軌跡 10 


「だーいぶ、暗くなって来たなぁー」
「そうだね」
 あらかたおやつを食べ終わった3人は、いろんな話をしながら縁側にゴロンと横になって、ずーっと空を見上げていた。
「星が、見える」
「うん」
 東京の真ん中にいて、空なんて見上げないから。こんなに星があるなんて気づかなかった。
「あれ、何座?」
「コグマ座」
「まじ?」
「・・・たぶん」
 理科の教科書で星座は見たことがあっても、実際夜空で見た事はない薫の返事はなんとも心もとない。こんなに星があると、どことどこを線で結べばいいのかが良くわからないのだ。
「あっちは?」
「・・・朝比奈君、理科の授業受けてるだろ。人に聞かないで考えろ」
「無理」
「はははは」
 間髪いれず拒否した翔に、太一の笑い声が夜空に響く。
「田舎に行ったらもっと見えるんだろうなぁー」
「うん、すっごい綺麗だよ」
「え?北側君は、田舎あるの?」
「うん。僕はね九州なんだ。佐賀」
「へー、いいなぁ」
「樋口君は田舎とかないの?」
「うん、僕のところはずっと東京だから。すっごい遠縁の人が岩手にいるらしいけど、行ったこともないし、全然知らない」
「俺はじーちゃん家が埼玉にあるからたまに行く。子供のとき蛍見て感動した〜」
「いいなぁ。僕、蛍なんて見たことないよ」
 羨ましそうに薫が言うと、翔がちょっと得意気に笑った。
「いいだろ〜」
 ちょっと威張ってる理由もよくわからないが。
「そっかー東京とかだと見れないもんね」
「うん」
 薫は伸びをするように、手を伸ばす。
「薫って、子供の頃から勉強してそう」
「うん、してた」
「やっぱり」
「翔ぅ」
 また喧嘩しそうな雰囲気に太一は心配そうにするけれど。
「お爺様が厳しい人で。幼稚園の頃から英語を習いに行って。塾にも行ってたし、教養も大切だからってピアノも通ってたよ。水が怖かったからそんなんじゃいけないって水泳にも通ってた。ピアノと水泳はもう止めちゃったけどね」
「すげー・・・」
「それが普通だと思ってたけどね」
 本当に、それが薫には当たり前だった。桐乃華の幼等部では珍しい方ではなかったのだ。
 それに、一生懸命やって褒められることが嬉しかったから。嫌だなんて思ったことがなかった。
「俺なんか毎日遊んでた。よく公園で転んで怪我して帰ってたな」
「翔らしいね」
「ほんと」
「太一は?」
「ん〜僕もどっちかというと樋口君よりかなぁ〜そこまでじゃないけど、英語塾には通ってたよ」
「そっか。みんなそんなもんなんだなぁー」
「会長は?会長も塾とか通ってなかったの?」
 ――――首席なんだから、塾じゃなくて家庭教師とかだろうか?
「兄ちゃんは桐乃華に編入する前にちょっと通ってた。俺も桐乃華に入る前だけかな。今は通ってないけどな」
「そうなんだ」
 ――――それで首席!?・・・凄い。
「父さんと母さんはさ、俺を塾とか入れたいみたいだど俺勉強嫌いだしなぁ。なーんか最近親が見栄っ張りなんだよ」
 ――――ああ、なるほど・・・
 言っちゃあ悪いけど家柄とかがないからね。やっぱりそうなるものなのかもしれないと思う。それで途中編入してまで桐乃華にやって来たのだろうと薫は思ってみて、なんとなく少し複雑な気持ちになった。飄々となんでも出来る顔している会長が好きになれなかったけど、でもみんなそれぞれ色々あるものなんだ。
「僕の母さんも見栄っ張りだよ」
 太一が空を見つめながら言葉を吐いた。
「へぇ?」
「僕ん家はね、母さんの家が佐賀の旧家でさ。父さんと出会ったのは、父さんが福岡の大学にいた時なんだって。で、大恋愛の末に周りの反対を押し切って結婚したらしいんだけど。なんか、こんなはずじゃなかったって言うんだ」
「太一・・・」
「そこら辺の子とは違うんだからって母さんは言ってさ、桐乃華に来たけど。なんかお金かかるってお父さんと喧嘩ばっかり。で、もう限界って」
