軌跡、そして…11
――――ひどいっ 心に透の言葉が突き刺さって、薫はそのままその場に崩れ落ちた。カッとなって目の前が真っ赤に染まる。 「薫っ!?」 崩れ落ちた薫に驚いて、慌てて透もしゃがみ込んで薫の顔を覗き込もうとするけれど、薫は膝の間にぎゅっと顔を埋めてしまっている。 「薫?」 窺うような声が、――――愛しい。愛しくて、――――悔しい。 だって全部嘘。落とすために、ゲームに勝つために吐き出された言葉。 「俺が、薫の事好きって知ってるよな?」 こんな風に傷つけてくるなんて。酷すぎる―――――― 「なぁ、薫?」 こんなにも、好きにさせておいて―――― 好きって言ったらどんな顔をするんだろう?にやっといつもみたいに笑うんだろうか?それとも、声を立てて笑うのだろうか? きっと、冗談に決まってるだろう、とか言うんだ。 本気にすんなよって笑って、行ってしまうに違いない。 どんなに優しくても。 あったかくても。 守ってくれてても。 結局遊びなんだ―――― どんなに、好きでも―――――――― どんなにどんなに好きでも―――――――――― 「薫・・・?」 ――――でも。 ――――――もう、いい・・・・・・ だって、このままじゃぁ心臓が痛すぎて。 息も出来ないから。 最後に、もう一度抱きしめてくれたりしたらいいけど・・・・・・・・・ きっとそれは、無理かな。 「僕も、―――――会長が好きです・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言っちゃった・・・ はは、終わっちゃった、よ。 これで、ゲームセット? さようなら? でも、なんだか意外に心臓も平穏で、こんなものかと思っていたら。 「薫!!」 透の声は嬉しそうに跳ねて薫をぎゅーっと抱きしめた。 ああ、最後のお願いが叶った? なんて、薫はぼーっと考えていた。 「良かったぁー。だって薫、会計断るし会長になるのも嫌とか言うし、お見舞い行っても会ってくれないし」 ・・・・・・? 「嫌われてるのかと思った」 そんなはずないって思ってたんだけど、なんていう口調が軽々しくて本当に腹が立つ。 だから、これはなけなしのプライド。にっこり笑って言ってやる。 「いいえ、好きです。だから、もう、――――いいでしょう?」 これ以上、苦しめないで。 「・・・何が、いいんだ?」 ちょっと不穏な透の声。そんな声も好きなんだから、もうどうしようもないね。 「だから、会長の勝ちです。だから、もう僕で遊ばないで下さい」 泣かない、絶対泣かないって、思って薫は唇を噛み締める。最後まで、こんな事で傷ついたりしないよって笑っていたい。 「僕はまんまと会長を好きになってしまいました。これでいいでしょう?だから、さよなら、です」 だめだ。耐えている涙が込み上げてきて、声が震えて泣き声になっている。 さっきは平気だったはずの心臓が、やっぱり壊れかけのロボットみたいに変になって、痛い。笑ってなんかいられない。笑っていたいのに。 「ちょっ、ちょっと待て。遊びってなんだ!?―――さよならって」 透の声は、最近聞いたことないくらいに慌てている。 透にしてみたら、やっぱり相思相愛なんじゃん!って心が跳ねた途端一気にどん底、わけもわからずまっさかさまに落とされたのだ。 「こないだも遊びがどうとか言ってたよな?―――薫っ、ちゃんと説明しろよ」 泣きそうな笑い顔を浮かべていた薫が、俯いて膝に顔を埋めてしまう。そんな薫に透は少しイラだった声を上げた。俺にわかるように説明しろっと言うのは無理もないのか・・・どうなのか。 薫相変わらず俯いて、鼻をグズグズ言わしているからとうとう泣き出したのかもしれない。 「薫っ」 薫はこの時、僕に言わすなんて・・・と、その気持ちはどん底までに落ちていた。けれど、どうやら言わなければ終わらないらしいから、口を開く。 声は、物凄く小さかったけれど。 「・・・・・・卒業式の時・・・」 「って小等部の?」 コクンと、薫が頷く。 「キス、したよな?」 もう一度、コクンと頷く。 した、ファーストキスだった。 「――――で?」 「だからっ・・・その時、遊びって。・・・僕、追いかけたんです。―――先輩と・・・・・・聞いて・・・・っ」 やっぱり泣いているらしい声に、言葉は切れ切れで。要領がちっとも得ない言葉なのに、透にはそれで十分だった。 「あの会話っ―――聞いてたのか・・・」 再び、コクンと頷く薫。 「あれ、―――真に受けたのかよ」 ばかだなぁと苦笑して言うのは、それはどうかと思う。透だって同じくらい、きっとバカだろう。つまらない見栄で、そう言ったのだから。 あの時たった一言、俺は本気です、と言えればこうはならなかったのだ。 「あれは、その・・・、なんかマジになってるのとかさ。恥ずかしいじゃん。で、そう言っただけ」 「何が恥ずかしいんですか?」 グズっと、鼻をすする声。 「恋してる、ってのが」 「僕に?」 「そう、薫に」 ズキって痛む。 「じゃぁやっぱり遊びなんじゃないですか」 「はぁ!?なんでそうなるっ」 「だって、僕に恋してるのが恥ずかしいんでしょ?そんなの・・・っ」 「違うっ!薫に恋してるのが恥ずかしいんじゃなくてっ!―――マジになってる自分に、・・・まだ戸惑ってたんだよあの頃は」 「・・・・・・」 「わかれよ」 というか、お前がガキなのだよ透。