・・・4・・・
12月25日、クリスマスの日。南條家は朝から、大忙しだった。 夕方にはかならず帰宅するからと言い残して、いつも通り出勤して行く上の兄二人を見送った後、二人、特に雪人は大はしゃぎで大きなクリスマスツリーを飾りつけた。それは、かなり大きなもので、朝から始めたのに終わったのは1時少し前だった。 それを見計らった様に松岡が昼ごはんにサンドイッチとスープを運んで来た。ダイニングは夕飯の準備で散らかっているからという事で、それをリビングで食べ、午後は午後でリビングの飾りつけや、玄関、庭などのかざりつけなどをした。 綾乃は内心、これは片付けるのも大変そうだなぁ・・・と思ったが、雪人がとても嬉しそうにしているし、綾乃自身もこういうクリスマスを過ごす事自体が初めての体験で、それは何より新鮮な事で、嬉しくて楽しかった。 そして二人の努力の結果、夕方には南條家はすっかりクリスマス色に染められていた。 「兄様たち、これ見たらきっとびっくりするね!」 自分の成果に満足そうに雪人は言う。 「そうだね、すっごくがんばったもんね」 「ねぇ!」 二人は顔を合わせてくすくす笑う。その間にもキッチンからはいい匂いも漂ってくる。目一杯がんばった二人は、もうお腹がぺこぺこで、その匂いにさっきからお腹がぐーぐー鳴りっぱなしだ。 「兄様たち、まだかなぁー」 時計を見ると、6時を少し回ったところ。 「もう帰ってくるよ」 「うん」 綾乃と雪人はリビングで兄二人の帰りを待ちわびつつごろごろしていると、10分後玄関の門扉が開く音が聞こえ、車の音が響く。続いて松岡がリビングに顔を出した。 「帰られたみたいですよ」 「やった!」 雪人は大喜びで玄関まで駆けていく。 「雪人様、廊下は走ってはいけませんよ!」 「はぁ――い」 返事をしながらも、駆けていく。 「聞いてませんねぇ、もう」 「待ちわびていましたから」 雪人のその後ろ姿にくすくす笑いながら、綾乃と松岡も出迎えへと玄関へと急ぐ。 「おかえりー」 「おかえりなさい」 「おかえりなさいませ」 「おう、ただいま!わりいな、遅くなって」 直人が、雪人の頭をくしゃくしゃになでる。 「ただいま帰りました」 「おかえりーもう待ちくたびれたぁ〜」 「すいません」 足にじゃれつく雪人に、雅人は穏やかに笑って答える。 綾乃は、そんな、なんでもないような絵を見て、少し鼻がつんとした。 ―――あったかいなぁ・・・ 羨ましい、と純粋に思う。 叔父の家でもそうだった。自分の目の前には見えない壁があって、決してそこを超えて行く事は自分には出来ないと思う。自分とその人達の住む世界が違う事を思い知らされる、時。 もう、嫉妬する気持ちも、ひがむ想いもない。ただ、仕方ないなという、諦めがあるだけ。 それでも、ここでは、自分にも笑顔が向けられる。 綾乃は、それだけで十分だと思う。多くを望もうとは思わない。人には、生まれもって与えられている者とそうでない者が存在する。自分は後者だっただけ。 「さ、食事の準備も出来てますから」 「ええ」 雪人が直人の腕をひっぱってリビングへ駆けて行く。その後を松岡が追う。やはり、なにやら小言を言っている。 家族の風景。 「綾乃」 「はい? その風景をぼーっと眺めていた綾乃は、ふいに後ろから呼ばれてびっくりして振り返る。自分がどんな顔でその後ろ姿を見ていたのかなんて、考えてもいない顔。 その、綾乃の顔を見て、雅人は密かにため息をつく。 その瞳が、少し濡れているのも、きっと気がついてない。泣きたい時に泣かないで、ずっと我慢してきたから、きっここで涙が出る意味すらも、もうわからなくなっているのだろうかと思うから、それが悲しいと思う。 雅人は、ただ無言で綾乃を抱きしめた。 「雅人さん!?」 いきなりの雅人の行動に綾乃はびっくりする。 