軌跡 11 


 結局薫たち3人は二人の警官に近くの交番へと連れられて来られた。そこで出された、安いお茶を見つめながら3人はずっと黙っていた。
「もうすぐ親御さんが来るからね」
 押し黙って固まっている3人に、警察官は困ったように言う。けれど、誰も返事をしなかった。
「まったく・・・」
 見つかってしまったから。家出は終わりで冒険も終わりで、本当に終わりになってしまうから。
「・・・はぁ」
 何も言わない3人に、とうとう警察官はため息をついたけれど。ため息をついて、泣き出したいのはこっちだと3人は思っていたのかもしれない。
 親が来たら、終わってしまうから。
 冒険も、思い出も、この時も。
 そして別れが来るから。
 それが、分かっているから――――――
 その時、暗闇の静寂には不似合いな大きな車の音が近寄ってきて。
「翔!!」
「翔―――」
 車から降りて来たのは、翔の両親と透だった。
「無事!?―――ああぁ〜〜」
 翔の母は翔が怪我もなく無事な姿を認めると、その身体をぎゅっと抱きしめてへなへなと座り込んだ。はげた化粧と乱れた髪にその心労が推し量られる。
「母さん・・・」
「バカ。心配したんだぞ」
 透は苦笑を浮かべて、翔の頭をバコっと叩いて。父親は何も言わなかったけれど心底ホッとした顔をして警察官に頭を下げた。
「樋口」
 透が薫を認めて、名前を呼んだ。
「怪我は?」
 近づいて行くと条件反射のように薫は立ち上がる。
「ありません」
「そう・・・良かった」
 ほっと呟くその声は、翔に対する時よりもずっと安堵の色が濃いように響いていた。その顔を覗き込むと、薫の顔は少し固く青ざめて見えた。
「樋口だけ荷物があったから――――別の何かに巻き込まれたんじゃないかって」
「あ・・・」
「凄い、心配した」
 珍しく弱弱しく笑う透に、薫は思わず唇を噛み締めて俯いた。
「すいませんでした」
「いや。無事ならいいんだ」
「・・・はい」
 なんと形容していいのかわからない、微妙な空気が二人の間に流れる。
 その空気の中、何かを求めるように透がすっと手を伸ばす。その手が薫の頬にもうすぐ届くかという時。新しい車の音が聞こえた。それもほぼ同時に2台。
「・・・あ」
 小さく声が漏れたのは、薫から。
「太一!?」
「太一」
 先に駆け込んできたのは、髪を乱した太一の母親と、ネクタイもだらしなく解けた真面目そうな顔の太一の父親。
「薫―――!!」
 その後を続いたのが薫の母親と、――――祖父。
「・・・お爺さま」
「お前はっ!何を考えておる!!」
 浅黒い肌に、大きな瞳をぎょろりと動かして。顔を真っ赤にして開口一番薫を怒鳴りつけた。
 ――――ぶたれる!!  勢いよく振り上がった手を目で確認して、薫は咄嗟に目をぎゅっと瞑って首をすくめた。
「薫―――っ」
「!?」
 耳に届いたのは、透の声。
 その瞬間、薫の身体は誰かにぎゅっと抱きしめられた。頭を包み込むように抱えて、祖父と薫の間に身体を割り込ませたのだ。
 薫の予想した衝撃は訪れる事は無く。
「・・・、あ・・・会長?」
 恐る恐る開けた瞳には、透の顔が映し出された。
「なんだ貴様!」
 突然の邪魔者に声を荒げる祖父に対して、透は身を反転させて自分の後ろに薫を隠すようにして、真っ赤になって怒っている祖父を睨み上げた。
「桐乃華小等部生徒会長朝比奈透です」
「生徒会長?ふん・・・そこをどかんか!」
「嫌です」
「何!?」
「お義父さん」
 祖父の剣幕に、薫の母は蒼い顔になっていた。
「どうして薫を叩く必要があるんですか?」
 透は、祖父の大声にも真っ直ぐ見つめて怯まなかった。
「こんな騒動を起こしたからに決まっておる!3年連続クラス委員を務めておきながら、なんという失態じゃ。わしの孫として恥ずかしい!」
「理由を聞く余地はないんですか?」
「なんじゃと?」
「こんな事になった理由です。薫は、いつも真面目に一生懸命仕事をしてます。だから先生だって評価してるし、毎年クラス委員にだって選ばれるんじゃないんですか?そんな薫を自慢したって、恥ずかしがることないと思います」
「・・・会長・・・」
「生意気を言うな!」
「事実です!」
「貴様・・・っどけ!」
「嫌です!!」
「お義父さんもう止めてくださいっ」
 無理矢理にでもどかそうと祖父が伸ばした腕を、薫の母が掴んだ。
「会長っ・・・もう、いいです」
