軌跡、そして…12
「んー・・・」 「どうしたんですか?そんな声をだして」 雅人は、自分のベッドの上で唸っている綾乃に笑みを浮かべ問いかける。風呂も入り終わった時間、パジャマ姿で枕を抱きしめる姿はなんとも言えず可愛らしい。 「樋口君のお宅は楽しかったんでしょう?」 「それは、もちろん」 その返事に迷いはない。それなのに、綾乃は帰ってきてからずっと浮かない顔をしていた。 今朝、綾乃と薫はすっかり寝坊して昼に起き、そんな二人に薫の母も父も怒ることなくニコニコと笑顔で一緒に昼食を食べてから、綾乃は車で送ってもらって帰ってきた。 そんな綾乃を待ちわびていた雪人が出迎えて。一緒に遊んだり宿題をしたりして過ごしていた日曜の午後。その時間を利用して雅人は自室で仕事をしていたので、その時はどうだったのだかわからないのだが、夕飯の席で顔を合わした時には既に浮かない顔だった。 「なら、どうして唸ってるんですか?」 雅人は寝転がる綾乃の髪に指を差し入れて、優しく梳いていく。仕事も終わって、ベッドサイドにはブランデー。今この時間が1番の至福の時間だった。 「・・・んー・・・・・・・・・内緒・・・」 「内緒なんですか?」 「うん・・・」 その返事は言い切る強さは無い、逡巡の中の返事だった。 ――――だって言えない。言ったら全部言わなきゃいけないし。 でも本当は相談したい、そんな葛藤の狭間で綾乃はぐりぐりと枕に顔を埋めた。だって、力になりたい。せっかく得た大切な友達の未来のために、綾乃だって何かがしたいのだ。だって薫の決断は、あまりのも悲しすぎた。そんなのはダメだと、それだけは綾乃には嫌と言うほど分かっていた。 そんな綾乃の様子に、雅人はブランデーを一口喉に流し込んで考えた。無理矢理聞き出したほうがいいのか、今はまだ傍観しておくべきなのだろうかと。すると綾乃からくぐもった声が聞こえた。 「あのね、・・・」 「はい?」 促すようにまた雅人が綾乃の髪を優しく撫でる。 「好きだから別れる、ってあるのかなぁー・・・」 「好きだから、ですか?」 「そう」 綾乃が枕からちょっと顔を上げて、自分を見下ろしている雅人を見上げる。 「それは、どういう状況なんでしょう。今、二人は付き合ってるんですか?」 「うん。今は付き合ってるけど・・・・・・、たぶん将来ダメになるから別れようって一方が思ってるんだ」 綾乃の言葉に、それは当然樋口君と朝比奈君の事なのだろうと、雅人は内心驚きを禁じえなかった。あの二人が将来ダメになるだろうから別れる、等という選択肢を考えるとは思わなかった。いや、二人と言う言い方はおかしいか、綾乃は今一方と言ったのだから。 「それは二人の総意では無いんですね?」 「うん、一方だけ」 この頃になると、綾乃はごろんと仰向けになって雅人を見上げていた。雅人の手は綾乃の頬を優しく撫でて、綾乃の手は少し甘えるように雅人の服に指をかけていた。 「だとすると、随分失礼な話ですね」 「失礼?」 「ええ、だってその人は相手のことを信じてないって事でしょう?信じられないから、別れようと」 綾乃は、ちょっと違うときゅっと唇を噛む。 ――――信じてないわけじゃない・・・ 「たぶん、そうじゃないんだと思う・・・、ああ、どうかな。それもあるけど―――その人の為に身を引こうとしてるんじゃないかなぁ」 「それでも、ひどいですよ」 雅人の指が少し意図を持って、綾乃の身体の上を彷徨い出していた。 「勝手に決めてそんな事言われたら、相手はどうしたらいいんですか?取り残されて、愛する者を失って。―――それでも好きだからなんて、残酷です」 綾乃の顔が、ハッとする。あの時、雅人は面と向かって綾乃に何も言いはし無かった。自分が悪かったのだと、そう言って。ただ待っていてくれた。不安で自信がなくて、ぶつかっていく勇気も無くてただ逃げた。傷つきたくなくて、何もかも身勝手に捨ててしまおうと思った。 今ならわからる、それがいかに馬鹿な事で、周りを傷つけたのか。 「・・・ごめんなさい・・・」 「綾乃が謝ることはありませんよ」 穏やかな笑みを浮かべた顔が、どんどん近づいてくる。 