「うん。一応、文化祭なんかの事ちょっと話したりね」 「そうですか」 「雅人さんこそ仕事忙しいのに、ごめんなさい」 たぶん、本来、こういう事は一応親戚になるらしい陽子が役割なのじゃないだろうかと、それが綾乃の心に引っかかっていた。 「何を言ってるんですか?綾乃の将来の事ですよ。仕事なんかよりずっと大事です」 「―――ありがと」 だからといって、陽子に来られても困るのだが。 その時、話が終わったらしい教室の中で椅子を引くような音がして、ガラっという音と共にドアが開く。 その瞬間、生徒と母親が一瞬言葉に詰まった驚いた顔で雅人を見つめた。そこにその人がいるとは思っていなかったのだろう。 そんな2人に雅人は軽い笑みを浮かべ会釈をしてさっさと教室の中に入り、綾乃もきまづい顔を隠して後に続いた。 ―――――うわっ、先生もなんか緊張してるし・・・ 「どうぞ、お座り下さい」 「失礼します」 ―――――雅人さんは普通だけどなぁ・・・ 綾乃は自分まで緊張が移って来そうだなと思いながら席につく。 「では早速ですが、先日の学期末試験の結果がこちらになります。答案用紙は今度の登校日の返却となりますので、今は点数と学年順位、偏差値のみの報告ですが―――――夏川君はここですね、学年18番」 「がんばりましたね」 その成績を目に雅人は綾乃に笑みを向ける。 「どうかな、前と一緒くらいだと思う」 「そうだな、うん。だいたいいつもこれくらいを維持していると思います。夏川は理数系が少し苦手だろ?」 「はい」 「そこで少し点が落ちるので10番内に入らないんだよ、ちょっと勿体無いな」 担任の言葉に綾乃は肩を竦めた。そうなのだ、綾乃の場合満遍なくというよりは、文系科目がとても点が良く、理数系が少し落ちるという若干バランスの悪い点の取り方をしているのだ。 「理数系ですか・・・、今度から少し教えましょうか?」 「え、いいよ。別にそこまで悪くないし、ね?先生」 「そうですね。もちろん進学先にもよりますが―――――」 いいキッカケを得たと思ったのだろう、担任がすかさず本題に入った。その言葉に綾乃の顔に、緊張が走る。 「進学先は、このまま上にと思ってよろしいのでしょうか?」 「私はそのつもりなのですが―――――」 雅人が言葉を切り、担任と雅人の視線が綾乃に向かう。 「え、っと・・・」 綾乃が言葉に詰まって顎を引く。けれど、黙っていては話も進まないし2人は綾乃の答えを待っているのだ。 「僕は――――」 ゴクっと喉が鳴った。 「まだ、先の事は考えてないっていうか・・・」 「進学しないのか?」 切り替えしてきたのは雅人ではなく、驚いた顔をした担任の方だった。 「えっ、あ・・・」 「夏川の成績ではそれは勿体無いと思うけどな」 「でも僕、――――大学行ってまでしたこととか、無いし」 自分で言葉を吐いて、自分が将来に夢を持っていないことを再確認して綾乃の気持ちは勝手に落ちていく。 それに、お金だって。 「うーん、それを大学に行って見つけるのもありだろ?結構そういう子も多いぞ。まぁ、この学校の生徒は将来像をしっかり持ってる生徒も多いけど、それは世間からすればまれだと思うしな」 「・・・はぁ・・・」 担任のいう事が尤もな事だというのも綾乃にはわかっていたが、けれど素直には頷く事が出来なかった。 だって、なんだか何もかもが不安定で。 思わず視線を向けた雅人は、綾乃を見てはいたけれどその表情からは真意を読み取る事は出来なかった。 ―――――雅人さん・・・? 何、考えてるんだろ。 「まぁ、すぐ結論を出す必要も無いわけですから、考えて見ましょう」 困り顔の綾乃を見かねたのか雅人がそう口を挟むと、担任もすぐそれにならって頷いた。 「そうですね。ゆっくり話し合ってください」 「はい」 「夏川もな」 「はい・・・」 「とりあえず、内部進学という方には入れておきます」 「お願いします」 ―――――行くって、言って無いのに・・・ 綾乃の戸惑いを無視して二人でそう言い合う声を綾乃は不満な思いで聞いていた。 戸惑う自分だけがここにいて、周りはどんどん歩いてしまう。勝手に、動いていってしまう。 なんというか、いつも自分が置き去りに物事が決まっていく気がしてしょうがないと思う。それがなんだか最近凄く、嫌だ。 ―――――何がってわけじゃないけど・・・・・・ 本当は、急に接近して来なくなった1年生の事も、もしかしたら雅人さんなんかしたのかな?って気になってるけど聞けなくて。水口達の事だって結局一人じゃあ処理できなくて薫や翔に心配かけて。 自分じゃあ何も出来ないんだって、わかってるけど。 だからって、勝手に決められたくない。 やだ。 「後は夏川くんは学校で特に問題になるような事は無いですね。遅刻も無いし、休みも無いし、友達もいますしね」 「ええ」 「心配されるような事は見当たりません」 担任の言葉が綾乃の耳を通り抜けていく。だって、心配って。 僕が色々あった事とか知らないくせに。 なんだよ。 「ありがとうございます。今後もよろしくお願い致します」 |