しかし、それには答えないで、雅人は一層腕の力を込めて抱きしめる。 自分は抱きしめる事しかできないのかと思うと、自分自身が腹立たしいとさえ雅人は思った。 どんなに自分が我慢しているか、苦しんでいるのか、耐えているのか自覚のない綾乃。それほどに深い傷。いや、傷を負っている事にすら、わからなくなっているから。 慰めの言葉を口にするのは簡単。大丈夫だよ、と言ってやるのはたやすい。 けれど、それじゃぁダメな事もわかっているから、口に出来ない。10年以上かけて、傷つけてきた心。自分の心を傷から守るためについた、たくさん嘘。溜めた涙。ちょっとの言葉なんかじゃ、届かない。時間が、たくさんの時間が必要なのだとわかっている。 わかっているけれど、もどかしいと思う。 何もできない無力な自分が、くやしい。 言葉じゃなくて、心でわかって欲しい。ここが、家族なのだと。 「雅人さん?」 「すいません、なんでもありませんよ。さ、行きましょう。これ以上待たすと、雪人が暴れ出します」 「はい」 綾乃が、笑う。 今は、それで満足しなければと、雅人は思った。 クリスマスディナーは、松岡の言葉に嘘はなく、腕によりをかけた素晴らしい料理の数々がテーブルに所狭しと並んでいた。鳥の丸焼きに、スモークサーモンのマリネ、魚のテリーヌ、ローストビーフに野菜のゼリー寄せ。ミートパイに生ハムとトマトのシーザーサラダ、ほうれん草のラザニアに、シーフードピザ、ビーフシチューなどなど。 まず、大人はシャンペン、子供はシャンメリーで乾杯して、その素晴らしい料理に舌鼓をうった。 元々、食の細い綾乃は、全種類を食べようと思うと、少しづつしか食べられいほど。 そのどれもが素晴らしくおいしくて。 楽しくて。 夢のようだと、綾乃は思った。 「綾乃、綾乃の歓迎会も兼ねてんだから、遠慮せずにもっと食え」 「はい、いただいてます」 「それで〜?ってか、その話し方・・・・・・」 「あ・・・・・・」 ―――そうだった。昨日、雅人さんにも言われたんだった。 「すいません、つい」 「ついって」 ―――向こうでは、こんな感じだったから、つい。 「綾乃様は、直人様と違って食が細いんですよね」 「俺と違ってってとこ余計、松岡」 「すいません」 松岡は笑みを浮かべながら、綾乃に料理を取り分けてやる。 遠慮して、自分からはあまり取らないのがわかるからだ。その横で、雅人もせっせと綾乃の皿に料理をいれる。 「これ、おいしいですよ」 そう言っては、また綾乃の皿にいれる。たちまち、綾乃の目の前の皿はいっぱいになっていく。 「あの、そんなに食べれません」 「そんな。まだ、食後にケーキもあるんですよ」 松岡の言葉に、綾乃はだったらもう入れないで欲しいと思った。ケーキは絶対食べたいから。 ほどなくして、テーブルにたくさん並んだ料理は、あらかたがなくなった。絶対量多すぎだって思っていた綾乃はびっくりしたが、松岡は家族の食べる量をちゃんと把握しているらしい。雪人と直人が結構食べるタイプなのだ。かなりの量を二人で食べていた。 4人はその後、リビングへ移動した。 そこへ、ケーキとお茶が運ばれる。雪人にはミルク、綾乃と雅人には紅茶、直人はコーヒー。 ケーキも松岡の手作り。 それは、生クリームたっぷりイチゴがふんだんに使われたケーキ。イチゴは上にも中にもたっぷり使われ、中には桃もやブルーベリーなども入って、2層になっている。 それを松岡が、綺麗にきりわけて配る。 「うわぁーおいしそう!!」 ―――凄い、おいしそう。桃も入ってるっ・・・・・・ 素直に感想を言う、雪人。 口には出せない、綾乃。 一番先に口に運ぶ、雪人。 周りうかがってから口に入れる、綾乃。 年が違うのを差し引いても、そのあまりにも違う反応に、他の3人の口からはそっとため息が洩れる。 