「でも・・・」 「いいえ。あの時は私も悪かった――――いえ、私が悪かった」 決めきれなくて、迷っていた。何よりも守りたいと言いながら、南條家の後を継ぐ、その為に誰の文句もつけられない様に完璧な自分を作り上げてきた26年。そうして培ってきた南條家の後継者南條雅人という物を、捨てきれる決心がつけれなくて、それを言い訳にして綾乃を傷つけてしまった。また孤独な場所へ、自らが追いやろうとしてしまったのだ。 「私はもう、誰に何を言われても綾乃を手放しませんから。そのつもりでいてくださいね」 それはもう、何を持ってしても変える事の出来ない決定事項。その決意を手に入れられたから、あれはあれで無駄では無かったと今は思える。 「僕が、邪魔に・・・なっても?」 そう思うのに、切なく歪んだ瞳が、狂おしい。微かすぎる声は、少し震えていた。 「綾乃が邪魔になる事などありません。綾乃のいない生活なんて、色褪せた―――砂漠にいるのと同じです」 「・・・んっ・・・」 雅人の唇が言葉の終わりとともに綾乃の唇を塞ぐ。荒々しい胸中を押し殺して、安心させる様に優しく口付ける。 「だから、絶対勝手にいなくならないでください」 「うん・・・」 「綾乃さえ傍にいてくれるのなら、私はどこでだって生きていけますから」 南條家など無くても、生きていける。守って見せる。実際、それだけの力を雅人は着々とつけていっていた。 「・・・僕も」 僅か15cmの距離で甘く囁きあう言葉に、綾乃の頬は赤く染まる。吐息さえもかかって、綾乃はぎゅっと雅人の服を掴んで引っ張った。それが合図になったのだろうか、雅人の唇は再び綾乃の唇をしっとりと塞いで。 「・・・ふぅ、・・・っ」 背中に回された雅人の腕に綾乃はぎゅっと抱きしめられて。綾乃の腕も雅人の背中に回る。 「んん・・・」 舌を吸われて声が漏れる。甘く噛まれて、今度は丁寧に舐められる。その行為に一生懸命答えようとしている綾乃が、可愛くて仕方がないと雅人は思う。どうしようもないほどに、愛おしいと。 ゆっくり離した唇が唾液で濡れていて、雅人は舌でぬぐってやると雅人の背中に回された手に力が入った。 パジャマ姿もかわいいけれど、今は邪魔だと雅人はボタンに指をかけて脱がせて行く。あらわになった肌に指を滑らしてわき腹を撫でれば、綾乃の身体がヒクっと動いた。 「まさと、さん・・・」 「なんですか?」 甘い声で問いかけて、既に尖っている胸に口付ける。 「っ・・・、あ、明日、学校だから・・・」 今は金曜の夜ではないから。と、言ったところで雅人が金曜の夜こんな時間に家に帰宅している事は滅多にないが。 「大丈夫。もしもの時は、ずる休みもOKですよ」 その発言はどうやら自分が理事長たる立場にいる事を都合よく忘れたらしい。 「だめっ」 綾乃のほうがよっぽど偉いというものだ。ちゃんと怒った顔もしている。けれど、その瞳は濡れているのだから迫力には欠けるか。 「・・・はい」 案の定雅人はにっこり笑って返事をして。痕を付けられない代わりにと、肋骨にそって舌を這わしていく。 「ふっ・・・、っ・・・」 そのまま腹の窪みに沿ってどんどん舌は降りて、雅人はパンツに手をかけて下着ごと降ろしてしまった。 「あっ・・・」 綾乃の身体が思わず羞恥に揺れるが、雅人に組み敷かれている状況ではその身体をひねる事も隠す事ももはや出来ない。 「濡れてますね」 「・・・っ、言わないでよ」 何度身体を重ねても、まだ綾乃にはどうしても慣れないらしい。まぁ、慣れるほど重ねてもいないのかもしれないが。 そんな綾乃の反応が初々しくて、ついいらないことを言いたくなるのは雅人の悪いくせ。 「舐めて欲しいですか?それとも、こっち?」 「ああっ!」 雅人の指が、後ろを窺うように撫でて来て。思わず綾乃の口から声が上がる。 指は退くことなく、入り口を行ったり来たり。 「やぁ・・・、っ・・・」 「嫌?本当に?」 反射的に声を上げているに過ぎない綾乃の言葉じりを取り上げて言う雅人は、どうみても楽しそうで。綾乃は潤んだ瞳でキッっと見る。 その瞳は、口よりも多くのことをはっきりと語っているのに。 