とは、この時ツッコむ者はいないが、小泉や英明がいたら容赦なかっただろう。 「そんなの、わかんない」 ズズ・・・と薫の鼻をすする音。その音に苦笑して、透は薫の頭を抱え込んで抱き寄せた。 「・・・悪かった。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。なぁ、頼むから顔上げてくれよ」 透の滅多に聞けない情けない声に、可哀相になったのか薫はちょっと顔を上げる。上目遣いに見た透は、なんとも弱りきった顔になっていて。 「何、笑ってんだよ」 「だって・・・」 こんな顔、初めて見たから。ドキドキしてしまう。 「もう泣くなよ」 透は無理矢理顔を上げさせて、赤くなった目にキスをした。 「好きなんだ」 見つめる瞳が真剣で。 「大事にするから」 いつものクールな顔とはちょっと違って、照れているらしいのが薫にはわかる。 「本気・・・?」 本当に本当に、遊びじゃないの? 「本気。マジ、こんなに本気になったのは初めてなんだ」 じゃぁ、あの時守ってくれたのも、優しくしてくれたのも、お見舞いの花束も、あの時のキスも。全部ちゃんと、心があったんだ。 「俺、結構必死だったんだぜ?」 「だって・・・」 心なんてないと思っていたから。でも、本当に信じていいんだよね?好きでいて、いいんだよね? 「なぁ、頼むから。ずっと俺の傍にいて」 ―――はい、って返事がしたかったのに。 返事をするより前に、薫の唇は透の唇に塞がれた。 何度も、何度も。 何かを取り戻すように。確かめ合うように抱き締めあって、1限目の終了のチャイムが鳴るまでずっと抱き締めあって、キスを繰り返した。 もう、離さないと囁かれて。また涙がこぼれた。 キスは少し、涙の味がした。 「へぇ〜〜なんか、かっこいい!!」 思い出話を終えて、顔を赤らめている薫とは対照的に綾乃は目を輝かせていた。すでに夜中だというのに、ちょっと興奮気味に声を上げる。 「何が、かっこいいの?」 「だって、朝比奈会長ってずーっと薫の事好きで、見守っててくれたって事でしょ?」 「まー・・・ね」 あの後、知ってたならもうちょっと早く何とかして欲しかったと言った薫に、だって可愛く"助けてください"って言いに来るのを待ってたんだからしょうがない、と開き直って言ったのだ。そう考えれば、見守っていたのとは全然違う気がすると思うが、まぁそれは口にしないでおこうと思う。 「ところで、噂とかはその後大丈夫だった?」 「うん。教室戻ったらなんかクラスメイトに謝られた。どうやら翔がすっごい怒ったらしいんだ。6年間見てて、薫がそんな奴だと思ってんのかー!!って。しかもシカトなんか最低だ!!って」 「そっか〜」 翔らしいかも、と綾乃が笑う。それは、想像するまでもなく手に取るようにその光景が目に浮かぶから。 「僕も翔に怒られたけどね」 「なんて?」 「水臭いって」 「うん、そう思う」 すんなり納得する綾乃に、薫が嘘の怒った顔を作る。 「綾乃が言う?自分だって勝手に一人で決めて家出したくせに」 「あ・・・、それ、言う?」 途端に綾乃も情けない顔になって、顔を合わしてクスクスと笑いあってしまう。もうお互い、昔の笑い話だ。 「でも、さ・・・。そこまで好きなのに――――」 綾乃が少し言いにくそうに、それでも言わないではおれないと口を開く。だってやっぱり、違う様に思うから。 けれど薫はキッパリと首を横に振った。 「いいんだ」 「薫・・・」 「好きだから、さ」 だから。 別れなきゃ。 男の恋人なんて、いつか絶対邪魔になる。 社会に出て社長にでもなれば、結婚しないのはおかしくなるし不便になる。地位があればあるほど、世間と違う事は目立ってしまって。特殊な事は攻撃の材料になるから。そして、噂が囁かれ出す。 「綾乃、ごめんね?」 「なんで?」 急に謝れて綾乃はきょとんとした顔になる。 「うん・・・」 薫はそれには答えないで、曖昧な笑顔を作って枕に顔を沈めた。 「薫・・・?」 「もう、決めたから」 ――――でも、決心が揺らぎそうで綾乃を利用したから。 「別れちゃう前に、思いっきりノロケ話出来て良かった」 綾乃に話したのは決心を鈍らせないためだけれど、今までは誰にも透との事を話せなかったから、話したかったのも本当。 それで、ちゃんと思い出にしようと思って。 ――――って、やっぱり綾乃を利用してるか・・・ 「かおる・・・」 情けない綾乃の声に、薫は思わず笑ってしまう。 そんな声しなくていいのに。 これは、自分が透にしてあげられる最後の事なんだろうと思うから。別に自分はいいんだと思っている。 だってきっと、透さんは優しいから。そうなった時、別れてくれなんて言えそうにないから。 だから、僕から言わなくちゃいけない。 それなら、今でいい。 綺麗に別れて。 学生時代のいい思い出にしてしまえる、今がいい。 「透さんの社長姿、見たいし」 きっと、物凄くかっこいいと思うから。 「その頃は僕も弁護士になって」 きっと、一生好きだと思うから。 「会社の顧問弁護士にでもしてもらおうかな」 そんな形でもいいから、傍にいたい。 「そんなのっ・・・」 綾乃の声に、薫は笑顔を向ける。最後までは、聞きたくなかった。 「だって、恋人って別れるかもしれないけど、親友って一生ものでしょ?」 笑った顔は、悲しかった。 |