ばかな大人には気付かないくらいの綾乃の慣れた仕草。 それでも、聡い者が見ればわかってしまう。ましてや、ここにいる二人は大きな物を背負って立つ二人、そしてその二人を育て見守ってきた人。わからないはずがない。 「おいしいですか?」 ケーキを食べる二人に雅人が聞く。 「うん!」 雪人は即答する。しかし、綾乃から返事がない。 「綾乃は?おいしいですか?」 「えっあ、はい!凄い、おいしいです。あ、あの、すいません、雪人くんに聞いたのだと思ったので・・・」 家族といるとき、綾乃は一歩引く事が身についている。しかもこんな席にいる機会が滅多にない綾乃には自分が話しかけられるのになれていなかった。 失敗してしまったと思った途端に、綾乃の手が小さく震え出す。お皿とフォークがぶつかって、かちかちと音がするから余計に綾乃は焦ってしまう。 その手を、雅人がそっと握った。 「いいんですよ。大丈夫です。それより、もうワンカットどうですか?」 雪人はまだ一皿目。直人も雅人も。直人はもともと甘いものがそんなに好きではないので、薄いワンカットしか食べてない。 綾乃はうつむき加減で、その状況をそっと盗み見る。 「もう、おなかいっぱぁい」 雪人はふかふかの絨毯の上にねっころがる。 「雪人、お前は行儀悪い」 「だって、座ってるのも苦しいんだもん。食べすぎたー」 「ったく」 直人が笑って、雪人の相手をしている。 「僕も、お腹一杯です」 「そうですか?」 明らかに嘘とわかる返事。 「はい」 それでも、今はそれ以上は言えない。言えば困るのは綾乃。それが雅人には嫌というほど分かるから。 綾乃は、空いた皿をテーブルの上に置く。 心臓がどきどきして、緊張で身体が少し震えてるのがわかる。せっかく今までの凄く楽しかった気持ちが、一瞬にしぼんでいきなんだか泣きそうな気持ちになる。 小さな失敗が、心の余裕を全部奪い取って行く。自分がうまくやれてるか、嫌われないか、すぐ不安になってしまう。だって、ずっとずっと諦めてきたものをここでなら少し味わう事が出来るかもしれない、そんな淡い期待を抱いてしまっているから。だからこそ失敗したくない、嫌われたくないという強い思いがより一層かきたてられる。だから、ささいな失敗に過敏になってしまう。 「そうですか、では残りは明日においておきましょうね」 その思いが、痛いほど雅人や松岡には分かっていた。 「ええ。おやつにおだしします。綾乃様は甘いものはなんでも好きなのですか?」 「・・・はい」 「和菓子もですか?」 「はい」 「まじ?俺あんこ系はもっとだめ」 雪人とじゃれながら、直人が言う。 「僕もあんこはあんまりーでも、おだんごは好き!」 「お前は、なんでもおいしければいいんだろっ」 直人が、雪人をこそばして遊ぶと、雪人がきゃーきゃー声を上げる。 「特に好きなものはあるんですか?」 「桜餅が好きです。一度だけ食べた事があるんですけど、香りが良くて葉っぱも食べれて感動しました」 「そうですか」 この時、松岡は桜餅なら作れる、と考え、雅人もおいしいお店があったなと、考えていた。きっと、綾乃が桜餅に飽きるくらいになるのは、そう遠くない日。 「ねぇねぇ、今日サンタさんくるかな?」 「ああ、雪人がいい子にしてるんだったら来るぜ」 「僕、いい子だよーっ」 「じゃぁ、来るんじゃないか?」 「ん〜〜〜、じゃぁ僕お風呂に入って、もう寝る。サンタさん寝ないと来ないんだもん」 「じゃぁ一緒に入るか?」 「うんっ」 「じゃぁーちょっくら風呂入ってくるわ」 「ええ」 二人はそういうとバタバタと足音を立てていった。 二人が風呂に行ってしまったのをきっかけにパーティーはそこでお開きとなり、片付けは明日する事にして綾乃は2階の自室に戻った。 