「どうして欲しいですか?」 どうしても雅人は言わせたいらしい。 「〜〜〜〜っ」 「綾乃?」 くすっと笑う顔が憎らしぃっと、思ってしまう綾乃に罪はないだろうけれど、綾乃はそれを口にするには躊躇われるらしい。入り口で遊ばれる指の感触に、背中が波打ってしまうのも止められ無くて、くちゅっと先走りを絡めた指でつつかれると我慢出来ないように腰が揺れた。言われなくてもわかる、そこが欲しそうにしているのを。 「・・・しい・・・」 顔が真っ赤になって。それこそ燃えているのかと思うくらい赤くして言う言葉は、小さすぎて、果たしてちゃんと雅人の耳に届いたのかはわからない。 けれど雅人は、蕩けそうなくらい甘く笑って。 「―――ああ・・・、ぁぁ・・・っ」 入れられた指声が上がる。中は熱くて、きゅっと指に食いつく。 「凄い、熱いですよ?」 だから言わなくていい!と、綾乃は目をぎゅっと閉じて首を横に振る。恥ずかしくて、死にそうなのに雅人が嬉しそうで。 「ふぅ、・・・ああっ!」 知った場所に指が届いて、擦られる。 「ああっ・・・、まさと、さん・・・っ」 雅人はそのままなじませる様に指を動かして、甘い吐息に紛れて指を増やす。ぐちゅっと、耳を塞ぎたくなる様な濡れた音が聞こえる。 「綾乃・・・」 囁いた声は、欲情にかすれた声になっていた。 雅人にとって綾乃は、今まで抱いた誰よりもその身体を欲しいと思い、そして熱くさせられる人。荒れ狂う自分の欲求の強さに、自制を持たせるのが苦しいほどだ。 「いいですか?」 真っ赤になって顔を隠している綾乃を見下ろして、雅人が呟く。ダメと言われても辞められないけれど。 答えが、欲しくて―――――でも、恥ずかしがりの綾乃からその言葉を聞き出すのはきっと無理だろうと諦めて、ゆっくり指を引き抜いてまだ着ていた衣服を脱ぎ去った。 「・・・綾乃」 ベッドに再び体重を乗せて振り返ると、綾乃が恐る恐る雅人を見つめていた。その顔は、熟れ過ぎたトマトさながら。 「・・・、きて・・・」 声が小さくて。たったそれだけで顔をぎゅっと枕に押し付けてしまって、雅人は一瞬言葉を理解できなかった。けれど、すぐに先ほどの答えなのだと気づいて、思わず顔が笑顔で崩れた。 ――――可愛すぎる。 ギシっとベッドが軋んで、雅人は綾乃の足に手をかけて開かせる。綾乃が顔を押し付けていないもう1個の枕を手にして腰に入れて。 「―――っ!」 そっと押し当てた欲望に綾乃が息を飲むのがわかる。ちょっとやばいくらいに、大きくなってしまっているそれ。 「あっ、・・・ぁ・・・、あああっ!」 ゆっくりあやすように押し入って身体を繋げると、綾乃の口からは甘い嬌声が漏れ出した。先端からは、耐え切れない雫が流れ落ちていく。 「綾乃、かわいいですね」 雅人はそう言うと、顔を隠していた腕を取って背に回させて、枕に押し付けていた顔を上げさせる。 「・・・っ、んん」 僅かな身じろぎにも綾乃の身体がビクっと跳ねる。 「かわいい」 雅人はもう1度囁くと、綾乃の唇に深く口付けた。背中に感じる綾乃の手の強さに、愛おしすぎて眩暈がしそうだ。 「ふっ・・・、ぁぁ・・・、っ・・・ぁぁぁ」 身体に痕が付けられない悔しさを晴らすように、雅人は何度も何度も綾乃の唇を塞ぎながら腰を揺らす。無意識に綾乃がその動きに合わせようとしていて、それだけでまた熱くなる。 「愛してます」 何度囁いただろう、言葉。その度に、人間のボギャブラリーなどたかが知れていると思ってしまう。だって、それしか言葉が見つけられないから。 「愛してます」 きゅっと綾乃が締め付けてくる。 「・・・僕も、大好き」 「クッ・・・」 その言葉だけで思わずイキそうになってしまいそうになってしまった雅人は、もっともっと綾乃を感じたくて、少し性急に腰を動かした。綾乃の腰をしっかり捕らえて、打ち付けていく。 けれど、限界は近い。 「あああぁぁ・・・っ、ああああ――――」 上げられる嬌声が、甘美に響いて。 「まさ、ぁぁ・・・と・・・さんっ―――――ああっ!!――――っ」 絶頂は、驚くほど唐突。 締め付けられて、すがりつく腕と甘い声に、我慢なんか出来なかった。 |