 太一の瞳に、またうっすらと涙が浮かんで。
「僕は別に普通でもいいのに。桐乃華じゃなくてもいいのに。――――母さんと父さんと一緒にいられたらそれだけでいいのに」
 グズっと音がする。
「母さんにはそれだけじゃダメなんだ」
「太一」
 翔が辛そうに名前を呼ぶ。
「僕と、父さんがいるだけじゃ、ダメなんだ」
 ポロポロと、太一の瞳から涙があふれ出て、頬を濡らす。
「僕は、それだけでいいのに」
「太一、だからそれを親に言えって!」
 話を聞いていた翔が、ムクっと起き上がって太一の目を見て言う。
「だって・・・」
「言わなきゃ!言わなきゃなんも伝わらねーって。言葉にしなきゃだめだ!」
 ――――・・・言わなきゃわかんないんだ。
 翔の言葉が、薫の胸にも刺さった。
「翔・・・」
 ――――もう無理って。もっと傍にいてって。
「太一が思ってる事全部を言っちゃえよ。もちろん、それで離婚が無しになるかどうかはわかんないけど・・・でも、言えないまま終わっちゃうよりはずっとましだろう!?」
「そうだよ。俺もそう思うっ」
「・・・樋口君まで」
 薫も起き上がって、ぎゅっと拳を握って言った。
 けれど、太一は黙って俯いてしまった。そんな太一の気持ちが薫にはわかっていた。
 ――――だって、怖いよね。
 薫だって、そうは言ったけれど。自分だって思ってることを中々言えない。もっと家にいてとか、一緒に夕飯は食べたいとか、もうこれ以上がんばれないとか、そんな事言えない。
 嫌われたくないから。
 あーあって思われたくないから、言えないから。太一の思いが薫には凄く分かっていた。
 けど・・・
「北側くん・・・」
「しっ!」
 黙ってしまった太一に声をかけようとした薫に、翔が静かにと人差し指を口元にあてた。遠くから、何か物音がする。
「なに?」
「わかんない」
 小声で言う翔に薫も小声で返す。
 暗闇に近づいて来る足音に、太一も起き上がってきて。3人はぎゅっと固まって音のする方をじっと見つめると。
「あ・・・」
 いきなり現れた眩しさに、3人は目を背ける。
「いた!おーい、いたぞー!!」
 大きな声。
「何?」
 眩しさに我慢しながら薫がそちらを必死で見つめると。
「あ・・・、おまわりさんっ」
「え!!」
「・・・っ!」
「バカ。逃げるぞ!!」
「あ!こら!!」
「太一、薫、早く!!」
「う、うん」
「ええ!?」
 立ち上がって二人の腕を引いた翔に、制服警官は慌てて駆け寄って来た。太一と薫が立ち上がる頃にはもうすぐそこにいて。
 けれど、3人は警官の手が届く一瞬先にその身を翻した。そして縁側を走って、裏手に回って飛び降りて。
「こら!待ちなさい!!」
 後を追っかけてくる警官。3人は必死で手を握り締めあって暗闇の中を走った。警官の腕をすり抜けて、境内の方へ回る。道はそちらにしかないからだ。なんとか道路まで出ようと走って行った時。
「こら!」
「うわぁ!!」
 道から新しい警察官がやって来て。
「来んな!!」
「翔、あっち!」
 薫がわき道を指差すと、翔はまた二人を引っ張ってそちらに方向転換をする。けれど、子供の足で逃げ切れるのもそこまでだった。
「だめだ!」
 追ってきた警察官に前に回られて。
「こーら!」
 翔は止められて、後ろにいた太一は捕まえられた。
「離せよ!!」
「こら、暴れるな!」
「んーだよ!!!」
「あっち行けっ」
「翔っ」
「触るなよ!」
「樋口君も!もういいから!!」
「だって!!」
「もう!!・・・もう、本当にいいから」
 捕まえられた腕の中で暴れ続ける翔と、警官の腕に噛み付いている薫に、太一はもういいと、涙を溜めた瞳で笑って言った。








next    kirinohana    novels    top