そこで目にしたものに、綾乃は驚いて立ち尽くした。だってベッドの上に、大きなリボンがついた包みがある。 「これ・・・」 添えられたカードを取り上げると、そこにはメリークリスマスと書かれてあった。 ――――うそ・・・ 綾乃は慌ててそれを置いて回れ右して、雅人の部屋へ向かった。 すると雅人は、自室で書類を広げているところだった。クリスマスでも仕事はあるのが大人の世界だ。 「あ、お仕事中ですか?」 「少し書類に目を通してただけですよ。年末年始はなにかとばたばたしてしまって。受験時期ですし、先生の入れ替えや査定の事や、南條家の事やなにやらで、って綾乃に言っても仕方ありませんね、すいません。そこに座ってください。それで?」 「あ、はい・・・・・・あの、部屋の包みを見たのですが・・・」 その言葉に、雅人は笑みを浮かべた。 「それで来ると思っていました。本当は夜中にこっそりするつもりだったんですけど、まぁ、もう信じている年でもないと思って。雪人には、夜中にこっそりなんですけどね」 「はい」 「気に入っていただけましたか?何が良いのか全然わからなくて。まだ、綾乃の事をほとんど知らないものですから。もちろん、これから知っていきたいとは思っていますが。気に入ってもらえるか、それだけが心配だったのです」 「あ・・・いや、まだ、開けてないので」 なんだかとてもにこやかな雅人に綾乃は少ししどろもどろになりながら言葉を紡いだ。 「どうしてです?子供というのは、プレゼントをもらったらお礼を言うのも忘れて開けてしまうものでしょう?」 「はぁ・・・」 そんな事を言われても、綾乃にはプレゼントをもらうという習慣がまったくないし、そこまで子供でもない。 もっと正直に言えば、うれしいというよりは戸惑いの方がはるかに大きいのだ。素直に喜ぶよりもさきに、その先に何かあるのかと勘ぐってしまう。 「是非、開けてきてください。ああ、一緒に行きましょう。綾乃の反応が見たいです」 「ま、待ってください。えっと、・・・・・・あの・・・」 どう言えばいいのか、綾乃は困ってしまった。 プレゼントをもらって、困るとは絶対言えない、そんな失礼な事いえるわけもない。しかし、しかしこのままでは困る。それは、絶対なのだ。どうにかして辞退したいと思う。何故受け取れないのかとか理由なんかない。ただただ、こんな事されたこともなくて困惑してしまうのだ。 断りの言葉を考えてから来れば良かったのだが、そこまで気が回らないほど、動転していた。 「綾乃」 その気持ちが、雅人には手に取るようにわかった。 普段、腹黒いたぬき親父たちを相手にする事が多いのだ。それにくらべれば、綾乃の考える事など雅人には一目瞭然の事。 「はい」 「受け取ってはいただけないのですか?」 「えっ!あ・・・・・・いえ」 「そんな、泣きそうにならないでください。私が虐めてるみたいじゃないですか?」 笑って言う雅人の言葉に、綾乃の身体がビクっと反応する。 そんな様子に苦笑を浮かべ、下を向いてしまっている綾乃のあごに手をかけそっと上を向かせる。 「・・・・・・あの、僕、」 「松岡からのプレゼントは受け取ったのに、わたしからのはダメなのですか?」 「え?」 「クリスマスディナー、あれは松岡からのクリスマスプレゼントなのですよ。全ての食材を自分で選び調理する。もちろん費用も松岡が出してます。あれは、私たちが子供の頃から恒例なんです」 「・・・・・・知らなかった」 「でも、受け取った。それなのに私たちからの物は拒否するなんて、あんまりじゃないですか?」 「・・・雅人さん」 その言い方は卑怯だと思う。そんな風に言われて、断れるわけがない。 「さ、部屋へ行きましょう。早く開けてください」 「はい」 嬉しそうに言う雅人に綾乃はしぶしぶ頷かないわけにはいかなかった。