 薫は、見ていられなくて。聞いていられなくて。ぎゅっと透の腕を掴みながらも、あったかい背中から前へ出ようとしたけれど、透がそれを腕で制した。
「・・・僕が悪かったんです。ちゃんと出来なかったのは本当だし。こんな風に迷惑をかけたんですから」
「違う!俺が勝手に巻き込んだの」
「翔・・・」
「だから殴るんなら俺にして――――つーか、いきなり孫を殴るなよな!」
 似ていないようでやはり兄弟なのだろうか。翔も、薫の前にやってきて。まったく怯むことなく祖父をギっと睨んだ。
 おろおろしているのは、むしろ翔の親の方。
「お前が首謀者か!?」
 祖父の怒鳴り声に。
「違うよ!僕が悪いんだよ!!」
 ギロっと動いた目にも負けず。
「太一!」
「太一!?」
 母親にぎゅっと抱きしめられていた太一が、泣きそうになりながら一歩前に出た。
「僕が、どっか行きたいって言ったんだ」
「どういう事太一?」
 この言葉に驚いたのは太一の両親だった。両親としては、息子は巻き込まれた側だと思っていたのだろう。そんな両親のほうへ、太一は顔を向ける。
「お父さんとお母さんが離婚しちゃうのが嫌で。僕、ずっと翔に相談してたんだ。でも、もう決まっちゃって・・・この遠足が最後って言われて、悲しくなって。やっぱりそんなの嫌で・・・・・・」
「じゃぁこのままどっか行こうって。俺が言ったんだ」
 翔がちょっと拗ねたみたいに言う。
「バカな事を」
「お義父さん」
「そんなつまらん事にお前が巻き込まれてどうするんだ!」
 薫を見て、苦々しく言う祖父に。
「つまらなくなんかない!!」
「・・・薫」
 薫は、ぎゅっと透の腕を握り締めながら、祖父を見上げた。緊張に、唇が少し青くなっていたけれど。
「つまらなくなんかないよ。太一はただお父さんとお母さんと一緒にいたかっただけなんだよ!でも出来なくて。翔は、そんな太一の気持ちがわかったから!」
「――――」
「翔は太一のことで、一生懸命考えてた。確かに、こんな事したって仕方ないかもしれない。何にも変わらないかもしれないけど。僕だって、もっとちゃんとしなきゃいけなかったけど。でも・・・でも、子供だって一生懸命なんだから!!」
 ぎゅっと、勇気を振り絞るみたいに薫は拳を握る。その手を、透が握り締めていた。
「僕の友達を悪く言わないで!!」
 ――――ダメでも。恥ずかしくても。ちゃんと、僕を認めて。
 それは精一杯の薫の勇気。太一や翔や、かばってくれた透へせめて自分の出来ることだから。
「わかったわ、薫」
「母さん?」
 薫の母は、泣きながら一生懸命伝えようとしている薫ににっこり笑って。その身体をぎゅっと抱きしめた。その母の瞳にも、うっすら涙が浮かんでいた。
 母は舅の祖父に頭が上がらなくて、いつもこんな場面で何かを言ったりしないのに。
「怪我はないのね?」
「ないよ」
「今夜はちょっとした冒険ね。楽しかった?」
 楽しかった?
「・・・うん」
 ――――うん、楽しかった。
 ああそうだ。僕はちょっと楽しかったんだ。3人でお菓子食べて、水筒のお茶回し飲みして、空を見上げて話したこと。ちょっとドキドキしてワクワクしてた。
「そう。良かったわね」
「・・・うん」
 ――――うん。
「恵理子さん!!」
「お義父さんは薫に厳しすぎます。男の子なんですから、たまにはハラハラ心配させられないと張り合いがありません。それに―――― 一緒に冒険してくれる友達がいて、かばってくれる先輩がいるなんて。それだけで私は嬉しいです。あなた達もありがとう」
「母さん・・・」
「おばさん・・・」
「薫が、そんな子に育ってくれて、それだけで嬉しいです。帰ったらお父さんにも報告しなきゃね」
 薫の手を握った母の手が、少し震えていたけれど。それでも薫のためにキッパリ言った母を、薫はなんだかドキドキしながら見上げた。
「お父さん、今日は出張で大阪だったんだけど、連絡したら新幹線の最終に飛び乗ったって言ってたわよ」
「父さんが・・・」
「お家に着く頃には、帰ってるかもね」
 ――――うんっ
「さぁ、お腹減ったでしょう?帰ってご飯にしましょうね」
 にっこりと笑う母に、薫は泣くのを我慢した顔でコクンと頷いた。
 その耳元で透が、"良かったな"と小声で囁いた。その時までずっと、薫は透の手を握っていた。








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