綾乃は、雅人に背を押されて自室に戻り、プレゼントを開けた。 「・・・・・・これ・・・・・・」 四角い形の雅人からのプレゼント。開けてみるとそれは、憧れのサッカー選手のサイン入りのユニフォームが額にいれられた物だった。世界的にも有名な人のそれは、かなり高価な物。 「綾乃が好きな選手ですよね?私はどうもそういうのに疎いのですが」 「・・・はい、すごい、好きで・・・憧れてて・・・」 綾乃は、あまり驚きと嬉しさに言葉が出てこない。その絶句している綾乃の反応を見て、自分の選んだ物が間違ってなかった事を雅人は確信して、ほっとした。 「・・・すごい・・・これ、どうやって手に入れたんですか!?」 「ま、色々と、ツテがあるんですよ。そこまで喜んでもらえるのでしたら、ツテとコネをフル活用した甲斐がありましたね」 「凄い、ほんとにありがとうございます!」 綾乃は、雅人にお礼を言いながらも、目はずっとユニフォームを見つめたまま、目が離せない。 その様子にくすくすと雅人は笑う。 「壁にかけておくといいですよ。松岡に言うと、手伝ってくれます」 「はい。絶対そうします」 「綾乃、凄く喜んでもらえたのはうれしいのですが、他の包みも開けてあげてください。それは直人からです」 「え!あ、はい」 綾乃はその額をそっとベッドの上に置き、もう一つの包みも開けた。 「なんです?鞄、ですか?」 「はい・・・あ、これポーターの限定ノベルティバックだ!」 「ノベルティ?」 「はい、確か映画とのコラボ企画でちょっとしか生産されなかった幻の鞄だって、雑誌に」 「あぁ、そういえば直人から何か聞いた事がありましたね」 「すごーい。これ、クラスでも凄い話題だったんですよ」 「そうなんですか」 「うわぁ。これどっちも飾っておかなきゃ!!」 「え、ユニフォームを飾るのはわかりますけど、鞄は使った方がいいのではないんですか?」 「そんな、ダメですよ!雅人さん、これ限定の超貴重な鞄なんですよ!!使うなんてもったいなくてできません!!」 綾乃が、必死で言うので、雅人はそういうものなのかと不思議な思いで納得した。よくわからないものだ。 「これは?」 もうひとつの小さな包み。 「たぶん、それは雪人からでしょう」 「え!?」 綾乃が包みをあけると、そこは文房具セットが入っていた。 不器用な字で、"受けん、がんばってね"と。 「ああ、すいません、あなたがここへ来る前に、雪人に綾乃は受験生なんだからお勉強しなきゃいけないから、邪魔しちゃだめだよって、言ってあったんですよ。たぶんそれで」 綾乃は、無言で首を振った。 そして、唐突に思い至った。いや、今までどうして忘れていたんだろう!! ――――僕、何も買ってない。何も用意してない! だってクリスマスのプレゼントを買うとか買ってもらうとかそんなこと今までに1度もなかったから。考えもしなかった。どうして考え付かなかったのだろう。 一気に顔から血の気が失せていくのが、自分でもわかる。 「綾乃?」 急に様子の変わった綾乃に、雅人が声をかける。 ――――お返ししなきゃいけないのに、全然考えてなかった。どうしよう。どうしたら、どうしたらいいの・・・ 綾乃にとって長い間、クリスマスは苦痛な日であって、プレゼントをもらったりあげたりする日ではなかった。小さな頃、何故自分にだけはサンタが来ないのかと泣いた時、父は、サンタなんていない、あれは親がやってるんだ、と言われた。 それを、近所の子に話して、のけ者にされた事もあった。 でも、小学校に上がってそれが本当だと知ったとき、ああ自分には一生縁がないものなんだな、と思ってそれ以来すっかり忘れていた。忘れなきゃつらかったから。 それに、クリスマスは家にいていいのかいない方がいいのか考える事の方が重要な事で、プレゼントを何にするか悩む事などありえなかった。 「綾乃?どうしたんです?気分でも悪くなりましたか?」 急にカタカタと震えだした綾乃に、雅人は驚いた。 しかし、今の綾乃にはその声も届かない。 ―――どうしよう、どうしよう!なんで、なんで何も考えてなかったんだろう。ああ!!僕のばか!!もう、ダメだ、もう絶対ダメだ!!嫌われる、嫌われちゃうよっ!! どこかへ逃げ出したい!いっそこのまま気を失ってしまいたい。 「綾乃!」 一向に返事がない綾乃の様子に、雅人は後ろからその肩を抱きしめ、自分の方へ無理矢理向かせた。その顔色が、真っ白になっていて、目はどこか焦点が合っていない。 「綾乃、どうしたんです?昨日言いましたよね?なんでも話してくださいと。話してくれなくてはわかりませんよ?」 「・・・あ・・・・・・あの、僕・・・・・・」 「はい」 「・・・ぼく、その、何も、用意、してなくて・・・・・・」 綾乃は、消え入るように声を震わせて言った。 「え?」 「プレゼントを何も用意してなくて、ごめんなさい」 必死で耐えていたものが、綾乃の両目からこぼれ落ちた。 「何を言ってるんですか?そんな事全然かまいませんよ」 「だって、だってっ、・・・・・・こんな凄いものもらって。なのに、僕、全然考えてなくて。クリスマスとか、プレゼントとか、サンタとか、僕にはずっと関係なかったから。全然、想像もしてなくて・・・・・・本当に、本当にごめんなさい」 「いいんです。私たちが、あなたにしたかっただけ。歓迎の想いもこめて。ただ、それだけです。見返りを期待したわけではありませんよ」 綾乃は、首を横に振る。 「そんなの・・・・・・」 ダメだ。してもらうばっかりじゃ、ダメ。 「あなたは、こうやってここにいてくれて、今日もパーティーに参加してくれました。それが、私たちへのプレゼントですよ」 綾乃は首を振る。 そんなのじゃ、足りない。全然足りない。よくしてもらってるのは自分の方。何もない、何一つ持ってない自分に。 「綾乃・・・・」 本当になにもいらないのだと、いくら言ったところで綾乃は納得しないだろう。一方的な想いを受け取った事がないから。そんなモノを信じられない。 「じゃぁ、一つお願いがあります。聞いてもらえますか?」 綾乃はパッと顔を上げた。自分に出来る事ならなんでもする、そんな顔。 「高校へ進学してください」 「え・・・・・・?」 「中学を卒業したらここを出て行くなんて言わないで、考えないで、高校卒業するまでここにいてください」 「雅人さん・・・それはっ・・・」 「すいません、こんなのは卑怯ですよね。分かってます。でも、どうしても、そうして欲しいんです。お願いします」 耳に響く雅人の声はあったかくて、優しくて、綾乃の目からは新しい涙が零れ落ちた。 本当に、本当にそれでいいのだろうか? この人は、自分を突き放したりしない。ちゃんと受け入れて、優しくしてくれている。そんな風に思ってもいいのだろうか? この手を信じてすがってもいいのだろうか? そんなに親切にしてくれるほど、母と南條家はつながりが深いのだろうか? 「・・・・・・本当にそれで、いいんですか?」 「はい」 「・・・・・・わかりました。桐乃華に行きます」 「本当ですか!?」 綾乃は頷いた。 「良かった」 雅人は、一層力を込めて、抱きしめた。 「本当にうれしい。ほら、綾乃も、もう泣かないで」 雅人は、優しく指で綾乃の涙をすくう。 「すいません・・・僕、いつもはこんな泣き虫じゃないのに。ごめ、なさい」 「かまいませんよ。涙は我慢しないほうがいいですからね。泣きたい涙を溜めるのは心によくありません」 「・・・・・・」 「でも、泣くときは、私の前で泣いてください。決して一人では泣かないで」 「・・・はい」 |